第3話 真っ赤な顔

 翌日。今日は昨日の反省を生かし、今日は授業を受ける体勢も野球をする体勢も万全である。

 とはいえ、体力的にはまだ万全ではなく、このままでは練習についていけるか不安であるため、早朝から外を走りに行くことにした。


 日中は気温が上がって夏日のような暑さになるが、六時前後となるとまだ少し肌寒い。

 薄手のジャージを着て、家を出る。


「寒っ……」


 息が白くなるほどの寒さでは無いものの、半袖短パンで出るには寒すぎるほどだ。ただ、ランニングをすれば体温も上がり汗もかくため、このくらいの気温が丁度いい。


 他の内部進学者達よりも一ヶ月分のブランクがある煌大は、危機感を覚えている。

 中学の頃は二年生にして不動のエース、優と共に県内最優秀バッテリーに選ばれたほどであった煌大は、もちろん高校でもその立ち位置を狙っている。

 そして、父と同じ『甲子園』という大舞台に立ち、父がなし得なかった『甲子園制覇』という夢を叶えるのだ。


 しかし、見事にスタートでズッコケた。

 練習体験もそうだが、特に昨日だ。練習道具を忘れるなんて、野球人、いや、スポーツ人としてあるまじき行為。

 とはいっても、昔から忘れっぽい煌大は、中学の時から何度か練習道具を忘れたことはあったが。

 でも、バッグごと忘れるのは人生で初めてだ。


 そのブランクを少しでも埋め合わせるため、まずは体力をゆっくりと戻すことから始めることにした。


「はっ、ふっ」

 

 父から教わった、呼吸法。

 出産の時によく聞く『ラマーズ法』のように、『一、二、三』と足をつけるタイミングで吸う、吐くを繰り返す。

 これで息は長く持つと、中学の頃にそう教えられた。

 実際、本当にこれで距離は持つのだ。


 ただ、あまり無理しすぎるのはかえって逆効果であるため、住宅街を軽く一周するくらいに留めておく。

 十分ほど走って、煌大は家へ帰ってきた。


「おかえり、煌大。

 萌ちゃん来てるわよ」


「ただいま……萌!?何で居るんだよ」


「ダンス部はもう朝練が始まるから」


「答えになってない……」


「煌大と一緒に学校行きたいなーって」


 萌はナチュラルにダイニングで朝食を食べている。

 固まる煌大を見て小悪魔的な笑みを浮かべる萌はちょうど朝食を食べ終わり、二階へ上がっていった。


「何で上がってるんだよ。まだ行かないのか?」

 

「ダンス部今日は朝練なかったんだったー」


「わざとだろ!」


「えっへへー」


 どうやらさきほどの萌の言い訳は嘘だったらしい。

 煌大は階段を上がっていく萌を見送るだけで何もせず、深くため息をついた。


「なんでそんな酷いこと言うのよ、煌大。

 萌ちゃんは、煌大と一緒に行きたいって言ってるじゃないの?」


「それは……

 ああ、もう」

 

 煌大も二階へ上がり、自分の部屋へと向かった。


「おい、萌……何してんの?」


「ベッドにうつ伏せになってる」


「俺のベッドなんだけど……」


「幼馴染である私にとって、これは私のベッドも同然!

 お泊まりした時に何回も一緒に寝たもんねー」


「……学校行くぞ。準備しろ」


「一緒に!?」


「……うん」


 目を輝かせる萌に、少々煌大は頬が緩む。

 一度煌大に告白してから露骨に好意をむき出しにしている萌に戸惑いはありつつも、身支度を始める。


 教科書類は早速置き勉してきたためほとんどバッグは空。持っていくのは練習着とグローブ、スパイク、バッテ(バッティンググローブ、バットを振る時に滑らないようにする手袋)等々の野球道具くらいだ。


 硬式野球部に入るにあたり、道具も一気に新調。ピカピカの道具に心が躍る。


「ーーー萌!?」


 ニヤニヤとしている煌大が、突然叫びを上げた。

 煌大が袋からグローブを出して見つめていたその時、背後から衣擦れの音が聞こえたのだ。


 とっさに振り返ろうとしたが、振り返ったらまずいことになりそうだったため、すんでのところで踏みとどまった。


「お前……何して……」


「えっち!」


「見てないわ!何で俺が部屋を出てから着替えないんだよ!」


「男の子って、こういうの興奮するって聞いて、やってみたの。

 そしたら、煌大も少しは私に揺れてくれるかなって……」


「なっ……とっ、とにかく、着替え終わったら教えて!」


 煌大は顔と耳を真っ赤にしながら、部屋を勢いよく飛び出した。

 昔から一緒にいる煌大は、萌の裸なんて幾度となく見ている。

 でも、高校生となった幼馴染の半裸を見るとなるの、抵抗がありまくりだ。


「もうっ……!何なんだよマジで……!」


 煌大は手のひらで顔を掴むように覆う。

 萌はというと、


「煌大の顔……真っ赤だった……」


 こっちもこっちで、両手で顔を覆っていた。

 煌大はあれだが、萌はそういう手の話に疎い。


 どうやって子供ができるのかを初めて知ったのは中学一年生の冬であったくらいだ。

 そんな萌が勉強(何でしたのかは秘密)して、煌大に仕掛けた。


 煌大も萌がまさかそんなことをしてくるとは思っておらず、流石に心臓の鼓動が速くなっている。


「……はい、終わったよ」


「本当に?」


「本当よ!」


 こんなことがあった後だから、煌大が疑うのも無理はないだろう。

 煌大は半目で恐る恐る扉を開けると、そこには制服を着た萌が立っていた。


 ほっと、安堵の息を漏らした煌大も、制服に着替え始める。


「絶対入ってくるなよ」


「それ、フリ?」


「フリじゃねえから!」


「……ふふっ」

 

 ドア越しに、萌は満足そうに笑った。

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