第13話
外は大雨にもかかわらず、この魔家の防音性能は高いので、音はほとんど聞こえない。
念の為に【転円神域】は維持しているが、ヘリウスは完全に撤退し、他の脅威もなさそうだ。
修道女は2階の1室に運び、姫様たちによって着替えさせられてから寝かせている。
身体的には問題なさそうだが、精神的にはどうかわからない。
こればかりは、目覚めるのを待つしかないな。
その後、冷えた体を順番にお風呂で温めたのだが、僕の番にルナが忍び込もうとしたのを阻止されたらしい。
姫様とリルムは前科があるので、ある意味警戒していたのだろう。
それからアリアのご飯を食べて、同じく彼女が用意した食後の紅茶を楽しみ、今に至っている。
ヘリウスのことは既に共有しているが、大した情報はなかった。
この村を襲ったのは美味の為……と語っていたが、それを鵜呑みにして良いのかは微妙。
とは言え、現時点では他に理由が見当たらない。
修道女が何かを知っている可能性はあるので、何にせよ彼女が目覚めるのを待つべきだ。
僕たちがそう結論を出した、そのとき――ガタンと。
2階で大きな音が鳴った。
それを聞いた僕たちは顔を見合わせると、興味がなさそうなルナを置いて、修道女の元に向かう。
すぐさまドアをノックしたが、返事がなかったので率先して部屋に入ろうとしたところ、アリアにそっと止められた。
「相手は女性なので、まずはわたしが入ります。 シオン様は様子を見てあとから来て下さい」
「……わかった、頼む」
そこまで考えが及んでいなかった僕はアリアと場所を入れ替わり、少しだけ緊張した様子の彼女がドアを開く。
視界に飛び込んで来たのは、床に座り込んだ修道女。
両手で体を抱き締め、全身が震えていた。
極度の恐慌状態にあるようで、姫様たちはどう接するべきか迷っている。
僕も何が正解かはわからなかったが、放置することは出来なかった。
無言で部屋に入り、修道女の傍に片膝を突く。
安心させるように背中をゆっくりと撫でると、彼女は大きく肩を震わせつつ、こちらに目を向けた。
その金眼は涙に濡れ、恐怖に揺れている。
あまりにも痛ましい姿に姫様たちは辛そうにしており、僕も胸が締め付けられる感覚がした。
しかし、無理やりその思いを封印して、修道女を安心させるべく口を開く。
「もう大丈夫です。 魔族は去りました。 貴女は生きています。 心配はいりません」
なるべく簡潔に伝えた。
それを聞いた修道女は、あらんばかりに目を見開き――
「どうして……?」
尋ねられた。
意味がわからなかった僕が黙っていると、修道女が大粒の涙を流しながら言葉を連ねる。
「どうして、わたしを助けたの……? どうして、皆と一緒に死なせてくれなかったの……? わたしだけ生き残って、どうしろと言うの……?」
「……」
「わたしを助けてくれたのなら、どうして皆も助けてくれなかったの……? どうして、もう少し早く来てくれなかったの……?」
「……すみません」
「謝るなら、皆を返して……。 謝るくらいなら、わたしを皆の元に送って……。 皆に……皆に会わせて……」
項垂れて嗚咽を漏らし始めた修道女。
涙が床に落ち、多くの染みを作る。
客観的に見て、修道女の言い分は八つ当たりに近い。
僕に落ち度はなく、文句を言われる筋合いもないはずだ。
だが、それでも……心に突き刺さった。
表面には出していないつもりだが、かなりダメージを受けている。
僕が責められて怒った姫様たちが何かを言いそうだったが、視線で止めて首を横に振った。
今、この修道女を追い詰めるのは良くない。
彼女は明らかに混乱しており、正常な判断が出来ているとは言えないだろう。
無言の訴えを受け入れた姫様たちは、不承不承ながら口を閉ざしている。
それからしばしの間、修道女の涙声が室内に聞こえていたが、泣き疲れたようで眠ってしまった。
力が抜けた体を支えた僕は抱き抱え、再びベッドに寝かせる。
涙に濡れた顔をハンカチで拭き、寝顔を見つめた。
いろいろと吐き出したからか、先ほどよりはマシに見えるが……安心は出来ない。
そう考えた僕は姫様たちに振り返り、頼みを告げた。
「すみませんが、姫様たちで彼女を看ていてくれませんか?」
「それは構いませんが……シオンさんは?」
「僕が近くにいると、彼女の体に良くないでしょうから」
「そんな! シオン様は、何も悪くありません!」
「良い悪いの話じゃないんだ、アリア。 こう言うときに、理屈は通じないと思う」
「やけに聞き分けが良いじゃない。 はっきり言って、あたしはムカついてるんだけど」
「リルム、その怒りはあの魔族にぶつけろ。 彼女に当たったところで、誰も得はしない」
「そうかもしれないけど……」
「シオンさんは、本当にそれで良いのですか……?」
「はい、姫様。 少し外を見て回っておこうと思っていましたし」
「え? 外を見て回るって、この雨の中をですか……?」
「そうだ、アリア。 少し気になることがあってな」
「気になることって何よ?」
「大したことじゃない。 では、頼んだぞリルム。 姫様とアリアも、よろしくお願いします」
そう言い残した僕は、呼び止められる前に部屋を出て1階に降りた。
リビングでは相変わらず、ルナが優雅に紅茶を嗜んでいる。
その後ろを黙って通り過ぎ、入口を開いて外に出た。
横殴りの雨に打たれつつ、気にせず足を踏み出す。
折角お風呂に入ったが、今はどうでも良い。
頭に乱舞しているのは、修道女の言葉。
僕は、何故彼女を助けたんだろう。
答えは、それが正しいことだと思ったから。
だが……本当に正しかったのか?
気持ちを知らなかったから、どの道その場で死なせてやることは出来なかったとは思う。
それなら彼女が言うように、今からでも殺してやるべきなのか?
そうすることが正しいのか?
わからない。
僕はどうするべきなんだ、エレン……?
足を止めて真っ暗な雨空を見上げたが、当然ながら答えはない。
それから、どれくらいが経ったのか。
すっかりずぶ濡れになった僕は頭を振って、自分に言い聞かせるように声を落とす。
「……今は、出来ることをしよう」
何の解決にもなっていないとわかっていながら、そう決めた。
それから僕は、目的を果たすべく足を再稼働させる。
更に雨足は強くなり、夜は更けて行った。
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