第4話 警察官の心得:高千穂シノブ&小野寺翳

高千穂たかちほシノブ警部補』


 私の肩書である。

 それが書かれた身分証を見て、ここの高校(中学校も付属らしい)の人が酷く驚いたのがわかった。


 そうだと思う。だって私は若すぎるから。


「私服で警備させていただきます」

「はア、わかりました……」


 不思議そうに学校長さんがそう言った。私も先生と長い間お話はしたくなかったので、すぐにそこを辞す。


 全く、それもこれも上司の所為だ。


 上司は——小野寺おのでら警視正は、私の中学生時代の同級生である。それが原因で、私はこの部署に配属された。部署名は『警察庁特務部特務課宇宙外係』。そう、私は地球外に向けた渉外係を任されたのだ。はッ、我ながら馬鹿げた話である。


「あンの馬鹿が、私を推薦なんかするから」


 もともとキャリアでも何でもないので、交番やらなにやらからゆっくりと行くつもりだった。それがこれである。


「生きづらいったらありゃしないわ」


 あちらへ行ってもこちらへ行っても不思議そうな顔をされるのだ、これでしれッとしていられる方が普通ではない。


「自分が天才肌だからって——天才だからって、ヒトもそうだって思わないでほしいものね」


 自分が良く出来るのなら、周りも同じくらいにできる。小野寺は、昔からそう思っている奴だった。その押し付けが小野寺以外にとってどれだけ負担かわかっていないのが一番いやだ。


「大体人に言う前に家から出てきなさいよ」


 引きこもりなんだから。いくらこの学校の監視カメラをジャックしたとか言っても、それは家から出て来なくていい理由にならないわ。あの細長い体型も相まって、萌やしって言う言葉が本当によく似合う。……私も萌やしくらい細くなりたい。


「それで、今回の任務は何だっけ」


 指さし確認と声に出すことは大事だ。スマホの画面をタップして、小野寺から送られてきたメッセージを確認する。


[地球外から来訪した方が数名学園祭にいらっしゃるはずだから、大幅なかき回しが起こらないよう見張っておいてくれ]


 オーケイ何もわからなかった。


 第一日本語で喋れ。これは私の記念すべき初任務なんだぞ。半年近く窓際に座って居たんだから。まあ上司が小野寺な時点で期待はしていないんだけれど。というか、大体地球外から来訪って何だよ。人居んのか?


「電話かけたら怒るかしら」


 いや違う、逡巡している私が可笑しいんだ。ああいう馬鹿に迷惑をかけないで他に誰に掛けろというんだよ。


 そうと決まれば善は急げね。


「もしもし、小野寺の馬鹿かしら?」

「開口一番俺を馬鹿というな、何だ高千穂シノブ」


 珍しくつながったし、上機嫌のようだわ。妹と仲良く喋りでもしたのかしら、あのロリコン混じりのシスコンが。十一歳下の妹が大好きって、それはいったいシスコンとロリコンのどっちなのかしら?


「一体どういう命令なのか詳しく説明しなさい。出ないと公費で屋台を回るわよ」

「その公費は俺のポケットマネーではないので別に痛くもかゆくもない。だがそうだな、説明はしておこう」


 お前のクビは痛くてかゆいだろうけどね。


「説明をする前に私からの質問に応えなさい」

「わかったよ」


 何妥協した風にしてんのよ、今立場が上なのは私よ?


「まず初め。地球外に人って居るのね?」

「……ッチ」


 舌打ちしたわね、愚かもの。


「パワハラで訴えるわよ。その反応は居るってことでいいのかしら?」

「居る。俺が知っているだけでも国家が二つ。おそらく宇宙全体で言えば数十は下らないだろう」

「私たちが火星人を捜しているのとは別よね。『人間』の統治する国家がそれだけあるってことでいいかしら?」

「合っている」

「それは、進化の過程で『人間』になったのかしら?」

「……黙秘権を行使する。それ以上知ると高千穂が危険だ」

「あらそう、ならやめておくわ。死にたくは無いの」


 数十も国家があって、どれ一つとしてNASAやらその他に知られていないなんてことがあるのかしらね。でも、知るだけで危険が及ぶような事柄があるとしたら、知られていないのではなく、知らされていないという可能性はあるわね。

 国家機密ってわけかしら? 小野寺の奴ならその辺まで食い込んでいてもおかしくはないわ。全く、私も面倒なところに首を突っ込んでしまったものね。


「次の質問よ。学園祭にいらっしゃる、ってそれは公なの? つまるところ、その人は『大使』という形で来ているのかしら?」

「いや、違う。あくまでただの来訪者だ。作者——いや、『大いなる意志かみさま』の気まぐれだよ」

「ろくなことをしないわね、そいつ」


 そんなことをして何が楽しいのかしら?


「世界線の工作で時空の乱れ、そして辻褄の乱気流ってとこだろう、結果としては。まあこの学園祭自体が存在しないようなものだし、本来気にする必要は無いだろうな」


 そんなバカげたことをやる必要があるのかしら? ただの娯楽のようね、どうやら。


「それを見守る必要があるのはいったいどういう理由わけ? 見る相手とかも教えてもらえないと探せないわ」


 気にする必要が無いなら放っておけばいいじゃない。


「二つ理由がある」


 聞きましょうか?


「まず一つ目。俺の妹が学園祭に来ている」

「へえどうでもいいわ、次」


 公私混同を鮮やかに済ませないで頂戴。そんなことを言うのなら私だって妹が来ているわよ。警察に勤めてるなんて言っていないから、見つからないかハラハラしているんだからね。


「二つ目。『眼には見えない大きな力』が集まりすぎると反発してしまう可能性がある」

「でもアンタ、さっき気にしなくていいって言ったじゃない」

「『世界全体』には大して影響を及ぼさないかもしれないが、この時間軸の中で、この学園祭という世界の中だけで見た時はまた別だ。学園祭に隕石が降ってくるのはごめんだろ? たとえ世界がそれを気にしなかったとしても、この場所この時にとって致命的なことに違いはあるまい」

「警察の本領発揮ってことね? 市民の安全を守る、ってなこと」


 そりゃ本望だ。もともと私は『頼りになるおねいさん』に成りたくって警察を目指したんだから。


「その通りだ。——自宅からで済まないが、監視カメラを通じて高千穂の動きは把握している。近くに要観察対象が居る場合は教えるから、イヤホンでも何でも付けたままにしていてくれないか?」

「小野寺、アンタモテないタイプね。女の子は準備に時間がかかるのよ」


 最も私は女の子ではないのでイヤホンを既につけているけれど。


「わかったわ、そしたら適当に回りながら観察する。詰まる所、その『地球外からの来訪者』たちの接触を防げばいいんでしょ?」

「その通りだ。理解が早いな、高千穂」


 それで一つ、行っておいてほしい場所があるんだが、何て小野寺が声を低める。イヤホンなんだから声の大きさは意味がない、どころか聞こえづらいわ。


「×××の教室でやっている、占いどころ。そこの占い師が俺の協力者だ。名前は『水上みなかみ』という。名前を呼べばわかるから、先に行っておけ」

「女の子に命令はしない方が良いわ。でも私は部下だから従うわね」


 さっさと行かせてもらおう。私は早く屋台を巡りたい。経費で落ちるのならば、だけれど。


***


「アンタが水上さん?」


 占いどころ、何て怪しいところを訪れる人は少ないらしく、私がその教室を訪れると、受付の女の子がほっとした顔をした。


「……あなた、高千穂さん?」

「そう。小野寺から聞いた」

「小野寺……?」


 名前を聞いて首を傾げるところを見ると、偽名とかを使っているのかもしれない。


「まあいいや」

「さっさと打ち合わせとかをしましょう。私は遊びに行きたいわ」

「ふふ、きっぱりしてるね」

「自分に正直に生きるのが信条よ」


 この信条を定めたのが小野寺のおかげって言うのが腹立たしいけれど。


「えっとね、来訪者は全部で七人」

「多いわね」


 人が認識できる数って確かそのくらいじゃなかったかしら。


「人は七が好きなんだよ」

「そう。どうでもいいから早く言いなさい、私はどんな人を見つけたら警戒すればいいの?」

「そう急かさないでね。——一人目は、黒い女の子。『存在が黒い』から、見ればすぐわかると思う。この人は警戒レベルが一番上ね」


 存在が黒い、って何かしら? めちゃくちゃ陰キャなの? でも女の子ってことはきっと可愛いわね。


「えっと、二人目はあんまり警戒しなくていい。この人は多分、一人目を捜すだけだしそれほど強くないから。茶髪の男の子。脱色したのかなってくらいの色」


 そんなの高校にいっぱい居そうね。それに警戒しなくていいのなら憶えないことにするわ。


「三人目は一人目の裏側。『真っ白』な女の子。だからすぐにわかるよ。多分隣に四人目のどぶの男の子を連れていると思う。でもまあ、あんまり警戒しなくていいよ。力は使わないだろうし、こっちの事情も多分わかっているから」

「ああそう、それはやりやすいわね。ところで、溝って言うのは何か素敵な言葉なのかしら?」

「いや。溝くらいに汚い生き方っていうだけだ。少なくとも真っ当じゃない」


 かわいそうね。私、そんな風に形容されたら泣いてしまうわ。


「五人目は虹色の髪の女性。見た目は多分子供くらいだと思う。隣に金髪の六人目を連れているはず。この人も警戒レベルトップだね。圧倒的すぎる力を持っているから」

「見たらすぐにわかりそうね。普段だったら関わらないタイプだわ」


 そんな危険人物、露骨に避けてしまう自信がある。その露骨さが原因で責められたりもするのだけど。


「最後、七人目。これは人じゃないし、動きもしないから大丈夫だ」

「じゃあ『人』って数えないで頂戴」

「それもそうだね。——七人目は『世界』だ。『神』と言い換えてもいいけれど、とにかくそんな大いなる存在がこの学園祭を見守っている。あなたの警護が今後の世界を変えるかもしれないので心してね」

「そんなことを言われても困るわ」


 もし本当に変えてしまったらバックレるわ。


「まあ、そんなに気張らなくていいと思うよ。多分あなたが思っているよりもあなたの上司はやり手だから」

「そうだといいわね」


 小野寺が失敗するなんて、私も端から思っちゃいないわよ。これは憎まれ口。


「じゃあ行くわ。一応警戒くらいはしておく」


 ——さて。警官らしく業務日誌でも付けようかしら。一応今日はもともと休日なのだけれど、お給料は上がるかしら?


≪高千穂シノブ ?/? 10:27 ジェンガコンテスト≫


 おや。珍しいコンテストをやっているものだな、これは。

 ジェンガ積みコンテスト、か。たとえどんな形であったとしても、芸術的に積み上げさえすれば採点対象になるらしい。高さだけで点数を決めて仕舞わないあたりが気に入った。


「って、アレ」


 行き過ぎた芸術は迷惑になる、という言葉を知らない方のようだ。


「観察対象じゃん」


 鮮やかなレインボーな頭髪、行き過ぎるほどに自信を湛えた口元、子供かと見まがうような体躯と、半袖のシャツに不似合いな革手袋。さっき水上に教えられた女だった。


 それからその隣、少年というには少し年が大きく見える男。ここらでは見ない、生粋の金髪が目に眩しい。


「金って言うにはきったない色ね。せいぜい黄色ってところよ」


 手に填めた手袋の黒と合わせて警戒色。


「それにしてもすっごいお城ね」


 きっと彼女はジェンガの正しい積み方を知らないに違いない。地球外から来たというのだからそれも当たり前か。


「小野寺、私って話しかけに行った方が良いのかしら?」


 業務連絡をした後、切るのも億劫で(本当は家で引きこもっているヤツに迷惑をかけるため)電話を繋いでいた小野寺に問いかける。


「話しかけなくていいと思うぞ。下手に刺激してもまずいからな」

「ああそう。じゃあ取り敢えず主催者さんにお話でも聞いておくわ」


 私はもともとそういうことがしたくって警察に就職したんだ、当たり前だろう?


「好きにしろ。俺だって縛りたくって高千穂を特務部に入れたわけじゃねえんだ」

「戯言ね。私は『お巡りさん』に成りたかったんだって言ったでしょう」


 中学校の同級生の下につきたかったわけじゃないの。


 そう言ってやると、画面の向こうからは寂しげな気配がした。いい気味よ。


≪11:05 カジノ≫

 幾ら中学生が主催しているとはいえ、賭博場をを学校内で開くとはこれ如何いかに。


 ブラックジャックのテーブルに座ってため息を吐いた。


「小野寺。さっきから、まるで見えているかのように指図するのをやめてくれないかしら」


 小声で胸元の端末に喋りかける。下手に大きな声を出して変人だと思われてもたまらない。


「見えているかのように、ではなく見えているんだ。高千穂はギャンブルが下手なんだな」

「真っ当に生きていて、上手になることは無いわ」

「あんなの確率の問題なんだから、真っ当に生きているいないは関係ない」

「校長に言って監視カメラを止めてもらおうかしら」

「それは止めろ」


 さっきからうるさいったら無いのだ、私の出す札に対して駄目だとか良いとか云々かんぬん。それほどやりたいのなら家にいないで出て来ればいいだろうに。


「それで、小野寺? ここに行けって言ったのはいったいどういう理由わけ


 問いかけてから手元のカードに目を遣り——手に収まった扇型の向こうと、目が合った。


 まだ中学生と言ったところか、幼い男の子だった。体つきは十分に大きいんだけれど、どこか精神が未成熟で、幼稚な雰囲気を醸す……いやでも美少年だ。整った顔立ち、切れ長の眼。何も見ていないようでいて私を射抜くその視線は——針のようだった。


「小野寺、向かいの子は誰」

「俺が何でも知っていると思うなよ——禊禧けいきまつり。妹の恋人だ」

「へえ? 小野寺が妹ちゃんの恋路を許すなんてこと、あったんだ」

「まだ許してはいない。でも、翼のためにはそれがやっぱりいいんだよ」


 一人で完結しないでほしいわね。祭君って言うのね、あの子は。あんまり関わりたくない相手だわ。どうせ小野寺並みに人のことをこき使うんでしょう。自分にとって大切なのはたった一人であとはどうでもいい、そんな顔をしているわ。


 その大切な相手、って言うのが隣のお嬢ちゃん何でしょうね。はッ、あれが小野寺の妹? 細長い萌やしとは似ても似つかないわね。可愛らしくって守ってあげたくなること。それでいて随分意志の強そうな目をしている。あッは、結構好みかもしれない。最もそういうことを言ったのなら、小野寺が私を睨むんでしょうけど。権力的に睨むってことよ。本当、知り合いが上司だと気を抜けなくって困るわ。


「そろそろ負けてもいいのかしら? 向かいの二人組の観察は済んだんでしょうね」


 わざわざ私をカジノに向かわせたのだって、妹のデートが心配だったからなんでしょう。大丈夫じゃない、彼女楽しそうよ。


「そうだな。そろそろ好きにやれ。そうしたらきっとすぐに負けられる」


 何を言っているんだ、それはさすがに失礼じゃないか。そう思い、小野寺無しでも勝てることを証明しようとカードを繰った。


 ちなみに結果は惨敗だった。いい客だ。


≪12:20 美術室≫

「今どき高校生ってがめついのね」


 エントランス辺りに並んだ屋台を見ながら歩いて、その値段の高さに驚愕した。外には監視カメラが無いんだ、何て小野寺が嘆くのでわざわざカメラをオンにした私を誰か褒めてほしい。


「その手柄は確かに称賛に値するが……カメラワークに難が在るぞ、高千穂……」


 どうやら酔ったらしい、珍しく動揺の声がする。


「そう思うなら自分で出ていらっしゃい」


 静かなところになったので声を少し低めた。皆さん学術展示の方に興味はないらしい。このドアなんか、すごく素敵な作品だと思うけれど。水色のパステルカラーが少し滲んでいて、長い間雨を浴びてきたのかしらなんて想像させるし、上から垂れ下がった蔦は何だかロマンティック。それに、このドアノブが出っ張っているのだって——


「触るな!」


 ドアノブに手を伸ばそうとしたところで、少しうるさいくらいの声が端末から響いた。


「何よ」


 思わずホールドアップの姿勢を取りながら小野寺に訊く。


「何かあった?」


 爆発物でも仕掛けられているのか、と辺りを見回す。


「違う」


 じゃあ何よ。別に触ったっていいじゃない。それとも、触ってはいけないタイプの芸術品だったのか。これは失礼した、誠に遺憾な限りだ——


「それは転移装置だ」


 ?


「向こう側——地球外の人々が彼らの世界にお帰りするためのドアなんだ。だから、高千穂がそこで開けてしまうと」

「私があっちの世界に行っちゃうってわけ?」

「そう。しかもそれは数回しか使えない」


 あらあら。それは大問題だ。というか、


「何よ、それ。そんな大事なことがあるんならさっさと言いなさい」


 危うく私がトリップしちゃうところだったじゃない。


「ふう……小野寺のことだから、その他にも隠してることがいっぱいあるんでしょうね」


 下っ端には教えたくないんでしょう。全く、都合良く見られた手駒だ。


「私は手駒は手駒でも、盤上にいるとは限らない駒だから。いいこと、甘く見ていると火傷するわよ」


 私はこう見えて意外と強いのだ。格闘技術の成績だって良かったんだぞ。


 少なくとも一日中家にいる萌やしとは違う。


「そうか。……高千穂の身に危険が及ばない程度だったら、話してやることもできる」

「それは嬉しいわね。でもどうせ、『それは今じゃない』なんて言うんでしょう」


 男って言うのは勿体ぶるのが好きだから。振られたところで女は全く気にしていないのに。


「……そうだな。俺の都合だけで高千穂を勝手に引っ張ってきてしまって申し訳ないと思っている」

「ええ、迷惑よ。赦してない」

「済まない、しかし」


 こんなことを言えるのは高千穂だけなんだ。


 そんな風に懇願じみた釈明を謝罪してくるのは昔から変わらない。


 そんな殺し文句に惑わされて居ちゃいけないんだろう。


「別に構わないわ。ただ、適度に給料を上げなさい」


 でも私は、なぜだか惑うことを辞められない。

 くるくるくると、小野寺の振る指揮棒にずっと踊らされている。


「本当の愚か者は私」


 どこからどう見たって損をしているのは私だ。はッ、わかっていてもやめられないあたりが本当に愚者でしょうがない。


「小野寺と出会った時点で決まっていたようなものだけど」


 こうなることは。わかりきっていたはずだけど。


「ここまで来ると、これは一体何なのかしらね」


 私は小野寺のことが嫌いじゃない。でも、従いたくはない。それでも下についている、矛盾だらけの偽り。人間なんてそのくらいがお似合いか。


「妹ちゃんみたいに、奇麗な恋をしていたかったわね」


 私が小野寺をどう思っているか、何て言葉にしても映えないことは言うのをやめておきましょう。それよりは、目出度めでたい少年たちの恋を応援していた方が、ずっと瑞々しい。


「次はどこへ行けばいいのかしら?」


≪13:22 野外音楽フェスティバル≫

 これは、そこら辺の大学顔負けだな。


 中庭らしきところに設置された野外ステージの上で、歌い踊る少年少女。制服で歌っているのがそれらしくって甘酸っぱい。


「これと、『観察対象』との関わりって何かあるの?」

「いや、すれ違いだったようだ。ほら、『真っ白な』少女と、さっき高千穂がジェンガのところで見た人が」

「ああ。へえ、意外と普通に見て回っているのね」

「楽しんでくださっているようだな」

「何様なのよ」


 そう軽口を叩いて、辺りを見回す。


 ——と。


「ッは……」


 確かに、こいつは……。


「『真っ白』ね」


 パラソルの下、優雅に四人席を二人で占領し、おそらく従者であろう地味な少年と向かい合って、肩の辺りまで滑り落ちる黄金髪を無造作に左手で払いながら首を傾けている。圧倒的王者、とでも言うような風格と、それから『白さ』。目に入っただけで存在を主張してくるような圧倒は素晴らしかった。


「小野寺、あの娘も別に相手にする必要は無いのよね」

「ない。というか、高千穂は相手にもされないと思う」

「何よそれ、むかつくわね」

「あいつはあれでプライドが高い」

「知り合い?」

「そうだ。いつも通りのようで安心した」


 あれが平常運転って言うの……。学校に居たら退屈しない、どころかどきどきしちゃうわね。向かいの子はあの娘と一緒に居て疲れないのかしら。


「あんまり近くに居ても、何だか当てられちゃいそうだわ。さっさと離れることにする」

「それが賢明だな」


 いつまでもどこまでも偉そうね、小野寺は。


≪14:12 体育館≫

「『体育館に、三点倒立を繰り返す不審者がいる』?」


 小野寺からそう聞いて、思わず復唱した。


「何よそれ、馬鹿らしい」


 まだ、『宇宙人が地球へ侵攻を始めた』そう言われた方が信じられるわ。


「本当だ。俺が見たんだから間違いない」

「……私にも見に行けって言うのかしら?」

「監視カメラって言うのは画像が粗くてな」


 小野寺の人使いの方が百倍粗い。


「わかったわ、行けばいいんでしょう」


 体育館はどこかしら、とパンフレットに目を遣り——視界の端に黒猫が映ったような気がした。


 黒猫? 学校の敷地内に?


「小野寺、この学校って猫を飼ってる?」


 辺りを見回してもそれらしい影は見当たらず、何でも知っていそうな胸元の御仁に尋ねる。


「いや、飼っていないな。入り込んでいたのか? だとすればそれはそれで一大事だが」

「他が騒いでいないってことはきっと違うわね……。一体どういう事かしら」


 黒猫というには少し抽象的すぎたような。まるで、猫の形を取るにはまだ値しない、そう——影のような。


「小野寺。観察対象ね、今の子」

「遅くないか? 確かに『黒い少女』らしき人物が通ったな」


 存在が黒い少女と、存在が白い少女か。対照的に対称的な比較対象、まるで裏と表で光と影。


「随分示唆的ね」

「そうだな、リトマス紙の赤と青みたいな」


 もしもあの二人が出会うときが来たのなら。それは、黒と白とが交わる瞬間。永遠に訪れるはずがなく、それゆえにあるべき姿でもある、たった一つ。


 世界の終わり。


 終わりこそが世界であり世界こそが終わりである、何ていう詭弁を語るほどにロマンチストではないけれど、世界の終わりというのは一体何が起こるのか知りたくもある。


「まあ、遥か先のビッグバンなんて気にしないことにしましょう」


 どうせ地球じゃないんだ、私の知ったことではない。


「三点倒立の子でも拝みに行こうかしらね」

「生徒らしいから、大した問題ではないと思うがな」

「じゃあ行かなくていいかしら?」

「いや、行こう」

「だから小野寺は行かないでしょうよ」


 土足で踏み入ってもいいように、緑色のシートが引かれた体育館に足を踏み入れ——並んだ卓球台の奥、舞台の辺りに彼は居た。


「ガチでやってる……」


 リアルで見ると引くなあ。それって楽しいの?


「え、小野寺」

「?」

「ちょっとさすがに喋りたくないから、すぐ帰っていい?」

「まあ、見た目があれなだけだからな。構わないぞ」


 無駄足だったじゃない。興味深いものが見れたとはいえ。


≪15:17 廊下にて≫

 体力が取り柄の私とは言え、半日くらい歩き通しで疲れてきた。というわけで、腕に警察の腕章を嵌めてくつろがせていただいている。これは丁度いい人払いになって素晴らしい。そして、私は一人でゆっくり休養したいというのに、一日中家にいる小野寺は相変わらずぺらぺらと喋っている。良くもそんなに口が回るものだ——と。


「あら小野寺、あれって妹さんじゃない?」


 さっき見た時と衣装コスチュームが随分違うけれど。


「……そうだな」


 何でそんなに憎々しげに言うのよ。メイド服姿をリアルで見れないのがそんなに不満?


「写真でも撮りましょうか?」

「撮ったらそれは浪漫がなくなる」


 意味の分からないことを即答しないで頂戴、訳が分からないわ。


「隣の男の子恰好いいわねー。祭君って言ったかしら?」


 執事姿がよく似合う。でも世話をされたいとは微塵も思わないな。


「……ふう」


 小野寺がため息を吐く。うるさいわね。


「息はノイズよ、静かにしなさい」

「辛辣だな」


 ぼこぼこ音が鳴るのが嫌いなの。


「ああ、行っちゃった」


 私がぼうっとしている間に、小野寺の妹ちゃんは通り過ぎて行ってしまった。それにしても可愛いわね、彼女。


「済まない」


 右から声がかかった。驚いて振り返ると、小柄な少年が一人。


「人を知らないか」


 染めたのか、鮮やかすぎる茶髪。それから、焦った色を少しだけ浮かべた色素の薄い瞳——


「高千穂、観察対象だ」


 イヤホンから鋭い声が飛ぶ。


「どうしたの?」


 そんなことは解っているけれど、困りごとを解決するのが警察の仕事だ。私は警察官おまわりさんなんだよ。


「俺と同じくらいの年の女だ。とにかく、黒いから。見ればすぐわかる」


 おっと。さっき見たなあ。


「ううん。見たよ、多分ね。でも、どこに行ったかお姉さんは知らないな」

「そうか。ありがとう」


 ちッ。イケメンだから親切にしてやったのに、無愛想な野郎。


「特に害はなさそうだな。黒い少女を捜しているだけか」

「何だか不気味だったけどね」


 描かれた絵画のような顔。少し、ヒトにしては整い過ぎているような、——考えすぎか。


「おい、高千穂」


 さっきの少年の美貌を思い出していると、イヤホンにとがめられた。一体何をするんだ、と抗議しようとして、目の前の少女に気づく。


「あの」


 何かしら、と訊いてから気付く。そうだ、私は今腕章をつけている。彼女は私を警察官おまわりさんとして捉えているんだ。


ひかりを……女の子を知りませんか? お姉さんくらいの背の高さで、こう、だぼっとした服を着ているはずなんですけれど」


 そういう君は随分おかしな服ね。軍服かしら。まあ似合っているから口出しはしないけれど。そうしていると、頬の傷もまるで勲章のようだしね。


「ごめんね、知らないわ。——それ」


 頬の傷を指さすと、少女は思わずと言ったように手でそれを隠した。隠すことじゃあないと思うけど。


「格好いいわ、誇りを持ってね」


 強そうじゃない? 私、そういうの好きよ。



「……高千穂」


 少女が行ったあと、胸元から声がした。


「何?」

「女の子は頬の傷を気にするだろう、ああも言ってやるものじゃない」

「小野寺に女の子について語られるとは意外ね。でも大丈夫よ、彼女はそういう子じゃない」

「一体どういう自信なんだ」

「あの子、見かけよりずっと強いわ、安心なさい」


 私が言うんだ、間違いない。


「私が人のことを見誤ったことがあった?」

「……無いな」


 これまでにどれだけ事件を解決したことがあると思っているの(まあ、どれも当時の教官に手柄を取られたんだけどね)。


「さあ、行きましょう。小野寺が私の人を見る目を信用しているのと同じくらい、私は小野寺の頭脳を信用しているんだから。失望させないで」

「……」


 ふ、と笑う気配がして。


「了解」


≪15:37 美術室にて≫

 何でまたここに戻って来たのか、と言うと。


「何で? 小野寺」

「丸投げするな……『帰っていく人々を見守るため』だ」


 ああそう、そうだったわね。もっとも、別のルートから帰る人たちもいるみたいだけれど。


「こんなドアから異世界へ行けるものかしらねー」


 一、二歩後ろに下がって見上げ、首を傾げる。


「そこの女、邪魔よ」


 何を無礼な、と振り向いて——目がくらんだ。


 冗談ではない、存在が白すぎて目がくらんだのだ。隣のどぶ色を眺めて、少し視力が回復する——寒暖差で火傷しそうだ。


「わたしは帰るためにここに来たの。女は何をしているの?」

「私は、あなたを見るために来たのよ」

「ふーん。見れるものなら見ていなさい。わたしは帰るだけだから」


 迷うこともせず、ドアノブにきっぱりと手をかける。


「そうだわ。言っておきましょう。『わたしの名は新樹あらき令華れいか』もし何か困ったならわたしの名を出しなさい。地球でなければ助けてあげる」


 一体突然何を言いだすのだ。と言うか、地球以外で助けを求めることなんて有りたくない。


「人生、予想外の連続よ。常に覚悟をしておいて損はないわ。——はる、行くわよ」


 結局私と一度も目を合わせないままにそう言って、令華ちゃんはドアを開けた。


「見ない方が良いわ、失明するわよ」


 首を伸ばそうとした私をそう牽制して、するりとドアの向こうへ体を躍らせる。終始黙ったままだった溝色の少年が後に続き——ドアがすぐさま閉まった。


『もう誰も受け入れない』とでも言いたげに閉ざされたドア。一体扉の向こうに何があるのか、気になるところだ。私は約束が守れる人間だから開けたりはしないけど。


「小野寺、これで良いのかしら」

「恐らくな。どうだ? 恐ろしい人間だろう」

「あれは人間と言って良いのかしら? 確かにすごかったけれど」


 格が違う、どころか核が違う。


「ところで、私はこのお話をどうやっておしまいにすればいいのかしら?」

「そんなことを俺に訊くな」


 まあ妥当な答えね。ただ、小野寺にしては少し足りないわ。


「もっとユニークな答えをしなさい」

「無茶振りをするな」

「あら。大喜利は苦手?」

「あれが得意な奴はなかなかいない」


 それもそうね。さて、下駄箱の辺りまで来たけれど。


「あら」


 何かしら。あれは……。


「小野寺?」

「何だ」

「任務が終わったから、私はこれから自由よね?」

「特務部としては終わったな」

「そう。じゃあ、私はただのおまわりさんになるわ」


 私が成りたかったものに、成るわ。


「そこの困っている君。どうしたの?」


 困っている人を助けるのが警察官おまわりさんなのよ。これを忘れてしまってはいけないわ。


 あなたが困っていたら、いつか助けに行くかもね。




≪作者注釈≫


・こちらの世界にお邪魔させていただきました。


しがなめさん(https://kakuyomu.jp/users/Shiganame)/県立岬ヶ丘高校



・登場人物紹介(今回は名前の出た人物のみに絞っています)


 高千穂たかちほシノブ&水上みなかみ

 →今回初登場の新キャラです。フルリのどれかの作品において、この後出てくるかもしれません。


 小野寺おのでらきぬがさ新樹あらき令華れいか

 →フルリ作『あいつとボクの違い』登場人物



 笠島かさじまニコ(名前は出ていませんが一応登場しています)

 →しがなめさん作『道路標識と私』登場人物



 良かったら上記の作品も見てみて下さい!

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