白雷の聖痕者

YY

プロローグ

 窓1つない、無機質な白い空間。

 物は何も置いておらず、かなり狭い。

 そんな独房のような部屋が、僕の居場所だった。

 それでも不満を抱くことはなく、何の疑いも持っていなかった。

 一般的な暮らしを知らなかったのだから、当然と言えば当然かもしれない。

 更に言えば、そう言った思考を持たないように調整されていたのだろう。

 だが、僕は知ってしまった。

 外の世界には、様々なものがあることを。

 憧れを持たなかったと言えば嘘になる。

 しかし、出て行こうとは思わなかった。

 何故なら、そこには大切な人がいたから。

 それなのに――


「エレンが死んだ……?」

「そうだ。 今後はわたしが直々に、お前の面倒を見る。 また同じことが起こらないようにな」

「同じこと……? どう言う意味だ……?」

「エレン=ホワイトは、お前に余計な知識を与えた。 方針に従うように言っても、最後まで反抗し続けた。 よって処罰した。 他の者に任せては、同じことを繰り返す可能性がある。 だからこそ、わたし自らが動いた訳だ」

「……エレンを殺したのか?」

「そう言ったつもりだが、気にする必要はない。 まだ伝えるのは先の予定だったが、お前の使命は――」


 そこから先は、良く覚えていない。

 取り敢えず、僕の大切な人……エレンを殺したと言った男を殺した。

 それからも多くの人を殺した気がする。

 気付いたら、土砂降りの雨に打たれていた。

 初めて見た外の世界は暗く、冷たかった。

 何もかもどうでも良くなったが――


『いつかシオンの力を、正しいことに使って欲しいな』


 エレンの願いを叶える為に、僕は足を踏み出した。






 目が覚めて最初に感じたのは、土の感触と匂い。

 ここは森の中にある洞窟で、昨夜の寝床として使わせてもらった。


「久しぶりに嫌な夢を見たな」


 地面を転がって仰向けになりながら、ひとりごちる。

 もう吹っ切れたつもりだったが、そうでもないらしい。

 3か月も経つのに、情けない限りだ……。


「む……?」


 頬が少し濡れている。

 涙まで流していたのか。

 ますます情けなくなったが、ひとまず身支度を整えよう。

 着替えとタオルを持って、近くの泉に向かった。

 森の中とは言え、さほど木々の背は高くないので、日光を遮るほどではない。

 今日は良い天気だ。

 泉に着くと周囲の安全を確認してから、服を脱いで行く。

 首の後ろで一括りにしていた長い白髪も解いて、生まれたままの姿になった。

 泉に足を着けるとかなり冷たかったが、特に問題はない。

 水をすくって土や埃で汚れた体を清め、続いて髪も洗う。

 正直なところ面倒に思いながら、念入りに手入れをした。

 僕自身は大して興味ないが、エレンがそうするように強く言っていたからだ。

 理由は「その方が可愛くなるから!」だったが、良くわからない。

 一通り全身を洗い終えてから、不意に水面を見つめる。

 そこに映る僕は自分で言うのも何だが、少女そのもの。

 髪が長いだけではなく、顔立ちがそうとしか思えない。

 身長も160セルチ程度しかない上に、外見は華奢なのも要因の1つだろう。

 とは言え僕は、れっきとした男だ。

 紫色の瞳はアメジストみたいで綺麗だと、エレンに褒められたことがある。

 やはり僕にはわからない感覚だったが、悪い気はしなかった。

 暫くして泉を出た僕はタオルで体と髪を拭いて、着替えに袖を通す。

 動き易さを重視した白の戦闘服に、白いレザーグローブ。

 そして――


「……だいぶ傷んで来たな」


 年季の入った白いコート。

 エレンにプレゼントされた物で、僕の宝物だ。

 どれだけ古くなろうが、これだけは手放すつもりはない。

 夢を見たからか、今日はやけにエレンを思い出すな。

 少しばかり感傷に浸った僕は、最後に髪を結び直してから、洞窟に戻って荷物の整理をする。

 出来る限り身軽でいたいので、必要最低限の物しか持っていない。

 大きめの革袋から果物を取り出してかじると、口の中に甘酸っぱい果汁が広がった。

 この森で採った物だが、思ったより美味しいな。

 間もなくして完食した僕は水を1口飲んで、革袋を担ぎ上げる。

 忘れ物がないか最終確認をして洞窟を出ると、ひとまずは森を出るべく歩み出した。

 当てのない旅ではあるが、いつまでもここにいる訳にも行かない。

 今日中に最低でも、次の村か町には着きたいものだ。

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2024年10月29日 18:31

白雷の聖痕者 YY @YY19900609

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