第4話
予想通りマウナ山を夕方頃に越えた僕たちは、無理をせずに魔家で夜を明かした。
その後も港町カスールまで、障害らしい障害はない。
とは言え従来の道は目立つ街道なので、当初は別のルートを予定していた。
しかし、光浄の大陸の魔蝕教が全滅した今となっては、襲撃の可能性がかなり低い為、最短距離を選んでいる。
ミゲルが嘘を言っている可能性も考えたが、姫様たちの証言から信じて良いと結論付けた。
それゆえに時間を短縮出来たものの、落石による足止めがあったので差し引きゼロ。
中々上手く行かないと思いつつ、マイナスじゃないだけマシだとも思う。
安全な街道を通ったことでモンスターと出くわすこともほとんどなく、僕たちはすんなりと目的地に到着した。
「ここがカスールですか」
「はい、シオンさん。 ……相変わらず、活気のある町ですね」
今日も今日とて良い天気。
気候も穏やかだが、なんとなく熱気を持っているように感じる。
その源は間違いなく、通りを行き交う屈強な船乗りらしき男たち。
大きな荷物を担いで歩き、桟橋に停泊させてある多くの船に積み込んでいる。
この町は清豊の大陸との交易において重要な役割を担っており、毎日忙しないようだ。
だが、町民たちに悲壮感はなく、姫様の言う通り活気に満ち溢れている。
屋台も多く出ており、新鮮な魚料理を中心に賑わっていた。
無論、楽しいことばかりじゃないはずだが、少なくとも全体的な雰囲気はとても明るい。
なんとなく元気を分けてもらった気分になりながら、姫様の言葉に引っ掛かりを覚えていると、僕が聞く前にリルムが声を発した。
「あんた来たことあるの?」
「えぇ。 子どもの頃、お父様に良く連れて来てもらいました」
「ふーん、そうなんだ」
一見すると何でもない会話だが、姫様とリルムが普通に会話出来ているのは、非常に良い傾向だ。
そのことがわかっている僕とアリアは、どちらからともなくアイコンタクトを取って微笑を浮かべる。
もう少し楽しみたいところだが、残念ながらそうも言っていられない。
「姫様、そろそろ約束の時間じゃないですか?」
「あ、そうですね。 行きましょう」
僕の言葉を聞いて、姫様が桟橋の方に歩き始める。
そのあとを付いて行くと、海の匂いがより強くなった。
ちなみに約束と言うのは、僕たちが乗る船の責任者に会うこと。
姫様は毎日、国王様や王妃様と定期連絡を取っており、今日のこの時間にカスールに着くと連絡しておいたのだ。
波の音を聞きつつ足を動かしていると、姫様が止まったのは一際大きな船の前。
年季は入っているが力強い印象を受け、まだまだ現役だと訴え掛けて来る。
初めて船を近くで見た僕が、物珍しそうにしていると――
「よう、ソフィアちゃん! 良く来たな!」
船の中から、大柄な男が姿を現した。
身長は2メトルを越えており、この町で見た誰よりも鍛えられた肉体。
黒い短髪と色黒の肌に反して、笑顔で見えた歯は真っ白。
底抜けに快活で、年齢は20代半ばから後半に見える。
そして何より、神力を感じた。
つまり聖痕者なのだが……かなり強いな。
そんな分析をしている一方で僕が驚いたのは、姫様を「ソフィアちゃん」と呼んだこと。
常識的に考えて、ただの船乗りが一国の姫に対する態度じゃない。
まぁ、それを言うならリルムも大概だが。
何はともあれ、2人の関係に興味を持っていると、苦笑を漏らした姫様が返事をした。
「お久しぶりです、ゲイツさん。 今回はお世話になります」
「はっはっは! そんな堅苦しいこと言うなって! ソフィアちゃんの船旅を、他の奴になんか任せてられるかよ!」
「ふふ、有難うございます。 あ、皆さん紹介しますね。 こちら、船の責任者であるゲイツ=スミスさんです。 お父様とは幼馴染で、わたしも良くしてもらっています」
「おう、ゲイツだ! 嬢ちゃんたち、よろしくな! ソフィアちゃんのことは、オムツをしてた頃から知ってるぜ!」
「も、もう、やめて下さいゲイツさん!」
「はっはっは!」
顔を真っ赤にして怒る姫様と、愉快そうに笑うゲイツさん。
なるほど、国王様の旧い友人なのか。
だとしても馴れ馴れし過ぎる気がするが、本人たちが良いなら僕が口出しするべきじゃない。
それにしても、国王様にしろ王妃様にしろゲイツさんにしろ、この年代の人たちには若返りの秘訣でもあるんだろうか。
などと下らないことを考えつつ、言葉にしたのは無難な挨拶。
「初めまして、シオン=ホワイトです」
「ア、アリア=クラークです。 よ、よろしくお願いします」
「リルム=ベネットよ。 沈没しないように頼むわね」
サラッと縁起でもないことを言ったリルムも含めて、ゲイツさんは楽しそうに聞いていた。
ところが、僕の顔を見て一瞬目を見開いたかと思うと、今度は険しい顔でジッと見つめている。
何なんだ。
内心で疑問に思いながら平然としていると、ずいっと身を乗り出して顔を近付けて来たゲイツさんに、低い声で尋ねられた。
「テメェ……男か?」
「はい」
「ほほう、見た目によらず肝が据わってやがる。 念の為に聞いておくけどよ、ソフィアちゃんに手を出してねぇだろうな?」
「出していません」
出されそうになったことならあるが。
「ふむ……ソフィアちゃん、本当か?」
「あ、当たり前ではないですか。 わ、わたしとシオンさんの間には、何もありませんよ。 ……今はまだ」
先ほどとは別の意味で顔を赤くして、恥ずかしそうに顔を背ける姫様。
いや、その反応は誤解を招くんですが……。
案の定、ゲイツさんの目付きが鋭くなり、リルムとアリアも疑わしそうにしている。
僕は何も悪いことをしていないはずだが、段々と雲行きが怪しくなって来た。
この状況を、どう処理したものか悩んでいた、そのとき――
「ゲ、ゲイツさん、大変です!」
1人の若い船乗りが、血相を変えて駆け寄って来た。
それを見たゲイツさんは瞬時に態度を改め、真剣な面持ちで問い返す。
「何があった?」
「ま、町の外にモンスターの大群が現れました! まだ距離はありますけど、間違いなくこちらに向かっています!」
「モンスターの大群だぁ?」
報告を聞いたゲイツさんは、訝しそうな声を上げた。
その思いは彼だけじゃなく、僕や姫様、リルムにアリアも同様。
少なくとも、この町に向かっている途中に、それほどのモンスターはいなかった。
だが、それはつまり1つの可能性を示している。
「ゲイツさん」
「あん? 何だ坊主。 今は忙し……」
「そのモンスターたちは、恐らく意図的に集められたものです。 そして裏には魔族がいます。 狙いは姫様でしょう」
「……根拠はあんのか?」
「すみませんが、明確なものはありません。 ただ、光浄の大陸の魔蝕教が全滅したのが確かなら、状況的にそう考えるのが自然です」
「まぁ、確かにな……。 今まで、カスールに大群が押し寄せたことなんてなかったしよ。 そうと決まれば……おい、ソムサ!」
「は、はい!」
「外でモンスターを迎え撃つぞ! 町中の戦える奴らを集めろ! 良いか、1匹も通さねぇぞ!」
「り、了解です!」
ゲイツさんに指示された若い船乗りことソムサさんは、転びそうな勢いで走って行った。
それを見届けたゲイツさんはこちらに向き直り、獰猛な笑みを浮かべて言い放つ。
「おい坊主、旅に同行してるってことは、テメェもそれなりには戦えんだろ?」
「はい」
「おっし! じゃあ、テメェも付き合え! 行くぞ!」
「わかりました」
僕の背中を叩いて、力強く歩き出すゲイツさん。
痛い。
しかし、楽しそうにしている彼を見ていると責める気にもならず、大人しく付いて行く。
そこに、背後から姫様たちが慌てた様子で呼び掛けて来た。
「待って下さい! 行くならわたしたちも……」
「いいえ。 敵の狙いが姫様である可能性が高い以上、前線に出すのは危険です」
「だったら、あたしたちだけでも連れて行きなさいよ」
「リルム様の言う通りです。 大群が相手なら、人手は多いに越したことはないんじゃないでしょうか?」
「リルムとアリアには、姫様の護衛を頼みたい。 モンスターを囮にして、魔族が攻めて来るかもしれないからな。 ゲイツさん、行きましょう」
「お、おう」
そう言い残した僕は、反論される前に足を再稼働させた。
姫様たちは納得出来ていなさそうだったが、こちらの案を強く否定出来る材料もないはず。
結果として大人しく従っているのを気配で感じていると、隣を歩くゲイツさんから視線を感じた。
放っておいても良いんだが、戦いを前に余計な気掛かりは残したくない。
「どうかされましたか?」
「いや……随分と場慣れしてると思ってな。 テメェ、何歳だ?」
「17歳です。 場慣れしているかはわかりませんが、なるべく冷静に状況判断をするようには心掛けています」
「なるほどな。 取り敢えず、テメェがただ者じゃねぇことはわかったけどよ、本番はこれからだからな?」
「無論です。 むしろ、まだ何も始まってすらいません」
「良いねぇ。 そう来なくっちゃな!」
笑みを深めたゲイツさんから、荒々しい神力が放出される。
細やかな制御は上手いとは言えないが……これはまた、想像以上だな。
単純な神力の量と強さだけなら、姫様とルナを除けば今までで1番。
ほぼ間違いなく『格闘士』で、暴力的なまでの【身体強化】を発動している。
僕が胸中で感心していることに気付いたのか、挑発的に笑ったゲイツさんが見下ろして来た。
彼が何を求めているか、口に出さずとも察するのは容易。
苦笑をこぼした僕は、いつも通りに神力を練り上げ――
「うぉ」
双剣を生成する。
それを見たゲイツさんは目を丸くし、すぐに勝気な笑みを浮かべて声を発した。
「ただ者じゃねぇとは思っていたが、ますます面白くなって来たじゃねぇか」
「モンスターの大群が迫っているのに、呑気なものですね。 更に言うなら、魔族も控えているはずです」
「別にふざけてるんじゃねぇぞ? でもよ、どうせやるなら楽しんだ方が良いだろうが」
「僕にはわからない感覚ですが、手と気を抜かないなら好きにして下さい」
「はっはっは! 言ってくれるじゃねぇか! さーて、いっちょやるか!」
勢い込んだゲイツさんは足を速め、僕もそれに続く。
こうして僕たちは、町の外でモンスターの大群を待ち受けるのだった。
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