第2話 萌の気持ち
優は昔から、萌の煌大に対する好意に気づいていた。
しかし、鈍感な煌大はその気持ちに気づくことが出来ず、初めてその好意を知ったのが、その卒業式の日であった。
「私、煌大とどう接していいのか分からないの」
「どう接するかは萌次第だけど、僕なら距離を置く」
「それは辛いよ……だって、まだ好きだもん」
「諦めないってことか?」
「当たり前でしょ。もっと可愛くなって、振り向かせてやるんだからっ」
どうやら萌は立ち直ったようだ。
このように、優は萌の扱いには慣れているため、落ち込んでいても立ち直らせるのが非常に上手い。
萌が自分で言った通り、彼女はまだ諦めていない。
煌大を振り向かせるために始めたダンスは、高校でもまだ続けるつもりでいるし、勉強だって頑張るつもりだ。
「普通に考えてよ。昔からずっと一緒にいる相手に好きって言われて、意識しないはずがなくない?」
「少なくとも、意識してなかったらあんなに気まずそうにしないだろうな」
「でしょっ!でしょっ!まだワンチャンあるよね!?」
「上手くいくといいな」
「うんっ!」
ちなみに、優は萌に対して全く恋愛感情を抱いていない。
もっと言えば、生まれてこの方、一度も人を好きになったことがない。
恋愛のことについては疎いが、聞き上手なのもあって萌の相談相手になっているというわけだ。
「……ただいま」
「おかえり」
「……」
「ーーー新入生諸君!!入学式が始まるぞー!」
煌大がトイレから戻ってくると同時に、教員らしき人物が入学式に向けての移動を指示した。
もちろん、入学式は大切な式典。出席番号順に並び、綺麗に整列する。
一組から順番に移動するため、煌大達の所属する七組は一番最後だ。
他のクラスは静かに待機しているため、周りもそれを悟ってか、誰も一言も発さない。
煌大にとっては運悪く、萌にとっては運良く、二人は隣に並んでいる。
「ね、煌大」
「なに?」
「私、諦めないからね」
「何を?」
「ーーー煌大のこと」
「ふぇっ!?」
いきなりのお気持ち表明に、煌大は思わず声を上げる。
静かな廊下に、煌大のよく通る声が響いた。
「何で今それを言うかね……」
「さっきは煌大が気まずそうにしてたから言えなくて」
「俺なんかよりももっといい人がいるって」
煌大がそう言って前を向く。ぞろぞろと列が進み出した。
「……居ないよ」
段々と増えていく足音に紛れて、萌はポツリとそう言いこぼした。
ーーー
「はぁ……こういう式典、疲れるんだよな」
「ああいう静かな場所にいると、おしっこ行きたくなるんだけど分かんね?」
「分かるわー!膀胱がムズムズする!」
高校生特有の汚い話を聞きながら、煌大は机に突っ伏している。
(俺、どうしたらいいんだよ)
煌大は正直、かなり戸惑っている。
他に好きな人がいるわけでもなく、萌が嫌いなわけでもないが、萌のことを恋愛対象として見るのは違うと、心の中の自分がそう言っている。
萌とはずっと友達でいたいと、そう思う自分がいるのだ。
萌はダンスにおいて、県内ならばトップレベルの実力であり、中学の頃はそれはもうモテていた。
月一ペースで校舎裏に呼び出されていた覚えもあるくらい、萌は学年を問わず人気があった。
それに対して、煌大は。
県大会ではエースとしてチームを牽引して準優勝、その後も割といい成績は残していた。
が、恋愛面はからっきしである。
告白されたことなんてないし、バレンタインチョコだって萌と母以外からは貰ったことがない。
クラス内では目立つキャラではあったが、それが逆にブレーキとなったのかもしれない。
そんな自分が、萌なんかと釣り合うはずがない、と。
萌が自分なんかを好きになるのは、勿体なさすぎる、と。
そう思ったから、萌からの告白を断ったのだ。
萌のことは大切だし、これからも大切にしたい。
でも、萌と付き合うとなれば、自分の方が色々と足を引っ張ってしまう。
それで、大切な萌に嫌な思いをさせるのは、嫌だった。
「煌大。部活、行くぞ」
「あれ?今日もう終わりか?」
「配られたプリント見てないのか?
入学式が終わったあとは、もう外部入学の人達の部活動見学が始まる。
僕たち内部進学者は、もういきなり部員として練習に参加するんだ。
ちゃんと準備は持ってきてるだろうな?」
「あったりまえよ。バッグの中にちゃんと入れてきたし」
「そのバッグってどこにあるんだ?」
「……あれ?」
煌大はここで、重要なことに気が付いた。
朝、慌てて家を出た時、昨晩に散々確認した野球道具の入ったバッグを持ってきていなかった。
「お前ってやつは……」
「忘れたあぁぁぁぁぁぁあ!」
花村煌大、十五歳。
星華高校入学初日に寝坊をし、星華高校野球部入部初日に野球道具を丸ごと家に忘れるという二冠を達成。
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