第5話 小野寺翳&大野美菜
モニターを三台並べた薄暗い部屋の中、俺は一人椅子に座って居る。
俺が何をしているのか、果たしてわからなくなってしまいそうだから、声に出してみた。
「県立岬ヶ丘高校の監視カメラの映像をジャックして居る」
仕事のために。
『警察庁特務部特務課宇宙外係』――俺の所属する部署の名前である。肩書は警視正。ほんの少し地球外と知り合いであるというだけで、ずいぶん買いかぶられたものだ。
右に置いたスマートフォン、こちらは部下との連絡用。
左に置いたタブレット、これは上司との連絡用。
「おい、
傍らに置いた端末から声がした。
「何ですか、美菜さん」
「お前はもう少ししゃんとしろ。私がこの先どれだけ生きていられるかが決まるんだぞ」
彼女の『演算』によると、彼女はこの後二十年余りしか生きていることができないらしい。
「十年近く前に出した結果だからな。すでに誤差が生まれている。私が罹る疾病は『機械病』というらしい。同じ病気の患者がもう一人出ると聞いたしな。そいつと出会えたらまた何か進展するだろう。
――大野美菜。世を賑わせた『天才少女』。齢十四にして自らの人生の終わり方を悟るが、その後死までの過程については『興が無い』として計算せず。『先がわかっても面白くない』ということで、その才能は普段封印しているという。
「面白くもない注釈をつけるな……今の私はただの子煩悩な母親だ」
「何でしたっけ、産んだ子供が思っていたよりも可愛かったから生きていたくなったんですか」
「小野寺の言い方はどうも機械的だな」
まあそういうことだ、と美菜さんは表情を変えない。
「とは言えお前も妹のためだったらどうにでもなるだろう。愛とはそういうことだ」
そうかもしれない。
「小野寺は妹のことが大好きだと大言壮語して憚らないが——それはまるで私の娘に対する態度のように——おそらくお前のスマートフォンの向こう側にいるであろう君の副官——おっとこの言い方は良くない、そう、部下だ。部下の高千穂ちゃんについてはどう思っているんだい」
「高千穂ですか? どうもこうも」
——高千穂シノブ、警部補。警察庁特務部特務課宇宙外係勤務、俺の直属の部下。
ただの部下、兼、元クラスメイトだ。特別な感情などは無い。
「警視監が言うには、お前は部下を選ぶときに、今年の新人の表を一瞥しただけで高千穂ちゃんを指名したと聞いているがな。てっきり首席なぞを指名すると考えていたから驚いた、と言っていた」
「たまたま知り合いがいたからですよ」
それも、中学校の。
「そうか。私も知り合いがいたら指名するかもしれないな」
理解を示してくれて助かった。『なぜ高千穂を指名したのか』という点については本人からもしつこく言われている。『わたしは交番のお巡りさんがやりたかった』という繰り言も散々聞かされている。
「ところで小野寺。私もお前のジャックした映像を見ているのだが」
最も私は夫さんとだ、羨ましいだろう、何て自慢をされる。この人は無表情で無感情なくせに、時々こういうのろけを挟んでくるから面白い。
「お前の妹は随分可愛らしいな。あれは彼氏か? おめかしもして。私も
仁、と言うのは美菜さんの旦那さんの名前である。おっとりゆったりふんわりとしていて、美菜さんとは正反対の人だ。
「そうでしょう」
「謙遜くらいしろ」
当然のことなので
「——ん。高千穂ちゃんが電話を掛けてくるぞ」
「了解しました」
ご存じ、美菜さんの『演算』である。その場その場にあるそれぞれの情報を正確かつ高速に分析、理解することで結論を割り出す、コンピュータ顔負けの技術。俺も似たようなことはできるが、あくまで処理くらいが専門なので羨ましい。
ともあれ妹を褒めてもらった余波で上機嫌で電話をとる。
「もしもし、小野寺の馬鹿かしら?」
俺の上機嫌とは反対に不機嫌そうだな。
「開口一番俺を馬鹿というな、何だ高千穂シノブ」
「一体どういう命令なのか詳しく説明しなさい。出ないと公費で屋台を回るわよ」
「その公費は俺のポケットマネーではないので別に痛くもかゆくもない。だがそうだな、説明はしておこう」
どちらかと言うと痛いのは美菜さんだ。何ならその上か? 少なくとも俺に影響はしない。しかし、手足が動かないというのは致命的だからな。きちんと説明はしておこう。
「説明をする前に私からの質問に応えなさい」
……。
きちんとしてやろうと思った矢先にこれだ。俺と高千穂は相性が悪いに違いない。
「わかったよ」
「まず初め。地球外に人って居るのね?」
「……ッチ」
思わず舌打ちしてしまった。確かに高千穂がそう訊いてくるのは妥当だ。しかし、そこまで深いところまで踏み込ませたくなかったというか——
「答えてやれ、小野寺。部下にした以上、深入りさせるのは仕方があるまい。それもこれもお前のエゴだ。もしも危険が不安だというのなら守って見せろ」
俺の逡巡と葛藤が見えているかのように左耳のイヤホンから声がした。
「りょーかい」
小声で呟いて、スマートフォンに喋りかける。
「パワハラで訴えるわよ。その反応は居るってことでいいのかしら?」
何やら騒いでいる高千穂はスルーして、
「居る。俺が知っているだけでも国家が二つ。おそらく宇宙全体で言えば数十は下らないだろう」
「私たちが火星人を捜しているのとは別よね。『人間』の統治する国家がそれだけあるってことでいいかしら?」
「合っている」
さすがに頭の回転が速い。幾らキャリアだそうでないと言っても、この辺りは生まれ持ったものだ。その点で言うと高千穂はかなり有能である。話が進みやすくて助かる。非公式ではあるが、研修生時代にいくつか事件を解決したとも聞く。しかもそのうちのほとんどが、『容疑者の人間性を判断』することによる解決だとか。
「それは、進化の過程で『人間』になったのかしら?」
「……黙秘権を行使する。それ以上知ると高千穂が危険だ」
『大いなる意志』だとか。
俺がこうして家に閉じこもっているのもそのためだ。下手をすると殺される。全く、我ながらおかしなところまで踏み入ってしまった。それもこれも、あの夏にやって来た—— 否。否否否。すべて俺の所為だ。あいつらに責任はない。
「あらそう、ならやめておくわ。死にたくは無いの」
わかってくれたようならいい。
「次の質問よ。学園祭にいらっしゃる、ってそれは
そんな形だったら学園祭になんては来ない。
「いや、違う。あくまでただの来訪者だ。作者——いや、『大いなる意志』の気まぐれだよ」
「ろくなことをしないわね、そいつ」
それは非常に同意見である。
「全くだ。もっとまともなことをしろ」
左耳の中で美菜さんも同意している。
「世界線の工作で時空の乱れ、そして辻褄の乱気流ってとこだろう、結果としては。まあこの学園祭自体が存在しないようなものだし、本来気にする必要は無いだろうな」
「やけにビューティフルな言葉を遣うな、小野寺」
茶化さないでくれ。
「それを見守る必要があるのはいったいどういう理由? 見る相手とかも教えてもらえないと探せないわ」
「二つ理由がある」
「まず一つ目。俺の妹が学園祭に来ている」
「へえどうでもいいわ、次」
左耳で美菜さんが爆笑している。
「あはは、どうでもいいだって……」
あなた、笑うんですね……。
「二つ目。『眼には見えない大きな力』が集まりすぎると反発してしまう可能性がある」
正確には魔力と言う。
「でもアンタ、さっき気にしなくていいって言ったじゃない」
「『世界全体』には大して影響を及ぼさないかもしれないが、この時間軸の中で、この学園祭という世界の中だけで見た時はまた別だ。学園祭に隕石が降ってくるのはごめんだろ? たとえ世界がそれを気にしなかったとしても、この場所この時にとって致命的なことに違いはあるまい」
俺の妹にとっても、な。
「警察の本領発揮ってことね? 市民の安全を守る、ってなこと」
それならやる気が出てきた、とでも言いたげに高千穂の声が弾む。
「その通りだ。——自宅からで済まないが、監視カメラを通じて高千穂の動きは把握している。近くに要観察対象が居る場合は教えるから、イヤホンでも何でも付けたままにしていてくれないか?」
「小野寺、アンタモテないタイプね。女の子は準備に時間がかかるのよ」
……聞いていない、そんなことは。
「わかったわ、そしたら適当に回りながら観察する。詰まる所、その『地球外からの来訪者』たちの接触を防げばいいんでしょ?」
「その通りだ。理解が早いな、高千穂」
高千穂を部下にして良かったと思うぜ。
「×××の教室でやっている、占いどころ。そこの占い師が俺の協力者だ。名前は『
「女の子に命令はしない方が良いわ。でも私は部下だから従うわね」
さっきから何なんだ……。
「いやいや、良い性格をしているじゃないか、高千穂ちゃん。ところで小野寺、私にもその観察対象について教えろよ。『水上』とやらが説明役なんだろう? 見た感じだが、そいつは明らかに『違う』。協力者だな?」
「ご明察です。観察対象についてはファイルを共有しますね」
「それでもいいぞ」
***
~小野寺翳作成、県立岬ヶ丘高校文化祭『訪問者』について~
『訪問者』は七人。警戒レベル順に並べる。
1.
・性別、女・髪色、黒・同行者、
・備考、影響力がとても強いので用心するべき。
2.
・性別、女・髪色、黄金・同行者、
・備考、影響力がとても強いので用心するべき。
3.
・性別、女・髪色、虹色・同行者、
・備考、戦闘力がとても強いので手は出さないこと。
4.
・性別、男・髪色、金・同行者、
・備考、とても性格が悪いらしいので話しかけないこと。
5.
・性別、男・髪色、
・備考、感情は大してないので話しかけてもつまらない。
6.
・性別、男・髪色、茶色・同行者、
・備考、1番を探すだけなので特に影響なし。
7.『大いなる意志』。具体的な形はとらず、ただ眺めるのみ。
***
「最後で随分説明が雑になったな」
「すみません、形容方法が見つからなくて」
「まあいい。頭の片隅に入れておこう」
「ありがとうございます」
リストの二番と五番は知り合いである。あの二人がいるというだけでかなり脅威だ。
「小野寺、すべて聞いてきたわ」
少し声を低めて高千穂が言う。水上には会ったようだ。
「とりあえず適当にぶらつくわ。何かあったら指示をお願い」
「承知した」
監視カメラに向かって高千穂は手を振った。早速屋台へ食べ歩きに行くようだ。
「美菜さん、あれは経費ですか……?」
やや怖い思いをしながら訊くと、
「何を言っている?」
ですよねー。
……警察にスカウトされるまでにやっていた裏稼業のおかげで金は溜まっているけれど、高千穂に使うのは癪である。
「安心しろ、私も金はある。割り勘だ」
「ありがとうございます」
あなたが神か。
「お前はお前の部下に注視して居ろ。私は演算でもする」
『仕事』ではなく『趣味』としての演算をするという。きちんと日誌は付けろよ? と言うので書きながら話を聞こう。
≪小野寺翳 ?/? 10:12 文芸部:古実里香≫
「美菜さん、観察対象発見しました」
文芸部室。配布冊子に目を通す二人組の女子。
「こうして見るとただの地球人だが——これが本当に『世界一の空っぽ』なのか?」
黒い少女、だとか。博愛の皇女、だとか。彼女の国ではそう呼ばれているらしいけど。
「『
情報提供者からそう聞いている。
「……私は情報が無いと演算できない。だからあれがどう影響を及ぼすかはわからない。だが、気になるな。小野寺、後でデータを送れ」
お前なら作ってあるのだろう、と言われる。
「ありますよ。地球に影響があるのかは俺も気になる所です」
翼に何か影響をするのか。
「そればかりだな」
「それだけです」
ただまあ、此処に居る分には彼女の影響は無いだろう。
「次のところへ回しますよ」
≪10:15 弁論大会:新樹令華≫
……。
見覚えのある黄金だった。
「おい、小野寺。あれがお前の知り合いか?」
「前言撤回しようかと考えていたところです」
日本語が喋れるのをいいことに、弁論大会なんかに出場している。ご自慢のロングヘアをなびかせて、相手をたじたじにしているぞ……。
「あれが『
「そんな名前でしたね——俺の知ったことではありませんが」
令華はどこまで言っても令華だ。あの女がそうでなくなったらそれは破滅に近い。
行き過ぎた傲慢と輝くような高慢がふさわしい、黄金の輝きこそが彼女なのだから。
「見た目はこちらの方が派手だがなあ……本当にあっちの方が強いのか?」
「はア。そう聞いていますが」
文芸部、静かに本を読んでいた黒。弁論大会で弁舌を振るう彼女の方が華やかで強く見えるのは確かにその通りだ。
「でも、『世界を犠牲にしようとしている黄金』と、『自分を犠牲にすることすら厭わない黒』なら、それは、どちらかがどちらかに劣るのは当たり前でしょう」
「まあな」
演算しなくてもそんなことは解る、と美菜さんは呟いた。
「だが、そんなことがあって良い訳が無いだろう」
「ハッピーエンドが見込めないから現実なんですよ」
もしも俺に任せてくれたのなら、少しは変わったかもしれないが。
バッドエンドをアンハッピーエンドにするくらいのことはできた。
「どうせならア・ハッピーエンドにして見せろ」
それはできない相談ですよ。
≪10:27 ジェンガコンテスト:幸谷殺羅・柊士≫
「小野寺、私って話しかけに行った方が良いのかしら?」
ジェンガコンテストなる奇矯な大会の最中、奇妙な積み方をして衆目を集めている二人組を見とがめて、高千穂が尋ねる。この野郎、ずっとマイクをオンにしているものだから雑音が混じって仕方がなかったぞ。繋いでいる分にはいいが、耳が壊れる。
「話しかけなくていいと思うぞ。下手に刺激してもまずいからな」
「ああそう。じゃあ取り敢えず主催者さんにお話でも聞いておくわ」
話しかけただけで殺される——までは行かなくとも、少なくとも友好的なお話ができるとは言い難いお二人だ。
監視カメラの映像を覗いていると、高千穂は宣言通り主催者の方に向かいだしている。やや遅れた感がありながら許可を出した。
「好きにしろ。俺だって縛りたくって高千穂を特務部に入れたわけじゃねえんだ」
むしろ、守りたかった。
「戯言ね。私は『お巡りさん』に成りたかったんだって言ったでしょう。中学校の同級生の下につきたかったわけじゃないの」
そう言われては返す言葉もなかった。結局俺にとって意味があることでも、高千穂にとっては詮の無く意味も無くあってはいけないことだったのだ。
「小野寺、お前のエゴならきちんと最後まで筋を通せよ」
黙って聞いていたらしい美菜さんがそんな風に釘をさしてくる。
「大丈夫ですよ——俺は人情には厚い方なんです」
あの時から。中学校、高千穂シノブが背中の後ろに座った時から。
俺はこうなることを予測していたのかもしれない。
「それは言い過ぎだろう。お前はその時点ではあの娘に何の感情も抱いていなかったはずだ」
「少しくらいロマンチシズムにしてくださいよ」
それは済まないな、何て少しも申し訳なく思ってなさそうな口調で言われる。ちぇっ。
≪10:38 廊下:輪月誠史郎≫
「監視カメラというやつは音声が無いのだな」
当たり前である。だが彼女がそう思うのもわかる。
「あの少年、何を話しているんだ?」
画面の中、茶色より赤色に近い髪。
見るからに力が強くて頭の悪そうな、態度の大きい男と話している。
「あれは絡まれているの類でしょう」
年にしては小柄に見える少年は見るからに辟易していた。
「俺だってあんなのに話しかけられたら戸惑います」
「私だってそうだ。仁が隣にいることを祈るな」
仁さん、背ぇ高いですもんね。割とガタイ良いですし。
「あれは観察対象だよな。確かさっきの黒を探しているという」
「はい。……いわゆる人造人間というやつですね」
全く、どこからそんな情報が入るのか。憎らしい情報提供者とのトーク画面を思い出して唇を噛む。自分の仲間だという少年の情報を簡単に売れる彼はどう考えても俺の格上だ。執着ばかりで撞着する俺とは全くの別物である。
「人造人間、ねえ。造ってどうするつもりだったんだ?」
「不老不死ですね」
ある程度智慧が付けば、皆そう考える。
「そうか。まあ、私も長く生きたいとは思うぞ」
「誰でも死を迎えたくないとは思うものでしょう」
「死んで楽になれるわけが無いのだからなぁ」
「死後はわかりませんからね」
人造人間、と言うにはやはり無いか特殊能力だとかがあるのだろう。
くだらない。
幾ら人を超越した能力を持って居たって、大多数がそれを許容しなくてはどうにもなるまい。
「いくら超越した何かを持っていたって、大多数に排除されてしまえば終わりですよ」
「排除されていないから奴はそこに居るんだろう」
「……あの皇女様でしょうね、どうせ」
誰をも愛する、なんて。
それがどれだけ詭弁か。
それがどれだけ危険か。
「わからないうちは欺瞞ですよ」
≪11:00 カジノ:翼≫
高千穂がこの場を離れてしまわないよう適度に指示を出しながら、目は監視カメラの映像を凝視していた。いつ見ても翼は可愛いのだ、焼き付けておかない術がない。
「そこまで溺愛しておきながら、どうして
「言う必要はないと考えます」
言わなくってもわかるだろう。
俺が祭君に全幅の信頼を置いているからだ。
俺の存在意義を預けるくらいには信頼している。
俺が死んだ後の世界を預けるなら彼だ。
情報提供者で俺よりも有能な彼ではなく、祭君。齢十三にして世界すらも操れると称された、禊禧祭である。
「今本当に世界を操れるとするのならそれは
「世界最高の技術者、ですか」
考えでも読んだんですか、という一言は言わなかった。世界のすべてを演算によって導き出せる彼女には、顔が見えて人間性を知っている俺の心情の予測など簡単すぎてやりたくも無いことだろう。
「あの女がどの国に所属し、どんな兵器を作るのか。たったそれだけで世界が動く」
罪作りだね。
「それにしても見すぎじゃないのかい?」
「……そうですか?」
いくら見ても見飽きないのだがな。とは言え翼たちにも時間があるだろう。丁度高千穂も退屈してきたようだったので、指示を切り上げる。俺の指示が無くてもできる、と粘っていたようだが惨敗していた。当たり前だ。
≪11:29 ×××教室:翼≫
高千穂は周囲の人を控えめに手助けしたりしながら歩き回っている。各地にいる観察対象との接触もなさそうなので、翼たちの方の映像を映した。
水上の居る教室で記念撮影なぞをしている。……可愛い。
「——小野寺翼、か」
「何ですか、突然」
「脆くて危なそうな子だな、と思って」
「……」
「酷く有能で、酷く真面目で、酷く正確だ。それ故に、背負い込む。荷を下ろせなく、手を抜けない。面倒な性格をしているものだ」
「短い時間で、良くわかるものですね」
「これは警察官の初歩だ」
「——だからですよ」
「だから、禊禧祭に渡したと?」
「はい。諸事情により俺はこの部屋を出れません」
「自由に動けるあの男が適任だ、と言うわけか」
「はい。彼は有能です。それに、何より翼を愛している」
「後者の方が第一条件だろうな、お前にとっては。しかし、……」
「何ですか?」
「いや、お前は愚かだな」
「知っていますよ」
「不用意に新樹令華などに手を出して、『アレ』に目を付けられるなぞ愚の骨頂だ。その結果外を歩けなくなるなど、呆れて声も出ない」
「返す言葉がありません」
何時誰に殺されるかわからない。故に、外に出れない。
「完璧に出れないわけではありませんがね……どうにか協力者を探さなくては」
「世界を変えよう、何て目論むからだ」
「生きているうちにやりたいことリストに入っていたのですよ」
「優先順位は?」
「六十位くらいですかね」
そりゃあいい冗談だ、何て言って美菜さんは笑わなかった。
「志したのなら叶えて見せろよ」
「ええ、きっと」
俺に二言はない。
≪12:20 美術室:高千穂シノブ≫
「今どき高校生ってがめついのね」
屋外に出た高千穂がそんな風にぼやく。確かに俺も同意見だ。その値段に驚いて購入を踏みとどまった高千穂を称賛したいとすら思う。……しかし!
「その手柄は確かに称賛に値するが……カメラワークに難が在るぞ、高千穂……」
酔った。そろそろ屋外パートが終わりそうなのが救いである。監視カメラでカバーできないところがあって、通話のカメラをオンにしていたのだ。
「そう思うなら自分で出ていらっしゃい」
出て行きたいのは俺も山々である。どころか、高千穂を安全なところに置いておきたい。もしもこの文化祭すらも監視されているとしたのなら、これから先は高千穂にすら命の危険が及ぶ。
「特務部において安全なのは美菜さんくらいになりますよ、本当」
「私は夫子もちだからな」
俺も結婚しようかな……。
高千穂が美術室に入ったのでカメラの画面を切り替える。正面に映ったパステルブルーの扉。まるで美術部の作品のように展示されている、しかし全くの別物であるそれは——
「あれは今回のキーアイテムと聞いているが」
「その通りですよ。『訪問者』たちが帰るための——」
「触るな!」
体や指先よりも先に声が口を衝いた。その言葉で、伸びかけていた高千穂の指先がドアノブの直前でぴたりと止まる。肩が揺れて、声が響いた。
「何よ、何かあった?」
ホールドアップの仕草をしながら辺りを見回す。爆発物でも探しているんだろう。
「違う」
上手く説明することができないことに歯噛みする。本当はすべて言ってしまいたい。わかってもらったうえで共有したい。仲間が欲しい。
だけれど——
「それは転移装置だ。向こう側——地球外の人々が彼らの世界にお帰りするためのドアなんだ。だから、高千穂がそこで開けてしまうと」
「私があっちの世界に行っちゃうってわけ?」
「そう。しかもそれは数回しか使えない」
すべての言葉を費やすことはひどく危険だから。
俺はまだ、高千穂には安全なところに居てほしいから。
「何よ、それ。そんな大事なことがあるんならさっさと言いなさい」
当たり前だ。リスク管理をしない上司など、価値が無いだろう。
「ふう……小野寺のことだから、その他にも隠してることがいっぱいあるんでしょうね」
良いこと、と高千穂が人差し指を立てる。俺が見ているとも限らないのに、まるで話しかけるように。それでいて、監視カメラの方は見ようとしないのが面白い。
「私は手駒は手駒でも、盤上にいるとは限らない駒だから。いいこと、甘く見ていると火傷するわよ」
「そうか。……高千穂の身に危険が及ばない程度だったら、話してやることもできる」
「それは嬉しいわね。でもどうせ、『それは今じゃない』なんて言うんでしょう」
そのぐらいお見通しと言うわけか。
「……そうだな。俺の都合だけで高千穂を勝手に引っ張ってきてしまって申し訳ないと思っている」
「ええ、迷惑よ。赦してない」
そうだろうな。……そうでいてくれないと、俺も困る。
「済まない、しかし——これを頼めるのは、高千穂くらいだから」
もう、他を巻きこめないから。
高千穂だけなら、守り切れるはずだから。
俺についてきてくれ。後悔はさせない。
「別に構わないわ。ただ、適度に給料を上げなさい」
ああ、お安い御用だよ。
「馬鹿らしい感傷だな、小野寺」
高千穂が美術室を出ると、美菜さんがやや笑いながら話しかけてきた。
「放っておいてください」
「引き込んだ以上、損はさせるなよ」
「もちろんです」
そんなこと、名簿に奴の名前を見つけた時から承知している。
≪13:07 屋外:翼≫
「翼!?」
「どうしたんだ突然」
突然も何も、声を上げるしかないだろう。
「おや、これは」
拉致られている。
大きめのサイズのTシャツに帽子という、ラフな格好をした女が翼の腕を引いていく。
「誰だ、あれは……」
「『情報提供者』からの話にはなかったのか?」
当然、ない。恐らく、彼でも見つけ出せないくらいの『
「そうか? 適度に予想を外してくれるから、私なんかは面白くて好きだ」
美菜さんくらい悟っていれば、俺も『面白い』と評することができたのだろう。
だが、しかし。
「何をしているんだ、祭君……!」
翼のことであれば話が違う。
「おい小野寺、指示は後にしろ。野外ステージ、特別監視カメラの映像を映せ」
珍しく本気で動揺していたところに、冷静な美菜さんの声が響いた。
「あの殺人鬼の虹色、人助けをした」
「え?」
殺人鬼の虹色、と言われて一瞬話が飲み込めなかった。
「野外ステージで開催されている音楽会での困りごとを解決したようだ」
「そりゃあ、すごい……」
「殺人鬼の虹色は何者だ?」
そう問われて、慌てて彼からの情報を思い出す。
——幸谷殺羅。〖糸〗という独特の暗殺術を身に付けており、その術を駆使して常人の考える桁では足りない程度の人を殺害している。
その正体は、茶髪の少年と同じ人造人間。しかし、製造元の趣旨とは違ったらしく、幼い時に放逐されて今に至る。師匠に当たる殺人鬼に保護され、技術を教えられてこうなった。
『感情がない』と言われており、人情を持たないが故にごく冷静に人を殺し、だからこそ脅威され恐怖されている。
「ふ——人は見かけによらない、とな」
「それだけではないと思いますが」
感情がない、とは一体どのような心持なのだろう。『師匠』の手ほどきにより、感情を演じること程度はできるようになったと聞いているが、果たしてそれは『感情を身に付けた』と称することがふさわしいほどのことなのか。
「感情があったってなくって、それが人であろうとなかろうと、人助けくらいはするだろうよ。細かいことでガタガタ言うな」
……それは心の広いことで。
「それよりも、音楽祭とやらを楽しめばいいだろう。あそこの黄金のようにな」
そう言われて野外ステージから目を離し、校舎の傍に並べられたパラソルの方に目を向ける。
当然のように四人掛けを二人で占領し、それを咎められることもなく足を組んでいる。
ちょうど野外ステージの辺りへやって来た高千穂が、
「これと、『観察対象』との関わりって何かあるの?」
「いや、すれ違いだったようだ。ほら、『真っ白な』少女と、さっき高千穂がジェンガのところで見た人が」
俺すらも見損ねた。幸谷殺羅の仕業を視認したのは美菜さんだけのようだ。それも、俺がメインで映しているモニターは一つだから、小さなモニターを凝視したことになる。
「違う。『演算』して、彼らのやったことを確かめたんだ」
大したことのない推定をしていたら訂正された。
「ああ。へえ、意外と普通に見て回っているのね」
「楽しんでくださっているようだな」
感心したようすの高千穂に声を掛けると、
「何様なのよ」
そんな返しに少し中学時代を思い出した。
「『真っ白』ね」
俺が黄金、と認識する少女を眺めた高千穂がそんな風に呟いて、今の俺の立場を思い出す。
少年じゃ居られない。わかっていることだ。
「小野寺、あの娘も別に相手にする必要は無いのよね」
「ない。というか、高千穂は相手にもされないと思う」
「何よそれ、むかつくわね」
「あいつはあれでプライドが高い」
あれで、と言うのもおかしいか。見ればわかる話だ。
「知り合い?」
「そうだ。いつも通りのようで安心した」
本当に、いつも通り。
あれくらい、不変的であれたのなら。日常が、普遍的だったのかもしれないな。
「あんまり近くに居ても、何だか当てられちゃいそうだわ。さっさと離れることにする」
「それが賢明だな」
喋りなどしたら耐えられまい。
≪13:50 体育館≫
少し時間が飛んだ。
『体育館に、三点倒立を繰り返す不審者がいる』
そんな情報がもたらされたのだ。
「幾度聞いても馬鹿らしいがな」
美菜さんがそう零すのも妥当である。俺も信じられない。
「しかし、まあ」
この映像を見ればわかるだろう。
「ちょっと遠いけれど」
奇妙な動きを繰り返す変人がいることは一目瞭然だ。
「何よそれ、馬鹿らしい」
高千穂に伝えると、当然の反応が返ってきた。
「本当だ。俺が見たんだから間違いない」
「……私にも見に行けって言うのかしら?」
「監視カメラって言うのは画像が粗くてな」
本当に三点倒立をしているのか気になる。首とか大丈夫か?
「わかったわ、行けばいいんでしょう」
そう言って高千穂が画面の中で動いた。その横を、二人組が通り過ぎる。片方は、観察対象の黒だった。隣の少女と楽しそうに笑っている。校舎から出てきたところを見ると、こちらの校舎の中の何かを訪れたところなのだろう。時間的に喫茶店というのが妥当か。
「小野寺、この学校って猫を飼ってる?」
高千穂が辺りを見回した後にそう聞いてきた。一体どこを見てそう判断したのか。
「いや、飼っていないな。入り込んでいたのか? だとすればそれはそれで一大事だが」
「他が騒いでいないってことはきっと違うわね……。一体どういう事かしら」
……あ。そこまで聞いて思い当たる。
人を猫として見るとは、行儀が良くないぞ。
「小野寺。観察対象ね、今の子」
「遅くないか? 確かに『黒い少女』らしき人物が通ったな」
らしき、ではなくそうだが。
「随分示唆的ね」
「そうだな、リトマス紙の赤と青みたいな」
あちらとは対称的な。
それゆえに反発しあう。
二つ合わさって中和しないのが面倒なところだ。
「三点倒立の子でも拝みに行こうかしらね」
「生徒らしいから、大した問題ではないと思うがな」
「じゃあ行かなくていいかしら?」
「いや、行こう」
「だから小野寺は行かないでしょうよ」
何時までそれを続ける気だ。俺だって出かけられないことを少しは負い目に感じているのだぞ。
「ガチでやってる……」
体育館に到着した高千穂が吐息交じりに呟いた。俺もついでに衝撃を受ける。少しだけではあるが、見間違いだと思いたかった節もある。
「え、小野寺」
「?」
「ちょっとさすがに喋りたくないから、すぐ帰っていい?」
「まあ、見た目があれなだけだからな。構わないぞ」
辺りに迷惑を及ぼす兆しもない。第一彼は生徒だ。俺たち特務部の関与するべきところではない。
≪15:06 総括≫
「水上が古実里香に対して『占い』を行ったらしい」
占いと称した、体のいい未来予測。俺の算段と美菜さんの演算で導き出したそれらしい予言を、水上には伝えてもらっている。観察対象には特に厳重に。
「何と伝えたんだ」
「彼女を探している人が居る、と」
「さっきの少年か」
柄の悪い奴に絡まれていた彼である。二人の関係は謎に満ちている。
「そういうのは大体依存だ」
色気も味気もない美菜さんがそんな風に片づけ、問うてくる。
「他はどうなっているんだ?」
「水上によると、幸谷の二人組には既に宣告済みとのことです。そろそろ二人が戻るでしょう」
『影響力』だのなんだのではなく、『問題人物』という意味で一番の懸念だった二人だ。早々と退散してくれるというのならそれが一番である。
「暴力には対応の仕様がないからな」
画面の先からは手が出せないんだ。
「茶髪の彼はいまだ捜索中、まあでも退場までには見つけ出すでしょう。最悪、出待ちをしていればいいんですから」
夢見がちなロマンチストとしては、執念とかで劇的に見つけ出してほしいものだが、なかなかそんな夢は叶わないだろう。
「令華と榛はあれでよく心得ています、きっと自ら戻ってくれますよ」
「信頼しているんだな」
「信用ですよ——と」
画面に目を食い込ませる(比喩)。
……メイド服?
俺は翼に関することのみポテンシャルが上がるので断言できる、これはコスプレだ。それもメイド服、割とフリルは多めであり得ないくらいにスカートが短い。でも黒タイツだからセーフか、いやそれが逆にアウト——
「隣の祭君とお似合いじゃないか」
「わざと言及しなかったんですよ」
メイドと執事、その恰好がよく似合っているだとか。言いたくなかった。
「頭では認めていても心はまだ認め切れていないんですよ」
親二人分の愛を注いできた身としては、承認しづらいところがある。
「あら小野寺、あれって妹さんじゃない?」
休憩をしていた高千穂もそれに気づいたようで、
「……そうだな」
「写真でも撮りましょうか?」
「撮ったらそれは浪漫がなくなる」
祭君と一緒にコスプレをしている翼の写真などいらない。
「隣の男の子恰好いいわねー。祭君って言ったかしら?」
「……ふう」
「息はノイズよ、静かにしなさい」
「辛辣だな」
少しやり過ぎなくらいの辛辣な言葉。そのくらいの棘が心地よかった。針のようなもので突き刺されているように——細い剣で少しずつ、俺の執着を切り離されているように感じた。
「ああ、行っちゃった」
少し残念そうに高千穂が呟いた。
「済まない」
その数秒後に、スピーカから高千穂ではない声が流れてくる。
「……人造人間とは言え、声は人間だな」
当たり前でしょう、と言いたいのをこらえて画面を確認した。『人造人間』という彼女の言葉の通り、そこに居たのは茶髪の少年だった。
「人を知らないか」
そんな風に悠長な少年について、
「高千穂、観察対象だ」
わかっているだろうけれど声を投げた。
「どうしたの?」
『お巡りさん』らしく首を傾けた高千穂に、また一つ胸が痛んだ。
「俺と同じくらいの年の女だ。とにかく、黒いから。見ればすぐわかる」
「ううん。見たよ、多分ね。でも、どこに行ったかお姉さんは知らないな」
「そうか。ありがとう」
普段だったら笑うはずの『お姉さん』という呼称にさえ、どこか痛みを感じる。もしも交番に居たとしたら確かに適任かもな、と思わされる。
「特に害はなさそうだな。黒い少女を捜しているだけか」
「何だか不気味だったけどね」
高千穂が警察官らしさを発揮してきた。人間観察は良くすると言っていたが、これは良くするというレベルではないぞ。野生の勘か? ……そういえば、研修生時代には人間の性格を予想するのが格段にうまかった、と聞いたことがある。何でもそれで犯人を割り出したことがあったとか。
「おい、高千穂」
感心していたところで、カメラの映像を見て気づく。何やら物思いにふけっているらしい高千穂の前に、ロングヘアの女の子が立って居た。軍服? を着用している。一体どういうコンセプトでそうなったんだ。
「あの」
何かしら、なんて馬鹿なことを高千穂が訊く。高千穂のやりたい警察官業務だぞ、しゃんとしろ。
「
……もしや。
さっき翼を拉致した野郎か——女子だから野郎ではないな。
「ごめんね、知らないわ。——それ」
おい! 無神経かよ!
「高千穂ちゃん……」
美菜さんもすこし呆れている。飄々としているように見えて実はデリカシーのある人なのだ。
「格好いいわ、誇りを持ってね」
頬の傷に誇りだと? 確かに軍服を着ているが、彼女が軍人なわけがないだろう。傷に誇りなど持つわけがない。
「……高千穂」
「何?」
「女の子は頬の傷を気にするだろう、ああも言ってやるものじゃない」
「小野寺に女の子について語られるとは意外ね。でも大丈夫よ、彼女はそういう子じゃない」
「一体どういう自信なんだ」
「あの子、見かけよりずっと強いわ、安心なさい」
一体どんな根拠が……。しかし、さっきの人間観察の腕を見る限り、それもきっと間違っていない……だろう。
「私が人のことを見誤ったことがあった?」
そんな自信満々なセリフにもうなずける。
「……無いな」
犯人特定を人間観察だけでやってのけたという逸話についても、さっきの直感についても。
俺は、それについては高千穂を——
「さあ、行きましょう。小野寺が私の人を見る目を信用しているのと同じくらい、私は小野寺の頭脳を信用しているんだから。失望させないで」
「……」
はは。
何を言おうとしていたのか忘れた。
そうやって言われるのが嬉しいから。
もう、何でも良いか。
そうだ、これが信用だ。そういうことにしておこう。
「了解」
≪15:37 美術室:新樹令華・角陽榛≫
「何で? 小野寺」
「丸投げするな……『帰っていく人々を見守るため』だ」
なぜここに戻って来たのか、という疑問についてを丸投げされた。いくら指示したのが俺だからとはいえ、それはひどい。
「こんなドアから異世界へ行けるものかしらねー」
そう、暢気に声を上げた彼女の後ろ、そこに——
「そこの女、邪魔よ」
……。直截的すぎる。後ろで無表情な榛もきっと慌てているぞ。
「わたしは帰るためにここに来たの。女は何をしているの?」
「私は、あなたを見るために来たのよ」
一度真正面から見て怯んだようではあったが、高千穂は一般人に相対するかのように返答をした。彼女と向き合えば、多くが委縮して
「ふーん。見れるものなら見ていなさい。わたしは帰るだけだから」
いとも簡単に令華は手をノブに掛ける。
「そうだわ。言っておきましょう。『わたしの名は新樹令華』もし何か困ったならわたしの名を出しなさい。地球でなければ助けてあげる」
一体何の気まぐれか突然そんなことを言いだす。
「人生、予想外の連続よ。常に覚悟をしておいて損はないわ。——榛、行くわよ」
それがまるで俺に向けられたように感じるのは錯覚だろうか。
『もしもこれから先地球外で何かあったのなら』
『わたしがこの女を助けてあげるかもしれない』と。
そんな風に、感じた。
「見ない方が良いわ、失明するわよ」
鮮やかに俺と同じ注意を言って、令華はいとも簡単にドアを開けた。
二人がそれを通り過ぎて、何事もなかったかのように閉じたドアと高千穂が残される。
何かを『演算』しているのか、美菜さんは黙ったままだ。
「小野寺、これで良いのかしら」
「恐らくな。どうだ? 恐ろしい人間だろう」
「あれは人間と言って良いのかしら? 確かにすごかったけれど」
それは確かに妥当な質問ではある。
しかし、まあ。人造人間と比べれば、そんなのは言うまでもないことで。
「ところで、私はこのお話をどうやってお
「そんなことを俺に訊くな」
どうでもいいことを訊いてくる高千穂をあしらった。
「もっとユニークな答えをしなさい」
「無茶振りをするな」
「あら。大喜利は苦手?」
「あれが得意な奴はなかなかいない」
すたすたと歩いて、とうとう学校を出るところまで来た。退場時刻が近づいて、在校生ばかりになった校内は鎮まり切れない熱気でほんわり温まっているようで、そんな熱が懐かしかった。
「あら——小野寺?」
「何だ」
「任務が終わったから、私はこれから自由よね?」
「特務部としては終わったな」
「そう。じゃあ、私はただのお
私の成りたかったものになるのよ、何て高千穂は詩的に呟いて。
「そこの困っている君。どうしたの?」
彼女のお話を終わりにした。
***
「美菜さん」
「何だ、小野寺」
「何を考えていたんですか?」
「何も考えていない——強いて言うのなら、今日のこの私たちの行動で生まれた影響についてだ」
あー。
確かに俺も気になる。
しかし、
「考えても仕方のないことですよ。これは普段から俺が考えていることですけれど——伏線って、何本張ってもいいと思うんですよね」
確かにさっき、高千穂シノブのお話は終わったけれど。
またどこかで彼女の話が始まるかもしれないし、彼女に関連する誰かが、彼女の残した何かを利用するかもしれない。
「世界は一方通行じゃありませんから。相互に関係しあって、続いていくんです」
終わらない世界の中、世界を終わらせないために、俺は生きている。
「この物語が幕を閉じても、俺の人生が幕を閉じても、世界は続きます。たとえその世界に翼が居てもいなくても、祭君が居てもいなくても、令華たちが居てもいなくても。世界が続くのは確かで、そうやって世界が続くのなら」
少しくらい、後の人たちに便宜を図った方が良いんじゃないかな、って。
俺は思うんです。
「そうか。『伏線を何本張ってもいい』……そう考えると、私たちの普段取るどんな行動も、世界のこの先に繋がっているわけか」
「そうなりますね」
「そう考えると、幾らか救われる気がするな。ちっぽけな人間に過ぎない私が世界の役に立っている、というのは興味深い」
それでは、とどちらからともなく言った。
「私は、娘の夕食を用意するのでな」
「俺は、妹が帰って来るので」
そろそろ、このお話を終わりにしよう。
さようなら、皆さん。
ご安心くださいませ、皆さん。
俺の語りが終わっても、世界は続きます。
The festival is over! But the world continues. See you again!
≪作者注釈≫
・こちらの世界にお邪魔させていただきました。
しがなめさん(https://kakuyomu.jp/users/Shiganame)/県立岬ヶ丘高校
・登場人物紹介
→今回初登場の新キャラです。フルリのどれかの作品において、この後出てくるかもしれません。
その他今までこの短編集において登場した皆さん
→しがなめさん作『道路標識と私』登場人物
良かったら上記の作品も見てみて下さい!
今回で秋のスペシャル集は終わりになります。
お付き合いいただき本当にありがとうございました。
秋の文化祭スペシャル短編集 フルリ @FLapis
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