第7話
ここは、ゲイツさんの船の中。
船乗りたちが食事を摂る為の部屋らしいので、比較的広い。
落ち着いて話すなら、町の店よりも良いだろうと気を遣ってくれたのだが、確かにその通りだな。
その反面、静か過ぎる。
いや、それどころか空気が重苦しい。
時計の音が、やけに大きく聞こえた。
そんな空間でテーブルを囲っているのは、5人。
僕と姫様、リルムにアリア、そしてルナ。
カスールに戻った僕は、すぐに姫様たちと合流した。
アリアとリルムが大ダメージを受けていたが、命に別状はなく、今では普通に行動出来ている。
ただし、戦闘に復帰するにはもう少し掛かりそうだ。
そのことに2人は酷く落ち込んでおり、アリアなどは瞳を潤ませている。
見ているだけで痛々しいが、ある意味それ以上に状態が悪いのは姫様。
現場を見た訳ではないものの、誰にも彼女を責めることは出来ない。
むしろ、良く無事でいてくれたものだ。
それでも彼女は自分を責めて……いや、怒っているように見える。
口には出していないが、ヒシヒシと伝わって来た。
他方、ルナは平然としており、この状況でも優雅に紅茶を飲んでいる。
内心で呆れ果てながら、今回は本当に彼女に救われた。
僕がルナに頼んだのは、姫様たちの護衛。
最初は渋っていたが、ある条件と交換に引き受けてくれた。
何はともあれ、全員生き残れたのは良かったと思う。
だが、それで済ますことが出来ないのも事実。
無言の時間が続いていた中、僕は席を立った。
そのことに姫様はビクリと震え、リルムとアリアも不安そうにしている。
ルナは相変わらずだが、横目でこちらを見ていた。
しかし、少女たちの反応に構うことなく、僕は――
「すみませんでした」
深く頭を下げた。
予想外の行動だったのか、姫様たちが息を飲む。
ルナはどうか知らないが、カップをソーサーに戻したようだ。
姫様たちが自責の念に苛まれているのに負けないほど、僕も悔しい思いを抱いている。
魔族が後ろにいるのは予想していたが、まさか『魔十字将』などと言う、特別な者が出て来るとまでは考えていなかった。
その辺りの読みの甘さだけじゃなく、まんまと策に引っ掛かり、助けに戻るのが遅れてしまったのは明らかな失態。
アリアとリルムに被害が出たのは、僕のせいだ。
頭を下げたまま、拳を固く握る。
僕の思いがわからないらしく、姫様たちが困惑した様子で何も言えなかった、そのとき――
「ねぇシオン、そろそろ報酬をもらいたいのだけれど?」
恐らく敢えて、空気を読まずに声を発するルナ。
彼女の考えがなんとなくわかった僕は、どうするべきか迷った。
上手く行けば現状を打破出来るが、下手をしたら更に悪化する。
僕の葛藤をルナは見抜いたようで、言葉を付け足した。
「痴女軍団を守る代わりの約束、忘れた訳ではないわよね? 報酬をもらえないなら、今後一切の協力を断るわよ?」
ルナの言葉を聞いて嘆息した僕は、頭を上げて彼女と向き直る。
対するルナは心底嬉しそうに立ち上がり、こちらに歩み寄って来た。
姫様たちは戸惑っていたが、そんな彼女たちに挑発的な流し目を送ったルナは――
「ん……」
『な……!?』
僕の顔を両手で包み込み、唇を重ねる。
姫様たちの驚愕した声から、混乱していることがわかった。
さて、どうなるか……。
僕がされるがままになっていることで調子に乗ったのか、口内に舌を潜り込ませるルナ。
悩んだのは一瞬で、ここまで来れば今更だろう。
応じるように舌を絡ませると、淫らな水音が室内に響いた。
完全にフリーズした姫様たちを放置して、満足するまで堪能したルナは、ようやくして口を離す。
再び静寂が場を支配したが、明らかに先ほどまでとは異質。
このあとに何が待っているのか、僕には予想出来ない。
すると、わざとなのかそうじゃないのかわからないが、ルナが起爆剤となる一言を放り込む。
「ふぅ、ご馳走様」
度々見せる妖艶なものではなく、可憐な笑みを浮かべたルナに、とうとう姫様たちの堪忍袋の緒が切れた。
「な……な……な……何をしているのですか!?」
「シオンもシオンよ! キスは禁止って言ったでしょ!?」
「ふ、不潔です……!」
アリアですらもプンスカ怒っており、姫様とリルムに至っては怒髪天を衝く勢い。
何はともあれ元気になってくれたのは良いが、問題はここからどう落ち着かせるか。
僕は宥める方法を考えていたが、ルナはむしろ楽しそうに言葉を連ねる。
「うるさい痴女たちね。 わたしはただ、正当な報酬をもらっただけよ」
「報酬って何ですか!?」
「弱い弱い貴女たちを守る代わりに、わたしが動く度にキスさせてもらうの。 そのお陰で助かったのだから、文句を言われる筋合いはないと思うのだけれど?」
「……ッ! それは、そうですが……」
「貴女たちが自力でヴァルを倒せていたら、わたしの出る幕はなかったわ。 だから、この結果は貴女たち自身が招いたもの。 それなのにわたしやシオンを責めるなんて、厚顔無恥にもほどがあるわね」
これ見よがしに肩をすくめたルナの容赦ない物言いに、姫様は悔しそうに黙り込む。
リルムとアリアも同様で、反論する言葉を持たない。
それでいて心底は受け入れておらず、ルナに対する怒りの炎は消えていないように見えた。
なるほど……中々上手い。
姫様たちを鎮めつつ、落ち込ませるのではなく自分を悪者にすることで、活力を持たせている。
純粋なプラスのエネルギーとは言えないが、これで姫様たちはモチベーションを保てるかもしれない。
何なら今以上に強くなるべく、張り切る可能性もあった。
それはそれで注意が必要とは言え、どん底まで沈まれるよりは圧倒的にマシだろう。
感心した思いを乗せた視線をルナに向けると、彼女は蠱惑的な笑みを返して来た。
ふむ……追加の報酬を要求されるかもしれない……。
それ自体は仕方ないが、せめて姫様たちがいないところで頼もう。
そう折り合いを付けた僕は椅子に座り直しながら、頃合いを見計らって口を開いた。
「今回の戦い、僕を含めて全員に反省点があります。 ですが、魔族の中でもトップクラスだと思われる相手を退けられたのは、立派な戦果と言って良いでしょう。 それにはルナの働きも大きく関わっていますが、姫様たちが最後まで諦めず、戦い抜いたからだと思います」
「シオンさん……」
「今の僕たちが魔王と戦うのは、力不足かもしれません。 ただ、ヴァルとの戦いを経験して、姫様たちはまた強くなりました。 これからも全員で協力して難関を突破し、少しずつ強くなりましょう。 勿論、僕も今以上に強くなってみせます」
「シオンはそのままでも、充分だと思うけどね。 でも……そうね、皆でもっと強くなりましょ」
「わ、わたしも、今日ほど自分の弱さを痛感したことはないです……。 ですが、だからこそもっと強くなりたいと思いました」
「リルム、アリア、その気持ちがあれば大丈夫だ。 僕は何も心配していない。 姫様はどうですか?」
僕の問を受けた姫様は、唇を固く引き結んだ。
リルムとアリアは心配そうに見つめ、ルナはティータイムを再開している。
その後、暫く姫様は黙っていたが、僕に向かって重々しく口を開いた。
「わたしには『輝光』として、魔王を討つ使命があります」
「はい」
「ですが……認めたくありませんでしたが……今のわたしでは、不可能だと思います」
「否定はしません」
「悔しくて、情けなくて仕方ないですけれど……それを今感じられるのは、生きているからこそです。 そして、この悔しさを次に繋げようと思います」
「素晴らしい考えです」
「シオンさんには今後も迷惑を掛けると思いますが、よろしくお願いします。 その代わり改めて、わたしは使命を全うしてみせると誓います」
「1人で抱え込む必要はありません、僕たちはパーティなんですから」
「……そうですね。 リルムさん、これからも力を貸して下さい。 アリアも、頼りにしているわ」
「ふん、ここまで来て降りるつもりなんてないっての」
「わ、わたしも、全力を尽くします!」
自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ姫様は、少し弱々しいながらも笑みを浮かべた。
それを見たリルムは不愛想なふりをしつつ、安堵しているのは明らか。
アリアは涙を滲ませて、大きく頷いている。
こうして少女たちは立ち直り、今後の戦いに臨む心構えも出来た。
そのことに僕は満足していたが、姫様にはまだ話の続きがあるらしい。
「そこで、1つ提案があります」
「ん? 提案って何よ?」
「慌てないで下さい、リルムさん。 ……ルナさん」
「何かしら?」
「今回は有難うございました。 貴女がいなければ、わたしたちは全滅していたかもしれません」
「まぁ、そうでしょうね」
「貴女のことは……好きではありません。 いえ、嫌いと言っても良いくらいです」
「安心しなさい、わたしも貴女たちのことは嫌いだから」
「わかっています。 それを承知の上で……仲間になってくれませんか? 貴女の力は、この旅に必要です」
姫様の考えを聞いたリルムとアリアは驚いたようだが、口を挟むことはしない。
思うことはありながら、彼女たちもルナの強さは認めているのだろう。
僕は最初からそれを望んでいたが、彼女のガードは固い。
恐らく今回も、あっさり断られて――
「別に良いわよ」
想定外の返事が聞こえた。
まさかと思ったのは僕だけではなく、姫様たちも目を丸くして絶句している。
そんな彼女たちを無視して紅茶を1口飲んだルナは、何でもないかのように声を発した。
「どうせ守るなら、近くにいた方が楽だしね。 打ち合わせしている方が、都合の良いときもあるでしょう」
「その通りですけれど……本当に良いのですか?」
「だから、そう言っているじゃない。 ただし、シオンとの契約は続行よ。 貴女たちのピンチを救うような展開になれば、また彼の唇を頂くから」
「……わかりました。 それに関しては、わたしたちが強くなれば解決することです。 リルムさんとアリアも、異論はないですね?」
「……この子と肩を並べて戦うのは不満だけど、そんなこと言ってられる場合じゃないしね」
「わ、わたしも……問題ない、です……」
ムスッとしたリルムと、消極的に受け入れるアリア。
とにもかくにもルナが加入したことに、僕はホッとしていた。
これで、今までよりも様々なパターンの戦略が立てられる。
そうして、数多くの思考が頭を巡っていた僕の耳に――
『良くやりました、ソフィア』
知らない女性の声が聞こえた。
瞬間、僕は椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり、戦闘態勢に入って辺りを鋭く見渡す。
しかし、見える範囲には誰もおらず、【転円神域】にも反応はない。
ルナも含めた少女たちも驚いていたが、唯一姫様だけはその度合いが低かった。
ハッと我を取り戻した彼女が魔箱から取り出したのは、光り輝く神器。
ルナはそれが何かわからず訝しそうにしているが、今の姫様にそれを気にする余裕はない。
もしかして……。
僕がそう思っていると、神器の光が増して行き――
『お久しぶりですね』
「へ、ヘリア様、いかがなされましたか?」
立体映像のように、1人の女性が現れた。
ウェーブが掛かった長い金髪に、美しい碧眼。
身に付けているのは、煌びやかな純白のドレス。
予想はしていたが、本当に女神へリアだとは……。
リルムとアリアは硬直しており、流石のルナも真剣な顔付きになっている。
一方の姫様は神器を大事に抱えながら、女神へリアの返事を待っていた。
すると、厳かながら優しさを感じさせる声で、女神ヘリアが再び声を発する。
『わたしは、貴女を常に見ています。 先ほどは危なかったようですが、良くぞ生還しました』
「あ、有難うございます」
『そして、おめでとうございます。 ソフィア、貴女は1つのことを成し遂げました』
「わたしが、ですか……?」
『えぇ。 神器を見てみなさい』
「神器……? ……! これは……」
女神へリアの言葉に従って、僕も神器に目を向けた。
そこには相変わらず3つの穴が空いているのだが、そのうちの1つに黒い宝石が埋め込まれている。
神器は毎日確認しているが、間違いなく今朝の時点ではなかった。
と言うことは、つまり――
『その宝石は、『殺影』が仲間になった証です』
「ルナさんが……」
『はい。 その事実を考えれば、今後どうすれば良いかわかったのではないですか?』
「……特殊階位をあと2人仲間にする、ですね?」
『その通りです。 簡単には行かないこともあるでしょうが、わたしは信じています。 貴女が使命を果たすことを』
「お任せ下さい。 ですが、どこに行けば特殊階位に会えるのでしょうか……?」
『詳しいことは言えませんが、清豊の大陸に渡るのは良い判断とだけは言っておきましょう。 あとは、自分で道を切り開くのです』
「……かしこまりました、必ずやご期待に応えてみせます」
『頼みましたよ。 それでは、また会えるときを楽しみにしています』
その言葉を最後に神器の光が収まり、女神へリアの姿も消える。
まだはっきりしない部分も多いが、取り敢えずの方針は決まったな。
よほど緊張していたのか、深く息を吐き出した姫様は神器を仕舞い、力強く宣言した。
「聞いての通りです。 これからわたしたちは清豊の大陸へ向かい、特殊階位を探します」
「女神へリアの登場には正直ビビったけど……予定通りってことよね」
「そ、そうですね、リルム様。 わたしも、ビックリしちゃいました……」
「ふふ、これってわたしが裏切ったら、どうなるのかしらね?」
「縁起でもないことを言わないで下さい、ルナさん……。 とにかく皆さん疲れているでしょうから、今日は休んで……」
ぐぅー……と。
姫様のお腹から、気の抜ける音が鳴った。
そのことに姫様は顔を真っ赤にしていたが、激戦を繰り広げ、極度の緊張のあとなら致し方ない。
そう考えた僕は、ニヤニヤ笑って茶化そうとしたリルムを視線で制し、淡々と言い放つ。
「姫様、ルナの歓迎会も兼ねて、皆でご飯を食べに行きませんか?」
「そ、そうですね、行きましょう……」
極めて小さな声で同意した姫様と、必死に笑いを堪えるリルム。
アリアは苦笑を漏らし、ルナは呆れたように溜息をついていた。
こうして僕たちは強力な仲間を得て、次なる大陸に向かう英気を養いに行くのだった。
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