第5話 モンスターの軍勢と試運転
光浄の大陸は緩やかな丘などはありつつも、大半は草原や平原が占めている。
カスールの外も例に漏れず、遠くまでを見渡せる地形だ。
そして今、視界に映るのはモンスターの大群。
それ自体は既に聞いていたが、この光景は想像していなかったな。
「なんつーか、確かに普通じゃねぇな」
「そうですね」
難しい顔で腕を組んでいるゲイツさん。
僕は表情を変えていないと思うが、気持ち的には似たようなもの。
周囲にはカスールの船乗りや駐留している王国軍、たまたま居合わせたギルド所属の聖痕者など、混成部隊とでも言うべき集団50人ほどの姿があるが――
「何だよ、あれ……?」
「こんなの初めて見るよ……」
「何が起こってるって言うの……?」
彼らからも、困惑した空気を感じる。
それも致し方ない。
何故なら敵は全て同一種類で、しかも軍隊のように統率が取れているからだ。
全身を軽鎧で武装した猿型モンスター、アーマード・モンキー。
俊敏かつ狂暴で、武器を器用に使いこなすのが特徴。
聖痕者で言えば、『剣技士』と『弓術士』が半々の編成。
複数体で襲って来るのは珍しくないモンスターだが、これほどの数はまずお目に掛かれない。
改めて魔族の影が見え隠れするのを感じながら、ゲイツさんに注意を呼び掛けた。
「アーマード・モンキーはそこまで強力なモンスターじゃありませんが、決して油断しないで下さい。 魔族の手が入っているとすれば、何かあるかもしれません」
「おう、わかってる。 テメェら、絶対気を抜くんじゃねぇぞ! 今までで最強の相手と戦うつもりでいろ! 単独行動は避けて、最低でも3人1組で動け! 良いか! 勝手に死んだらぶん殴るからな!」
『おうッ!!!』
声を張り上げたゲイツさんに、混成部隊が力強く応える。
船乗りたちはともかく、王国軍やギルドの聖痕者は部下でも何でもないはずだが、見事なリーダーシップだ。
僕にはとても真似出来ない。
だからこそ、別のことで力になってみせる。
「じゃあ、僕は行きます」
「おいおい、聞いてなかったのかよ? 最低でも3人1組で動けって言っただろ?」
「はっきり言って、僕に付いて来れそうな使い手はいません。 それなら、最初から1人の方が良いです」
「人には油断するなって言っておいて、勝手な野郎だぜ。 しょうがねぇな……ソムサ!」
「は、はい!」
忙しそうにしていたソムサさんを、呼び寄せるゲイツさん。
いったい、どうするんだろう?
僕が成り行きを見守っていると、ゲイツさんが1度こちらを見てから告げた。
「こいつが無茶しようとしてるからよ、俺も行って来るわ。 あとのことは頼んだぜ」
「え!? あ、いえ、わかりました! お気を付けて!」
「おうよ。 良し、行くぜ坊主! テメェらも続け!」
腕をグルグル回しながら、ゲイツさんが駆け出す。
それを切っ掛けに、他の聖痕者たちも動き始めた。
まったく、どちらが勝手なんだ。
小さく嘆息した僕だが、置いて行かれる訳には行かない。
即座に足を踏み出して、あっと言う間にゲイツさんに並んだ。
そのことにゲイツさんは驚いたようだが、楽しそうに笑って走り続ける。
モンスターたちとの距離はまだあるので、今のうちに確認しておこう。
「指揮を離れて良かったんですか?」
「ん? あぁ、心配すんな。 ソムサはちょっと臆病だけどよ、大局を見る視野を持ってる。 留守を任せるのに、これほど心強い奴はいねぇぜ」
「なるほど、それは失礼しました」
ソムサさんからは大して強い力を感じなかったが、指揮官としての能力は高いらしい。
彼を侮ったことを謝罪した僕に対して、ゲイツさんはニヤリとした笑みで言葉を続けた。
「それに、俺も後ろで偉そうにしてるより、前で暴れたいしな!」
「もしかして、それが本音ですか?」
「はっはっは!」
「笑って誤魔化さないで下さい」
まるで、駄目な大人の典型だが、ゲイツさんからは嫌な感じがしない。
気付かれないように苦笑を浮かべた僕は、意識を切り替えて言葉を紡いだ。
「そろそろ接敵します。 お互い、生きて帰れるように頑張りましょう」
「当たり前だろ! さっきも言ったが、ソフィアちゃんの船旅を他の奴になんか任せられねぇからな!」
走りながら突き出して来たゲイツさんの拳に、今度こそ苦笑しながら拳を軽く合わせる。
そのことに満足したのか、快活に笑ったゲイツさんが先陣を切って、敵の最前線に攻め込んだ。
「どっせいッ!」
砲弾の如く撃ち出された彼の拳が、1体のアーマード・モンキーを木端微塵にする。
選別審査大会で戦った『獣王の爪』の、『格闘士』と『付与士』のコンビネーション攻撃よりも、遥かに高威力。
僕であっても、素手で受けるのは危険そうだ。
しかし、仲間がやられても敵の軍勢に動揺はなく、すぐさまゲイツさんを取り囲むように陣形を敷く。
そのことをゲイツさんは意外そうにしながら、強気な笑みで今度は右脚を高く振り上げた。
長身の彼は脚も長く、頭頂部に踵を落とされたアーマード・モンキーは、まるで潰れたトマト。
見た目と性格通り、豪快な戦法。
それでいて雑ではなく、体術の練度は途轍もなくハイレベル。
常人離れした神力による【身体強化】も相まって、『格闘士』の完成形の1つにすら思えた。
特性上、広範囲攻撃などは持っていなさそうだが、怒涛の勢いで敵を駆逐して行く。
ゲイツさんが問題ないと判断した僕は、自分の戦いを始めることにした。
既に多数のモンスターに包囲されてしまっているが、こちらとの実力差を悟ったらしく、じっくりと隙を探っているようだ。
元々アーマード・モンキーは知能が高い方とは言え、ここまで慎重に行動するのは見たことがない。
やはり、魔族の仕業と考えるべきだろう。
とは言え、少し知能が高い程度のアーマード・モンキーなど、僕にとっては脅威でも何でもない。
正面に向かって踏み込んで、手始めに1体を斬り裂いた。
断末魔の叫びを上げながら塵になるのと同時に、背後から飛来する多数の矢。
振り向きながら双剣を振り乱し、その全てを撃墜。
そこに剣を持ったアーマード・モンキーたちが襲い掛かって来たが、ついでに斬撃の嵐に巻き込んだ。
僕の戦いぶりを見たゲイツさんが、称えるように口笛を吹いているが、気にせず双剣を繰り出し続ける。
そうして暫くすると、周囲のアーマード・モンキーを殲滅し終えた。
もっとも、まだまだ数は残っており、気を抜くには早い。
ゲイツさんの方を見ると、彼もちょうど近くの敵を倒し切ったところで、こちらに歩み寄って来た。
「やるじゃねぇか、坊主」
「ゲイツさんこそ、お見事でした」
「はっはっは! こんなもん、準備運動にもなりゃしねぇよ! 他の連中も、今のところ順調みてぇだぜ」
手に持った遠話石を見ながら、ゲイツさんが笑う。
どうやら、ソムサさんとは密に連絡を取り合っているようだ。
その報告自体は喜ばしい限りだが、予断を許さない。
「それは何よりですけれど、戦いは始まったばかりです。 今のところ魔族の反応はありませんが、気を引き締めて行きましょう」
「わかってるって。 そんじゃま、そろそろ行くか」
両拳を打ち鳴らして、気合いを入れるゲイツさん。
対する僕は神力を高め――
「お先に失礼します。 ……【白牙】」
神速の踏み込み。
離れた集団に向かって放たれた一撃は、複数体を纏めて貫く。
【白牙】は単なる攻撃スキルではなく、移動手段としても優秀。
僕に先を越されたゲイツさんが何か叫んでいるが、取り敢えずスルーしておく。
【白牙】によって敵の陣形を突破することは出来たが、逆に言えば密集地帯に飛び込むことになった。
それをチャンスと感じたらしく、アーマード・モンキーたちが全周囲から斬り掛かって来る。
言うまでもなく、まともに斬り合っても勝てるが……試してみるか。
今なら、魔法を使うところを見られる心配もないからな。
そう考えた僕は、慣れ親しんだ文言を唱える。
「【閃雷】」
一条の白い雷が、直線状のモンスターたちを一瞬にして塵と化した。
しかし、この魔法は射程こそ長いものの、攻撃範囲は狭い。
そのことを知られているのか、アーマード・モンキーたちは怯むことなく、むしろ勢い込んで攻めて来た。
何体かがやられても、誰かが僕を倒せたら良いと決断したのかもしれない。
悪くない作戦だが……甘いな。
「【
追加で詠唱する僕。
すると、放たれた【閃雷】が消滅することなく、直剣の延長線上に固定された。
それによって何が起こるのか。
その答えは、すぐに判明する。
「ふッ……!」
長剣を圧倒的に上回る長さになった雷剣――今名付けた――で薙ぎ払い、周りのアーマード・モンキーを広範囲に渡って上下に分割した。
良し、悪くない。
剣身が魔法だから重さもないし、軽々と扱えるな。
懐に入られたら邪魔になりそうだが、殲滅戦なら効果的。
固定出来る時間はそれほど長くないので、連続で使いたいときは繋ぎ目を意識しなければならない。
維持している間は神力を消費し続ける為、乱発も控えた方が良いだろう。
いくつか注意点はあるが、これなら今後も実戦で使えそうだ。
通常の直剣に戻ったのを確認しながら、僕は胸中でリルムに感謝した。
この手段を手に入れられたのは、彼女が魔法をアレンジしているのを見て思い付いたから。
他の魔法にも手を加えたいが、それはまたの機会に考えよう。
僕が手応えを感じていると、ようやく追い付いて来たゲイツさんが声を掛けて来た。
「おい、勝手に突っ込むんじゃねぇよ。 見たところ、問題なさそうだけどよ」
「すみません、少し試したいことがありまして」
「さっきの魔法か?」
「……気付いていたんですか?」
「はっはっは! あんだけ派手にやれば、わかるっての! まぁ、他の奴らはそれどころじゃねぇみたいだけどな」
ゲイツさんは当然のように言っているが、普通なら気付かれなかったはず。
強いとは思っていたが、洞察力も並じゃないらしい。
僕が魔法を使えるのは極秘とまでは言わないものの、なるべく知られたくないのも事実。
「なるほど……。 出来れば、内緒にして欲しいのですが」
「安心しろ、別に言いふらすつもりなんかねぇって。 ソフィアちゃんが困るかもしれねぇしな」
「助かります。 では、戦いを続けましょうか」
「良いけどよ、今度こそ突っ走るんじゃねぇぞ?」
「わかりました」
本当ならまた【白牙】で突貫するところだが、釘を刺されたので大人しく足並みを揃える。
その後も僕たちは危なげなく掃討を進め、残り100体を切るところまで来た。
こちらの被害も少なくはないが、幸い死者は出ていない。
この調子なら、問題なく乗り越えられるだろう。
だが……何かがおかしい。
未だに魔族が姿を見せないのも気になるが、それとは別の違和感があった。
片手間にモンスターを斬り捨てながら、思考を巡らせ――
「……! そう言うことか……」
「あん? どうした?」
「ゲイツさん、今の戦場がカスールからどれくらい離れているかわかりますか?」
「どれくらいって、そりゃ……」
そこまで言って、ゲイツさんの顔色が変わる。
こちらに振り向き、慌てて口を開いた。
「いつの間に俺たち、こんなところまで来てたんだ!? 最初の場所から、かなり離れてるじゃねぇか!」
「すみません、僕も注意が足りませんでした。 どうやら少しずつ敵の戦線が下がって、引き付けられたようです」
「ちッ! てことは、やっぱり敵の狙いは……」
「えぇ。 恐らく考えている通りだと思います」
瞬間、突如としてカスールの方に、強大な魔力が現れた。
やはり魔族。
モンスターをおとりにするだけじゃなく、戦線を下げて僕たちを町から遠ざけ、その隙に姫様を殺す。
こんな単純な策にはまるなど、不覚の極み。
とは言え、反省は全てが終わってからだ。
僕と同じく魔族の反応を察知したゲイツさんが、混成部隊に反転するよう呼び掛けようとしていたが、それは良い判断だとは言えない。
「待って下さい。 ここで敵に背を向けるのは危険です」
「じゃあ、どうするってんだ!? このままじゃ、ソフィアちゃんが危ないんだろうが!」
「落ち着いて下さい、姫様たちなら大丈夫です」
「……適当なことを言ってんじゃねぇんだよな?」
「勿論です。 ただ、危険なことに変わりはないので、僕は引き返します。 あとのことは頼みました」
「それは良いけどよ……間に合うのか? ここからカスールまでは、いくらテメェでも相当掛かるぜ?」
「手はあります。 その代わり、今から見ることは姫様たちにも内緒にして下さい」
「……あまり気乗りしねぇが、ソフィアちゃんを助けてくれるって約束するなら、目を瞑ってやるよ」
「有難うございます、必ず助けます。 じゃあ、行って来ますね」
そう言って僕はカスールに向かい、それを見送ったゲイツさんは――暫く呆気に取られていたそうだ。
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