第11話
カスールを出発して3日後。
僕たちは遂に、清豊の大陸に足を着けた。
天気が荒れることもなく、船旅は順調そのものだったと思う。
ただし今は曇り空になっており、そのうち雨が降って来そうだ。
船旅中、ずっと同じ景色を眺めていたので飽きた――と言うことはなく、思わぬものを目の当たりにした。
それは、透き通るような海。
光浄の大陸の海も汚い訳じゃないが、清豊の大陸に近付けば近付くほど、海水が澄んで行った。
清豊の大陸の水は綺麗だと聞いたことはあるが、海にまで及んでいるとは思っていなかったな。
ちなみに船酔いが酷かったルナも次第に良くなり、最後の方は強がることなく普通にしていた。
彼女に言わせれば――
「愛の力ね」
だそうだが、軽く肩をすくめるに留めた。
そのことがよほど不満だったらしく、頬をリスのように膨らませていたのが印象に残っている。
なにはともあれ、僕たちが到着したのは港町セレナ。
雰囲気はカスールと良く似ていて、活気の良さが特徴だろうか。
ゲイツさんはここでも有名らしく、先ほどから多くの人に囲まれて談笑している。
一方の僕たちはセレナを見て回っていたのだが――
「な、何だ、あの子たち……?」
「絶対、地元の子じゃねぇよな? もしそうなら、知らない訳ねぇし……」
「悔しいけど、可愛過ぎるわね……って、あれってグレイセスのお姫様じゃない!?」
「うっそぉ!? 旅に出たって聞いてたけど、こっちに来たんだ!」
「『グレイセスの至宝』なんて大層な呼び方だと思ってたけどよ、実物はもっとすげぇな……」
「他の子たちも負けないくらい可愛いし、もしかして見た目でメンバーを選んだんじゃねぇか?」
「そんな訳ないでしょ! でも、確かにちょっと尋常じゃないわね……」
「おい、お前声掛けてみろよ!」
「ふざけんな! 俺に死ねって言ってんのか!?」
途轍もなく目立っていた。
まぁ、これだけの美少女が揃っていれば、それも無理はない。
特に姫様は、大陸を越えて名声が轟いているようだ。
もっとも、美少女の中に僕を入れられたことに関しては、甚だ遺憾に思っている。
尚、姫様たちは気にしていないようだったが、アリアだけは縮こまっていた。
それから暫くして船に戻って来ると、出迎えてくれたのは上機嫌なゲイツさん。
「おう、お帰り! セレナはどうだった?」
「ただいま帰りました。 そうですね、光浄の大陸では見たことのないものもあって、新鮮でした。 あと、屋台で買った飲み物がとても美味しかったです」
ゲイツさんの問に、姫様が代表して答える。
確かに、あの飲み物は美味しかった。
原材料自体は珍しくなかったので、きっと水が良いのだろう。
リルムとアリアも頷いており、ルナはリアクションしなかったが、実際に今飲んでいる辺り同意したようなものだ。
彼女たちの反応にゲイツさんは笑みを深め、腕を組みながら誇らしそうに語った。
「そうだろう、そうだろう! 俺らもセレナに寄ったときは酒を飲むのが楽しみでなぁ、今日も宴会を開く予定なんだ。 はっはっは!」
豪快に笑うゲイツさんに対して、姫様とアリアは苦笑している。
魔王が復活し、カスールであれだけの戦いがあったにもかかわらず、良くそんなテンションになれるものだ……。
僕が溜息をついていると、すぐ傍で同じ音が聞こえた。
視線を転じたところ、リルムも同じ気持ちらしい。
姫様たちとは別の意味で、互いに顔を見合わせて苦笑してしまう。
すると、こちらに振り向いたゲイツさんが、名案を思い付いたとばかりに口を開いた。
「そうだ! シオン、テメェも来いよ! 一緒に飲もうぜ!」
「いえ、僕は未成年なので」
「固ぇこと言うなって! ここは光浄の大陸じゃねぇんだから、気にしなくて良いんだよ!」
「……清豊の大陸の成人は、何歳なんですか?」
「20歳だ!」
「駄目じゃないですか」
何を考えているんだろう。
真剣に問い質したくなるが、時間を無駄にする気がした。
そうして僕が気持ちを押し殺していると、シレっとルナが意外な情報を開示する。
「なら、わたしは大丈夫ね」
『え!?』
当然の如く口にしたルナの言葉を聞いて、姫様たちが同時に驚いた。
正直に言うと僕も衝撃を受けていたが、平然としている方が良いと直感が訴えている。
姫様たちの様子にルナは憮然とし、不機嫌極まりない声を発した。
「何よ?」
「あの……ルナさんって、何歳なのですか?」
「20歳だけれど、それがどうかした?」
「いえ、何と言いますか……若く見えますね」
「……それで喜ぶと思っているなら、貴女の頭にはスポンジが詰まっているのでしょうね」
「え、えぇと……すみません」
ルナに鋭い眼光で貫かれた姫様は、すっかり委縮してしまった。
アリアも似たようなもので、リルムは明後日の方を向きながら口笛を吹いて――鳴っていない――いる。
3人の態度が気に喰わないルナは、更に食って掛かろうとしていたが、その展開を嫌った僕が止めに入った。
「何歳だろうが、ルナが魅力的な女性だと言うことに変わりはない。 そんな数字を、一々気にするな」
「……それもそうね」
僕のフォローを受けたルナは、指先で髪を弄りながら顔を紅潮させている。
少しわざとらし過ぎたかと思ったが、どうやら通用したらしい。
しかし、その代償はすぐにやって来た。
「シオンさん、魅力的なのはルナさんだけなのですか?」
「あんた、この子……あー、年上だからこの人……? とにかく! ゴスロリに甘過ぎない?」
「シオン様……」
姫様たちに詰め寄られた僕の心情は、はっきり言って面倒の一言。
とは言え、それを明かす訳には行かないことくらいはわかる。
「姫様は、宝石のように美しいですね」
「え……」
「リルムは、陽性の美少女と言ったところか」
「ふ、ふーん?」
「アリアは、可愛らしい花を彷彿とさせる」
「は、恥ずかしいです……」
「ルナに負けず劣らず、3人とも魅力的ですよ」
わざわざ言葉にするのは面倒ではあるが、これはあくまでも本音。
だからこそ、姫様たちの心にはしっかり染み渡ったらしい。
どことなく夢見心地な様子で、顔を赤らめている。
喜ぶべきか微妙なところだが、彼女たちの扱いにも慣れたものだ。
ただし、半分くらいは経験則からの言動で、本当の意味では理解出来ていない。
今度はルナが少しムスッとしているが、流石にキリがないのでスルー。
そんな僕たちの不毛なやり取りを、ゲイツさんは神妙な顔つきで眺めていたかと思えば、いきなり口を開いた。
「シオン、ちょっと来い」
力強く腕を引っ張られたので大人しく付いて行くと、ゲイツさんは僕の肩を抱いて顔を寄せて来た。
何事かと思って黙っている僕に対して、ゲイツさんは若干躊躇ってから言い放つ。
「テメェ、実際のところ本命は誰なんだ?」
「本命ですか?」
「おうよ。 俺としてはソフィアちゃんを選んで欲しいが、こればかりは無理強い出来ねぇからな」
「……もしかして、恋愛対象としてですか?」
「当たり前だろうが。 で? 誰なんだよ?」
興味津々と言った感じのゲイツさん。
前回のルナと言い、最近は恋愛話が多いな。
ただ申し訳ないが、僕の答えは面白味がない。
「誰でもありません。 僕に恋愛をするつもりはありませんから」
「はぁ? マジで言ってんのか? どう見ても、全員テメェのことが好きじゃねぇか。 あんだけの上玉が揃ってんのに、興味ねぇってのか?」
「興味以前の問題ですよ。 理由は言えませんが、僕は恋愛をするべきじゃないです」
ルナにも言ったが、これは揺るがないことだ。
僕は受け入れているし、別に悲観してもいない。
しかしゲイツさんは、それを良しとしなかった。
「良く聞けよ、シオン」
「何でしょう?」
「テメェの事情は知らねぇけどな、ソフィアちゃんたちの気持ちも考えてやれよ。 絶対に誰かを受け入れろとは言わねぇ。 だがな、最初から決め付けんな。 テメェらは若い。 将来どうなるかなんて、誰にもわからねぇんだからよ」
「……覚えておきます」
「おう、覚えとけ! 俺らはここまでだが、清豊の大陸でもソフィアちゃんたちを頼んだぜ! まぁ、シオンなら心配いらねぇか! はっはっは!」
いつになく真面目なゲイツさんの迫力に、思わず頷いてしまった。
だが、言っていることは的外れじゃない。
確かに僕は、最初から決めて掛かっていたところがある。
姫様たちの気持ちを考えると言うのは難しいが、今後はもう少し広い視野を持とうと思った。
返事を聞いたゲイツさんは、僕の頭をガシガシと撫でながらニヤリと笑っている。
戦闘力は別として、僕はこの人に人間として敵わないかもしれない。
その後、ゲイツさんに別れの挨拶をした僕たちは町を出て、いよいよ清豊の大陸を歩み始めた。
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