キラメクユメ
蜜蜂
一年生編
第1話 波乱の入学初日
「……ん」
煌大はアラームの音で目が覚めた。
春休み中、運悪くインフルエンザによって内部進学者限定の練習体験に行くことが出来ず、それはもう怠惰な生活を送っていた。
早起きが苦手である煌大は、何とかアラームの音で起きることが出来た。
「……あれ?スヌーズ……」
ふと、スマホの画面の上部にある時刻を見る。
アラームは七時に設定していたが、現在の時刻は八時。
煌大は入学初日、見事に寝坊した。
「やっべぇぇぇぇ!」
「母さんも寝坊した!ごめん煌大!」
ドタドタと、朝から家中を奔走する慌ただしい音が響く。
煌大の家は一軒家であるため近隣の住民に迷惑がかかることは……ある。マンションやアパートではないが、親子共々寝坊癖がついているため、高確率で慌ただしい朝を迎える。
もうそれが日常茶飯事であるため、近隣住民はもはや何も言わなくなってしまったが。
煌大は急いでパジャマを脱ぎ、制服に袖を通す。
「はい!パン!」
「食べながら行くわ!行ってひまふ!」
食パンを咥えて、煌大は家を飛び出した。
新調したカバンには新品の教材がパンパンに詰まって重いため、煌大はヨロヨロとしながら学校へと走る。
家から学校までは歩いて十五分、走れば五分と少し。
現在の時刻は八時二十三分。全力で走ればギリギリ間に合う時間だ。
まだ四月の頭なのに気温が高く、その上病み上がりであるため、煌大の額からはじんわりと汗が流れる。
『遅刻したらどうしよう』という焦りからの脂汗も混じっているが。
「はぁっ……!はぁっ……!死ぬっ……!」
一ヶ月近くあった春休みをインフルエンザで棒に振った煌大にとって、この五分はあまりにもしんどい。
高校野球に向けて体を作ろうと意気込んでいた矢先に発熱して倒れた煌大は、この一ヶ月まともに体を動かしていない。
「野球部……舐めんな……!」
野球部であることに謎のプライドを感じた煌大は、一気に加速した。
「間に合え……間に合え……!」
学校が見えてきた。あと少し。
「う……うおおおおおお……」
雄叫びを上げようとしたが思っていたよりも声が出ず、なんともダサい雄叫びになってしまった。
しかしーーー、
「ーーー間に合ったぁ……!」
午前八時二十八分。
花村煌大は、残り二分というギリギリのタイムで、校門へゴールインした。
ーーー
「……ぷはぁっ!生き返る!」
到着後、煌大は波乱の二分を過ごした。
まず、自分のクラスとその場所が分からないことに気がついた煌大は、玄関へと走った。
七クラスある中から自分の名前を一分で見つけ出し、階段を駆け上がった。
一年生の教室は絶対に最上階にあると踏んだ煌大は見事にその賭けに勝ち、チャイムが鳴り終わる瞬間2教室にヘッドスライディング。
判定はセーフであった。
「お前……本当によく間に合ったな」
「もっと褒めてくれてもいいんだけどな?」
「まず朝ちゃんと起きろ」
「すんません」
九時から始まる入学式を控えた一年七組の生徒たちは、友人たちと談笑を楽しんでいる。
『もう高校生かー』だとか、『部活何入るの?』だとか、そんな他愛ない会話が聞こえてくる。
そんな中、煌大は小学生以来の親友、
「それで、インフルエンザは治ったのか?」
「おかげさまで。なかなか熱が下がんなくてさー。
練習見学、どうだった?」
「見学ってより、体験みたいな感じだった。
僕も何人かの球を受けたし」
「俺よりいい球投げる奴いた?」
「一ヶ月近く投げてない煌大よりは、いい球だったかもな」
「万全の俺ならどう?」
「分かんね」
優は煌大の親友であり、永遠のパートナーだ。
煌大はピッチャーで、優はキャッチャー。互いにその道一本で、野球を貫いてきた。
「そこは『お前の球が一番いいに決まってる』って言ってくれよ」
「オマエノタマガイチバンイイニキマッテル」
「棒読みすぎるだろ!」
「ーーーなーんの話してーんの!」
煌大と優が仲睦まじそうに会話をしているのを見て、薄いピンク髪の女子生徒、
「……どうしたんだよ」
「ん?なんか楽しそうに話してたから」
「……そっか」
どこか気まずそうに顔を逸らす煌大。萌もそれを見て、下を向く。
この状況で一番気まずいのは間違いなく優であろう。
「俺、トイレ行ってくるわ」
煌大はそう言って、その場から席を外した。
優と萌のみが残されて、二人の間に沈黙が流れる。
ほんの少し時間が経ったところで、優が口を開いた。
「萌。気まずくないのか?」
「……何がよ」
「あんなことがあったのに、どうしてそんなに平然としていられるんだ?」
「……平然を保とうとするには、こうやって明るく振る舞ってないとダメなの。
でなきゃ、今にも泣きそうだもの」
萌の声が徐々に震えてくるのを、優は感じ取った。
萌と煌大の共通の幼馴染である優は、度々萌の相談に乗っていた。
結論から言えば、萌は煌大のことが好きなのだ。
その約十年越しの想いを卒業式の日に煌大に伝えた。
しかし、返ってきた答えは、
「萌のことは、親友としてしか見れない」
という、残酷なものであった。
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