第5話

 眩しい。

 

 深い闇の中から浮上したセクトの意識が浮上した時に思ったのはそれであった。両手で顔を覆いながらごきりごきりと首を鳴らす。


「外か」


 セクトは周囲の風景にダンジョンの外だと気が付く。周囲は見渡すばかりの木だが、ダンジョン特有の気配はない。それどころかダンジョンの入口の周囲は随分と整備されている様に見えた。


―― 随分時間が経ったみたいだ


 ぐっと身体を伸ばし軽く腕を回す。木漏れ日に照らされる黒光りする外骨格に包まれる腕。それを見てもセクトが特に驚く事はない。しいて言えばきらきらしてるなという事くらいか。


「このままではまずいか…… 」


 随分と人と離れてしまった身体。このまま町へ向かえば当然余計なトラブルに巻き込まれてしまう。セクトの身体がぶくりと膨らむ。外骨格が身体の内部へと沈み込むと骨格へと変わり内側から身体を支える。むき出しの筋肉には薄っすらと皮膚がはり、直ぐに人のそれと変わらない体表を作る。


 ミミックマンティスという魔物がいる。鎌をもつ蟲、蟷螂かまきりの魔物。その魔物の狩りは基本的に奇襲、だまし討ち。獲物が油断したところを襲う。ミミックマンティスの最大の武器は獲物を抑え込む鎌ではない。獲物の油断を誘う【擬態】なのだ。気が付けば仲間の姿を装い、背後から襲いかかるのだ。


 セクトは人に【擬態】する。外骨格の一部が歯や爪に変わり、複眼は単眼へと変わり人の瞳へ擬態する。既にその姿は人のそれであり、過去のセクトの物に近い形となっている。近いと言っても顔の作りは、名残を残しているが随分と違うものとなっていた。


 ―― こんなものか…… 恐らく死んだ事になっているだろうからな


 セクトは手に入れていた服に着替える。少しサイズが小さいが裸よりはましだろう。随分と汚れていた財布を捨てると中身を手のひらがばくりと口の様に割れてその中にしまい込む。その手のひらの口は自分の体積よりも大きな餌を捕食するグラトニワームの口の様だった。


 セクトはゆっくりと身体を動かす。以前のセクトよりも可動域の広がった身体。肩、股関節は熟練の踊り子の様に柔らかい。それに気をよくしたのか下手なダンスをする。すこしした所で誰も見ていないはずなのに小恥ずかしくなり、小さく頬を掻いた。


「行きますか」


 目指すはサンペルス。それは拠点としていた町の名前。


「とりあえず、アイツを」


―― 殺してやらないと


 そんな事を思いながらセクトは下手な鼻歌交じりに歩き出した。




 セクトがダンジョンを後にしてしばらく。ポーターの男、ドロスはダンジョンから姿を現した。太陽の光に生きてダンジョンを出れた事に安堵し大きく息を吐き出し、直ぐに頭を抱えうずくまった。

 

 本来のドロスであればもう幾分か早く脱出出来た筈だが、アレと出会ってしまってはかなわないと慎重に確認しながら脱出をした結果であった。なんせ低層の通路には原型を留めていない魔物の死体が出口までの目印の様に定期的に落ちているのだ。

  

 さらに嫌な予感程よく当たるとはよく言ったもので。ダンジョンの外には想像していた光景が広がっていたのだ。ダンジョンに設定された危険度、それに応じて入る事の出来る冒険者に制限が設けられている。それは冒険者の生存率を上げる為に必要な処置であった。その為ダンジョンの入口、一定以上の危険度が設定されている場所では会員証を提出しなければならない。そうドリアルにも入口にはそれを確認する為、ギルドから出向している職員がいるのだ、いるはずであった。そこにあるのはばらばらになった二人分の肉の塊。


 うずくまりながらドロスは大きく声を上げた。


 早く戻りギルドに報告をしなければ。ドロスの胸に使命感のようなものが湧き上がる。地面にはあの青年達の血で汚れた財布が落ちている。周囲を見渡し中身が落ちていない事を確認する。綺麗に中身が取られた財布、それにドロスは確信する。アレには知恵が、硬貨というモノの価値を知っているのだと。


 ―― これが終わったら田舎に帰ろう


 そう決意し、ドロスは走り始めた。



 

  

 

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