第6話
下手な鼻歌だ。初老の男は馬車を操作しながら調子の外れた鼻歌を聞いていた。御者台の隣に座る男。この男と会ったのは数刻前だった。
この初老の男、名前はガスパ。サンペルスの町で夫婦で商店を営んでいる。数日前から近隣の村々を回って商品を届けていた。定期的に塩等の生活必需品を村々に降ろし、ついでにその他の商品を売ってまわる。今回は注文されていたものは良かったのだが、他の商品があまり売れずにどこか暗い気持ちでサンペルスへ戻っていた。
サンペルスまでまだしばらくと言ったところで街道を男が歩いているのが目に入る。男は背後のガスパに気が付いたのか街道の端により道をあける。被っていた帽子を小さくあげて礼を言う。男は小さく手をガスパに人好きのしそうな笑顔を見せた。気分転換のつもりかガスパは馬車の速度を落とし男に目的地は何処かと尋ねと、男はサンペルスへ向かうのだと答えた。サンペルスまでまだ距離はある。ここで話しかけたのも何かの縁、それに無聊を慰めるには丁度いいかとガスパは男に馬車に乗るかと尋ねた。男は少し驚いた顔をしたが、是非にと御者台、ガスパの隣に座り込んだ。
「セクトだ」
男、セクトが名前を告げる。ガスパも名前を告げ軽く自己紹介を交わした。セクトは山村で狩りをしながら生活をしていたが、それでは生活が厳しくサンペルスへ仕事を求めて向かう途中なのだと。セクトの体格の良さに初めは冒険者や傭兵なのかと思っていたガスパは、狩人だったならと説明に納得し自分が商人で荷馬車には売れ残った商品が残っている事を話す。
「服はないか?」
セクトはそう言うと上着の裾を軽く持ち上げる。よくよく見ればセクトの服はサイズが合っていない事に気が付きガスパは荷馬車を止めた。
「おぉ、丁度よかった。確か合う大きさのものが売れ残っていたはずだ」
セクトと共に御者台から降り、荷物探る。セクトから「これで」と渡されたのは金貨一枚。渡された金貨にガスパは眉間に皺を寄せた。いくら服が高いといってもそれは新品の物。ガスパが扱っているの中古の物で随分と値段が下がるもので金貨一枚だと十分であった。それにセクトの姿から金貨を持っているイメージがわかなかった。
「世話になってた人が、何かあった時にと貯めていてくれたものなんだ」
気まずそうに頬を掻くセクトに、ガスパは疑ってしまったような気まずさを感じながら売れ残りの服からセクトに合うモノを見繕う。上下の服に安物の編み上げブーツ。
「ほら、荷馬車の陰で着替えてきな」
着換え終わったセクトが荷馬車の陰から姿を現す。先ほどのものより似合っているその姿にガスパは何処か満足した表情を見せた。
「似合ってるじゃないか」
「そうか。助かる」
気恥ずかしそうに髪を掻くセクト。「おつりだ」と服のお釣りと背嚢と小さな革袋を手渡すとセクトは驚いた顔を作った。
「ん? これは……」
「おまけだよ。おまけ。ほら金貨をポケットから出してたし、その服を仕舞うのが必要だろ」
ぶっきらぼうにガスパがそう言うと。感極まった様子でセクト抱き着いてくる。思いのほか力が強くガスパの口か息が小さく漏れた。
「ちょっ、おい。やめろ。痛い。痛いって」
セクトを無理やり引きはがすガスパ。セクトはガスパの手を握り礼を言う。セクト曰く、荷物はあったのだが野営していたら、盗まれたのかいつの間にか消えていたのだという。運がいい事にお金は身に着けていたから無くなる事はなかったのだと。
「それは…… ついてなかったな」
同情するようにセクトの肩に軽く手を置く。「さぁ、もたもたしてたら遅くなってしまう」と御者台に乗る様に言い。二人りが乗り込むとゆっくりと再び馬車は動き出した。
町ではこんな物が流行っている。田舎ではこんな生活をしていた。二人談笑をしながら街道を行く。たまにセクトが歌う下手な鼻歌に冗談めかす様に文句をいいながら。
隣のセクトを見て、声をかけてよかったとガスパは思う。商品があまり売れず暗くなっていた気持ちが楽になったと。当然セクトが話す内容は嘘。嘘と言っても過去のセクトが体験した事を基にしたものなのだが。ガスパはそれを嘘だと知る事はきっとない。この時セクトに服を売らなければ、セクトが着ていた服がダンジョンで異形に命を奪われた青年のものだと露見するはずだった事を知る余地もないのだ。
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