第6話

 シオンとゲイツが戦場に向かったあと、ソフィアたちの間には重い沈黙が流れていた。

 頭ではこの選択が間違っていないとわかっていながら、感情が中々納得してくれない。

 だからと言って、いつまでもこうしている訳には行かないと考えた少女たちは、気を持ち直して話し合いを始めた。


「取り敢えず、【転円神域】は5分交代にしましょ。 最初はあたしが担当するから、その次がメイドちゃんで3番目がお姫様ね」

「わかりました。 それから、場所を移動しましょう。 もし敵が攻めて来たときに、出来る限り町に被害が出ないようにしたいです。 アリア、良さそうな場所はあるかしら?」

「それでしたら、向こうの砂浜はどうですか? 見通しも良いですし、奇襲の可能性を排除出来るかと」

「良いんじゃない? 砂浜だとちょっと動き難いけど、あたしたちならいつも通り戦えるわよね」

「そうですね。 では、早速行きましょう。 言われるまでもないと思いますが、ここから先は一瞬も気を抜かないで下さい」

「かしこまりました、ソフィア様」

「相手は魔族かもしれないからね、どれだけ警戒してもし過ぎってことはないわ」


 方針を固めたソフィアたちは、戦闘態勢を整えてから砂浜に向かう。

 素早く決断出来たのは良かったのだが、このときソフィアは僅かながら気になることがあった。

 それは、リルムの顔が極めて厳しいこと。

 最初は相手が魔族だから緊張しているのかと思ったが、なんとなくそれだけではないように感じる。

 とは言え確信がある訳ではないし、今は集中しなければならない。

 必死に疑問を意識の外に締め出して、砂浜に到着したソフィアは辺りを見渡した。

 現時点では何もおかしなところはなく、潮風と波の音だけを感じる。

 それからローテーションで【転円神域】を展開し、30分が経過しても全く反応はなかった。

 遥か彼方から、シオンたちが戦っている気配が漂って来ているが、この場は平穏そのもの。

 やはり打って出るべきではないかと考え始めたソフィアに、リルムが待ったを掛けた。


「早まるんじゃないわよ、お姫様。 今は我慢しなさい」

「リルムさん……しかし……」

「あんたが言ったのよ? 一瞬も油断するなって。 魔族を相手に、余計なことを考えないで」

「……リルムさんは、魔族と戦ったことがあるのですか?」

「ないわ。 でも……あいつらの強さは知ってる」

「それはどう言う……」

「ソフィア様、そこまでです。 リルム様のことが気になるのはわかりますが、今は雑念を捨てて下さい」

「……わかったわ、アリア。 リルムさん、ごめんなさい」

「別に、気にしてないわよ」


 2人に窘められたソフィアは、内心で恥じ入りつつもなんとか頭を切り替える。

 それ以降は完全に集中モードに入り、どこから攻撃されても防げる状態にしていた。

 リルムとアリアも油断なく周囲を窺っており、即座に反応出来るように備えている。

 ところが、そんな少女たちの努力は――


「ふん、今回の『輝光』は大したことねぇと思ってたけどよ、それなりにやりそうじゃねぇか」


 思わぬ形で無駄となった。

 ソフィアたちの前方の空間が捻じれ、中から1人の少年が歩み出る。

 何の気負いもない、正面からの登場。

 意外感を拭えなかった3人だが、瞬時に警戒レベルを最大限まで戻した。

 逆立った銀の短髪に、吊り上がった真紅の瞳。

 裸足に黒の軽装を身に纏い、獰猛な気配を撒き散らしている。

 内に秘めた魔力は途方もなく、魔族であることは疑いようもなかった。

 強い。

 ソフィアたちの意識を占有しているのは、この言葉。

 実際に戦った訳でもないのに、そう感じるほど圧倒的。

 だが、それでも、彼女たちは屈しなかった。


「念の為に聞いておきますが、貴方は魔族ですね?」

「へぇ? この俺様を前にして、中々落ち着いてるじゃねぇか。 正直舐めてたぜ、『輝光』。 褒美に質問に答えてやる。 察しの通り、俺様は魔族だ。 ただし、そんじょそこらの奴らと一緒にするんじゃねぇぞ?」

「それって、あんたが特別だって言いたいの?」

「おうおう、『攻魔士』のガキも元気だな。 ちなみに、答えはイエスだぜ。 俺様は『魔十字将』のヴァルってんだ。 覚えなくて良いぜ? どうせ死ぬんだからよ」

「特別な魔族、『魔十字将』……。 初めての相手にしては大物のようですが、退く訳には行きません」

「くく、チビのくせに度胸あるじゃねぇか、『剣技士』。 だがな、テメェらが死ぬのは決まってんだよ。 言っておくが、イレギュラーの助けを期待するんじゃねぇぞ? あいつが戻って来る頃には、全部終わってるだろうぜ」


 手の指の関節と首をコキコキ鳴らしながら、余裕たっぷりに言ってのけるヴァル。

 明らかにソフィアたちは見下しているが、彼女たちは気にしていない。

 むしろ、油断してくれる方が有難いとすら思っていた。

 心を乱されることなく神力を高め――


「……ッ!?」

「お?」


 凄まじい速度で接近したヴァルの拳を、大盾で防ぐソフィア。

 だが、そこにゆとりは微塵もなく、全身から汗が噴き出る。

 あとほんの少しでも遅れていたら、今頃物言わぬ肉塊になっていたはずだ。

 心臓が早鐘を打つのをなんとか鎮めつつ、ヴァルに振り向いたソフィアだが、既にそこにはいない。

 リルムとアリアも驚きを隠せない中、元の位置に戻ったヴァルが感心したように声を発する。


「今のを止めるかよ。 やっぱり、前に見たときより強くなってんのは気のせいじゃねぇな」

「……前に見たときと言うのは、いつのことですか?」

「はん、流石に動揺してんな、『輝光』。 俺様たちがテメェらを見たのは、ミゲルたちと戦ってるときだ」

「もしかして、ミゲルが飲み込んだ宝石を渡したのは……」

「あぁ、俺様たちだぜ、『剣技士』。 魔蝕教どもとは仲間って訳じゃねぇが、まぁ、協力関係ってとこか」

「さっきからペラペラ喋ってるけど、あたしたちに情報を与えても殺すから関係ないってとこかしら?」

「そう言うこった、『攻魔士』。 ほら、死人に口なしって言うだろ? つっても、あんまりのんびりしてたらイレギュラーが帰って来ちまうからな、そろそろ終わらせるか」


 ヴァルが宣言すると同時に、全身から膨大な魔力が漲る。

 大気を揺らすほどで、気の弱い者なら見るだけで気絶しそうだ。

 そんな強大な敵と相対した、ソフィアたちは――


「あん……?」


 笑った。

 自棄になっている訳でも、ヴァルの力を見誤っている訳でもない。

 ただ彼女たちは、1つの思いを共有している。

 訝しそうにしているヴァルに向かって、ソフィアがはっきりと言い放った。


「ヴァル、貴方は強いですが、わたしたちは負けません」

「ふん、強がるなよ。 テメェらに勝ち目なんかねぇんだからな」

「そうとも限りませんよ。 わたしたちは、貴方よりも強い人を知っていますから」

「……イレギュラーのことか?」

「魔族はそう呼んでいるのですね。 先ほどの攻撃をわたしが防げたのも、平常心を保っていられるのも、全てシオンさんのお陰です」

「そう言うこと。 あんたが強いのは認めるけど、シオンほどじゃないわね」

「シオン様と訓練するときに感じる重圧は、この程度ではありません。 あの方に鍛えられたわたしたちが、簡単にやられる訳には行かないんです」


 ソフィアに続く形で、リルムとアリアも力強く言葉を紡いだ。

 それを聞いたヴァルは俯いていたかと思うと、顔を振り上げて叫ぶ。


「面白ぇ! そこまで言うなら、見せてもらおうじゃねぇか! 行くぜッ!」


 その場で軽やかにステップを踏んだヴァルの体が、残像を残して加速した。

 まるで消えたかのようなスピードで、次の瞬間にはリルムの背後に現れる。

 既に回し蹴りの体勢に入っており、あとは振り抜くだけで彼女の命は潰えるはずだ。

 そんな状況において、リルムは――


「火の精霊に告ぐ――」


 詠唱を開始した。

 まさかの選択にヴァルは一瞬困惑したが、気を取り直して蹴りを繰り出す。

 超速の蹴りがリルムの側頭部に吸い込まれようとしたが、それを阻止する者がいた。


「【シールド・バッシュ】ッ!」


 間に割って入ったアリアによる、打撃系スキル。

 ヴァルの脚とバックラーがぶつかり、激しい火花が散る。

 アリアの反応の速さにヴァルは内心で驚愕しつつ、間髪入れず攻撃を再開しようとしたが、ソフィアが先手で仕掛けた。


「はぁッ!」

「ちッ!」


 神速と言って差し支えない刺突を、ヴァルは上体を反らすことで躱す。

 彼にとってはさほど苦労しない動きではあったが、後手に回っている事実が神経を逆撫でした。

 そして、ソフィアとアリアを信頼したリルムが、魔法を完成させる。


「【紅蓮焔剣】ッ!」


 彼女を中心に浮遊する、5本の炎剣。

 それを見たヴァルは面倒臭そうな顔になりながら、まだまだ余裕を保っていた。

 相手は予想外の反応を見せているものの、こちらの勝ちは揺るがない。

 驕りではなく客観的にそう判断したヴァルだが、彼はあることを失念している。


「アリア、行くわよ!」

「はい、ソフィア様!」


 高速で移動しながら連携を取った2人が、一気呵成にヴァルを攻め立てた。

 ソフィアの刺突を避けられたら、反撃される前にアリアが斬撃を放ち、それを捌かれたら再びソフィアが攻め入る。

 少しのずれで落ちそうな綱渡りを、彼女たちは以心伝心で渡り続けた。

 ヴァルは全ての攻撃を確実に躱しているが、完全に受け身に回っている。

 そのことに舌打ちした彼は、半ば強引に突破口を開く決意をした。


「調子に……乗ってんじゃねぇぞッ!」

『……ッ!?』


 左手でソフィアの長槍を受け止め、右腕でアリアの斬撃を押し返す。

 当然ながら無傷とは行かず、左手は穿たれ右腕には深い裂傷を刻まれつつ、遂に2人の動きを止めた。

 会心の笑みを浮かべたヴァルは、手始めにアリアを仕留めるべく脚に力を込め――


「あたしを忘れてんじゃないわよッ!」

「……ッ! うぜぇッ!」


 5つの炎刃が襲い掛かる。

 別々の角度、別々の軌道、別々の速度で飛来し、ヴァルの体に紅い斬閃を走らせた。

 ソフィアたちの攻撃も含めて致命傷にはほど遠いが、確実に3人が押している。

 そのことはヴァルも認めざるを得ないものの、それを踏まえた上で彼には自信があった。

 初撃よりも更にスピードと威力を上げた、拳による一撃。

 狙いはソフィアで、今度こそ彼女には対処出来ない――はずだった。


「くッ……!」

「んだとッ!?」


 紙一重なのは間違いないが、しっかりと防御に成功したソフィア。

 流石のヴァルも驚きを隠せず声を上げ、そこに斬り込む小さな剣士。


「やぁッ……!」


 ヴァルの右後方から振り上げられた大剣。

 威力、スピードともに見事に尽きるが、正確にアリアの気配を掴んでいた彼は、落ち着いている。

 振り向きながら大剣の軌道から逃れ、カウンターで後ろ蹴りを繰り出した。

 まさに必殺のタイミングで、攻撃直後のアリアに防ぐ手段はないかに思われたが――


「【シールド・バッシュ】ッ!」


 2度目のスキル発動。

 シオンの教えを守り、死角からの攻撃でも一切の油断をしていなかったアリアは、先の先を読んだ。

 ヴァルのカウンターを正面から受けず、横に弾く。

 ダメージを与えることは出来なかったが、それによって僅かながら体勢を崩した。

 とは言え、瞬時に立て直せる程度。

 そう考えたヴァルは、苛立ちつつも反撃する気満々だったにもかかわらず、まだ彼のターンは回って来ない。


「それそれそれそれッ!」


 【紅蓮焔剣】を引き連れたリルムによる、怒涛の【火球】。

 シオンに言われた通り緩急も混ぜた大量の【火球】は、ヴァルのようなスピードタイプにこそ有効。

 上下左右問わず襲い掛かる【火球】を、彼は難なく避けているように見えるが、それぞれの速度が違う為にかなり集中しなければならない。

 そうなると今度はソフィアやアリアに攻撃のチャンスを与えてしまい、再び連携の対処を迫られる。

 どうしてここまで苦戦しているのか、3人の攻撃を捌きながらヴァルは原因を考えた。

 自分と彼女たちの間には、明確な実力差があったはず。

 それなのに押されるのは何故か。

 歯を食い縛りつつ思考を回転させた彼は、ある可能性に行き着いた。


「イレギュラーの野郎、メンドクセェことしやがってッ……!」


 ソフィアたちに聞かれないように、悪態をついたヴァル。

 今、彼女たちに起きている現象。

 それは、単純にシオンと訓練をした成果に留まらない。

 彼と訓練することで生じる問題として、挙げられるのが自信喪失。

 ところがシオンは、それをプラスに変える準備もしていたのだ。

 具体的に言えば、自分と訓練することで失った自信を、訓練の成果を発揮することで取り戻し、更なる飛躍を達成させる。

 要するに、シオンと言う強大過ぎる敵を相手にして来たソフィアたちは、彼に劣るヴァルと善戦することで、自信を取り戻しそれ以上の成長を果たそうとしていた。

 イメージするなら、重りを付けて運動した後にそれを外すと、体が軽く感じるようなものだ。

 そのことを察したヴァルは、初めて焦燥感を抱いている。

 今はまだ負けるとは思わないが、このまま続けたらいずれ追い抜かれる可能性を否定し切れない。

 もっとも――


「悪かったな、『輝光』。 それに、『攻魔士』と『剣技士』。 テメェらは強い。 だから……俺様も本気で行かせてもらうぜッ!」


 これが彼の上限なら、だが。

 何かが来る。

 そう感じたソフィアたちは、全身全霊をもって警戒した。

 それにもかかわらず――


「オラァッ!」

「かはッ……!」


 刹那の間にアリアの懐に潜り込んだヴァルが放った、強烈なボディブロー。

 反射的に彼女は後ろに跳んで勢いを殺したが、それでも尚、凄まじい威力。

 アリアの小さな体がボールのように飛んで行き、砂浜を滑って止まった。

 それを見たソフィアとリルムは瞠目したが、無理やり意識をアリアから剥がす。

 本当ならすぐにでも駆け寄りたいと思いつつ、そのような隙はない。

 残念ながら、どちらにせよ結果は変わらないが。


「喰らいやがれッ!」

「この……!」


 リルムに向かって跳躍したヴァルが、縦に回転しながら脚を振り下ろす。

 動作が大きかったお陰で、【紅蓮焔剣】によるガードが間に合ったが――粉砕。

 眼前で叩き折られた炎剣を目にして、リルムは呆気に取られた。

 そして、そんな僅かな気の緩みすら、ヴァルは許さない。


「シッ!」

「ぐッ……!?」


 強烈な踏み込みと同時に肘を突き出し、リルムの鳩尾を捉えた。

 あまりの衝撃に意識を失ったリルムは、その場に崩れ落ちる。

 あっと言う間に、2人の仲間を失ったソフィア。

 彼女の内にある感情は大きく揺れ動いていたが、まだ心は折れていない。

 強い眼差しで敵を貫き、長槍と大盾を悠然と構える。

 対するヴァルも、至極真剣な顔付きで対峙していた。

 そのまましばしのときが経ったが、先に沈黙を破ったのはソフィア。


「貴方のそのスピード……原理はシオンさんの【白牙】と同じですね?」

「もうわかったのか。 やっぱり油断ならねぇな」

「今まで何度も見て来ましたから。 ですが貴方の場合、常に腕と脚に魔力を集めています。 そこが彼との違いです」

「腹が立つけどよ、俺様はイレギュラーの野郎ほど力のコントロールが上手くねぇからな。 いちいち魔力を移動させてられねぇんだよ」

「そのようですね。 なら、まだわたしにもチャンスはあります」

「ふん、俺様の防御力が落ちてることを言ってんなら無駄だぜ? 今のテメェに、俺様を止めることは出来ねぇ」

「そうかもしれません。 ですが、可能性がゼロではないなら、試す価値はあります」

「ちッ……今回の『輝光』は大したことねぇなんて、俺様の目も曇ったもんだぜ。 認めてやる、テメェは確かに『輝光』だ。 だからこそ……ここで殺す」


 肉食獣を思わせる、低い体勢を取ったヴァル。

 彼が紛うことなく本気だと悟ったソフィアだが、自分でも驚くほど心穏やかだった。

 勝てる確率は限りなく低い。

 だが、そのことで逆に、覚悟を固めることが出来ている。

 ミゲルのときとは比べ物にならないほど、濃い死の気配。

 今度こそシオンと別れるかもしれないのは悲しいが、不安はなかった。

 彼なら必ず、ヴァルに勝てると確信しているからだ。

 願わくば、アリアとリルムには生きていて欲しい。

 静かに深呼吸したソフィアは、最後の攻防に挑もうとして――


「世話の焼ける痴女たちね」


 ヴァルの背後の影から、ルナが出現した。

 思わぬ事態に動揺したのはソフィアだけではなく、ヴァルはそれ以上に驚愕している。

 しかし彼は即座に立ち直り、振り返りながら裏拳を繰り出した。

 それを予見していたルナは屈むことで回避して、用意していたスキルを発動する。


「【戯れましょう】」


 ルナの呼び掛けに応えて、顕現する3匹の使い魔。

 それを見たヴァルは舌打ちしつつ、対処する準備を整えたが――


「【眠りましょうソメイユ】」


 敢えて使い魔を放置したルナが、別のスキルを使う。

 両手に握った銃の先端に薄紫の短剣が生成され、交差させるように振り切った。

 予想外の攻撃に目を見開いたヴァルは、反射的にバックステップを踏み、短剣の片方が胴を浅く傷付ける。

 千載一遇のチャンスに掠り傷しか負わせられなかったルナは、勝機を逸してしまった――かに思われたが――


「『殺影』、テメェ……!」


 頭を押さえてふらつくヴァル。

 一方のルナは薄く微笑みながら、一切の油断はしていない。

 【眠りましょう】。

 睡眠効果のある短剣を銃に取り付ける、『殺影』唯一の近距離スキル。

 使いどころは難しいが、今回は逆転の秘策となった。

 そして、この好機を逃すソフィアではない。

 状況を察して既に力を溜めていた彼女は、高く跳躍し――


「【流れる星の光】ッ!」


 流星が落ちる。

 絶妙に神力をコントロールして、ルナを攻撃範囲外にしながら、集中豪雨の如くヴァルを狙った。

 砂浜に凄まじい轟音が響き渡り、土煙が晴れたあとには――


「はぁッ……! はぁッ……! はぁッ……!」


 全身ボロボロになりつつも、両足で砂を踏み締めるヴァル。

 しかし、【眠りましょう】の睡眠効果は続いており、今にも眠りに落ちそうだ。

 どう見ても戦える状態ではないが、彼にも『魔十字将』としての意地がある。


「オォォォォォッ!!!」


 ルナに傷付けられた胴に指を捻じ込み、強引に魔力を流し込んだ。

 毒された体を一時的に中和し、無理やり睡眠効果を跳ね除けようとしている。

 ソフィアたちには何をしているのかわからなかったが、放置するのは不味い。

 2人はそう結論を下し、ソフィアが刺突を放つと同時にルナは弾丸を乱れ撃つ。

 打ち合わせなどしていなかったが、それにしては見事な連携。

 ところが、ほんの微かに遅かった。

 彼女たちの攻撃が当たる直前に復活したヴァルの体が加速し、離れた場所に移動する。

 彼にも余裕など毛ほどもないが、最大のピンチを潜り抜け――


「がッ……!?」


 右肩を撃ち抜かれた。

 それを成し遂げたのはルナ――ではなく――


「シオン、さん……?」


 遠距離からの【閃雷】。

 シオン本人の姿はまだ見えないが、間違いない。

 彼が駆け付けてくれたことを察したソフィアは、思わず緊張の糸が切れて砂浜に座り込んだ。

 そんなソフィアをルナは呆れた目で見ていたが、実のところ彼女も大きく安堵している。

 逆にヴァルは、苦々しい顔でシオンがいるであろう方向を睨んでいたが、判断は早かった。


「くそったれ……!」


 口汚く罵ったヴァルは、来たときと同じように湾曲した空間に消える。

 これが、カスールでの戦いの結末。

 あとには太陽の下に広がる、穏やかな砂浜が広がっていた。

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