第12話

 光浄の大陸ほどじゃないが、清豊の大陸も緩やかな地形で草原や平原が多い。

 違う点を挙げるとすれば、大小様々な川が目立つことだろう。

 どの川も水が綺麗で、そのまま飲んでも問題ないらしい。

 また、大きな川には航路としての役割もあり、村や町の間を船で移動するのが日常。

 魔道具の開発は光浄の大陸に劣るが、船を動かす為の魔道具に関しては一日の長がある。

 ゲイツさんの船にも使われており、リルムも興味深そうにしていたな。

 そして、全ての川は清豊の大陸を統べる、水王国アリエスと繋がっている。

 グレイセスとの関係は良好で、僕たちが目指している場所だ。

 船を使えば早いが、あくまでも目的は特殊階位を探すことなので、敢えて徒歩で向かっている。

 どこで出会えるかわからないからな。

 そんな情報を頭の中で整理していると、小雨が降り始めた。

 念の為に雨具を羽織っていたが、正解だったかもしれない。

 大した強さではないので歩みに影響は皆無とは言え、長時間濡れるのは避けるべきだろう。

 魔家を使えば何とでもなるが、予定ではもう暫くで最初の村に着きそうだ。

 リベルタ村と言うところで、小規模ながらも賑やかで平和だと聞いた。

 昔からの孤児院があり、元気な子どもたちが多いのだとか。

 ニーナにしろダンにしろ、僕は自分が思っていたよりも子どもが好きらしいので、ほんの少しだけ楽しみにしている。

 そうして足を動かし続けていると、遠くに家屋が見えて来た。

 あれがリベルタ村のようだが……様子がおかしい。

 胸の騒めきを覚えた僕は、【転円神域】で状況を確認し――


「シオンさん!?」


 駆け出した。

 背中に姫様の声を浴びたが、今は気にしていられない。

 双剣を生成した僕は速度を緩めず村に入り――惨状を目にした。

 建物は破壊され、人々は例外なく胸を穿たれて絶命している。

 男性も女性も老いも若いも関係ない。

 幼い子どもたちも……殺されていた。

 手にぬいぐるみやオモチャを持っている子もいて、直前まで遊んでいたように見える。

 知らぬうちに歯を食い縛っていた僕は深呼吸して落ち着きを取り戻し、再び【転円神域】を広げると――


「……まだ生きている」


 2つの反応あり。

 即座に振り向いた僕はそちらに足を踏み出し、すぐに現場に辿り着いた。

 1人は修道服を着た若い女性で、地面に膝を突いている。

 美しい顔を絶望に歪ませ、とめどなく涙を流していた。

 水色のロングヘアーに、神々しい金眼。

 年齢は20歳を少し越えたくらいだろうか。

 身長は僕より少し高そうで、女性の中では高身長な気がする。

 もう1人は恐らく……魔族。

 ゲイツさんほどじゃないが背が高い老人で、線は細い。

 しかし、背筋はピンと伸びており、見た目に反して衰えとは無縁だと思われた。

 そもそも、魔族の外見や年齢など、何の当てにもならない。

 オールバックに撫で付けられた銀髪と、理知的な銀縁メガネ。

 身に纏っているのは執事服で、片手にレイピアを握っている。

 感じる魔力から察するに、ヴァルほどじゃないがそれに近しい実力者。

 十中八九、この惨劇を引き起こした張本人。

 僕がそう判断したと同時に、老人がレイピアに魔力を収束させた。

 照準を合わせている相手は、修道女。

 そのことを頭が認識するより速く、彼女の前に飛び出す。

 修道女から動揺した気配を感じたが、無視して魔族を見据えると、驚いた顔をしながら構わずレーザーを撃ち出した。

 【閃雷】と良く似ているものの、威力や速度は劣る。

 無感動にレーザーを斬り払った僕に対して、老人は感心したように息をついた。

 そのとき、僕の耳朶を打ったのは何かが倒れる音。

 張り詰めていたものが切れたのか、修道女が意識を失ったらしい。

 容体を確認したいとは言え、この魔族に隙を見せるのは危険。

 そう考えた僕が攻め入る決断を下す直前、老人がにこやかに口を開いた。


「キミがイレギュラー……シオン=ホワイトくんですか」

「だったら何だ?」

「いえいえ。 話には聞いていましたが、実物は想像以上だと思っただけですよ」

「……お前は『魔十字将』なのか?」

「まさか。 わたし如きが、あの方々と同列な訳がありません。 わたしはただの、しがない一兵卒ですよ」

「前半は信じても良いが、後半は受け入れ難いな。 お前のような魔族が、一兵卒であるはずがない。 大方、『魔十字将』の側近、あるいはそれに準ずる地位の者……と言ったところか」

「ほう、その歳で恐ろしいまでの洞察力ですね」

「認めるのか?」

「さぁ、どうでしょう。 案外、本当はわたし自身が『魔十字将』かもしれませんよ?」

「……食えない人だ」


 この魔族と問答をしても埒が明かない。

 そう結論付けた僕は双剣を握り、今度こそ踏み込もうとした。

 ところが老人は、またしても気を逸らすかのように声を発する。


「そう言えば、まだ名乗っていませんでしたね。 わたしはヘリウスと申します。 以後、お見知り置きを」

「悪いが、ここで殺す相手を覚えるつもりはない」

「それは残念です。 随分と怒っているようですが、何か気に障るようなことでもありましたか?」

「……この村の人たちを殺したのは、お前じゃないのか?」

「いいえ、わたしです。 ですが、それは悪いことでしょうか?」

「何だと?」

「魔族にとって人間の魂は、最高の美味なんです。 特にこの村の者たちは、善良な人間でしたからね。 まぁ、高級食材と言ったところでしょうか。 つまり、貴方たちがグルメの為に、動物を殺すのと同じことですよ」

「お前の言っていることは一理ある。 だが、だからと言って認められる話じゃない」

「ふむ……もっと合理的な話し合いが出来るかと思いましたが、見込み違いでしたか。 所詮はキミも子どもと言うことですね」

「何とでも言え。 とにかく僕は、お前を殺す。 いずれは魔王もな」


 宣言して、神力を練り上げる。

 そんな僕を見たヘリウスは、それまでの好々爺然とした態度を翻し、メガネの奥の真紅の瞳に鋭い光を宿した。

 本気になったようだが、関係ない。

 真っ向からぶつかり合えば、必ず僕が勝つ。

 内心で断言した僕に対してヘリウスはレイピアを構え――修道女を狙い撃った。

 予想外の攻撃に刹那の間だけ反応が遅れたが、問題なく直剣で防ぐことに成功する。

 ただし――


「今日はこれで失礼します。 出来れば、もう会わないことを願っていますね」


 ヘリウスが空間に消える隙を与えてしまった。

 反撃するべく直剣を突き付けたが、時すでに遅し。

 目の前で湾曲した空間が元に戻るのを、見送ることしか出来なかった。

 悔しい思いをした僕は下を向いたが、すぐに意識を切り替える。

 村民たちの多くを守れず、ヘリウスを取り逃してしまったが、1人だけでも救うことが出来た。

 気を取り直して修道女の元に歩み寄ると、服は汚れているが外傷はなく、気絶しているだけだ。

 そのことに安堵した僕は、彼女を横抱きにして立ち上がる。

 すると、ようやくして追い付いて来た姫様たちが、慌てた様子で声を掛けて来た。


「シオンさん、ご無事ですか!?」

「これって、どう言う状況なのよ!?」

「村の人たちは全滅したのでしょうか……」


 姫様たちは大いに混乱しているようで、説明する必要がありそうだ。

 しかし、もう1人の少女が着目したのはそこじゃない。


「シオン……それ、何をしているのかしら?」


 僕……と言うよりは修道女を指差して、底冷えする声で尋ねるルナ。

 そのときになって姫様たちも気付いたらしく、揃ってジト目を向けて来た。

 ゲイツさんに言われた通り気持ちを推し量ってみたが、今回は難解過ぎる。

 生き残った村民――らしき人――を助けただけで、何故そんな態度を取られなければならないのか。

 訳がわからない僕は胸中で小首を傾げつつ、ありのままを伝えた。


「彼女は生き残りだ。 魔族に襲われていたところを助けた。 それだけだ」

「魔族? また魔族が出たの?」

「そうだ、リルム。 『魔十字将』じゃないが、たぶんそれに近い強さだった」

「そうなんだ……」


 魔族と言う言葉に、リルムは敏感に反応した。

 そのことに僅かながら違和感を覚えていると、今度は笑みを浮かべた姫様が可憐な声を発する。

 口元はピクピク痙攣していたが。


「シオンさんは、人助けをしたのですね。 偉いです」

「大したことじゃありません」

「そうですか。 では、魔家の部屋に連れて行ってあげましょう。 その方が、ゆっくり休めるはずです。 さぁ、今すぐ」

「……わかりました」


 正体不明の威圧感を発揮する姫様。

 やはり理由はわからないが、僕が修道女を抱き抱えているのが嫌らしい。

 他の少女たちを見ると、その考えが間違っていないと思えた。

 そうして僕たちは、廃村となったリベルタ村に魔家を建てて、1晩を過ごすことに決める。

 先ほどまでは小雨だったが、徐々に激しさを増しつつあった。

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