第4話

 ダンジョン:ドリアル


危険度 2~4

領域種類 迷宮型、中層以降は密林型 時間経過有り

生息種類 蟲類、鳥獣種、亜人種

採取物 植物、鉱石


追記 

ダンジョン名ドリアルは発見例の少ない混合型の構造をしている。

低層域は迷宮型となっており、出現する魔物は低級のゴブリンやコボルト等の亜人種が主となっており危険度は2と認定されている。

定期的な構造の変化が見られ、その周期は約1年とみられている。

中層以降は迷宮型から密林型へ変化し、危険度は4に設定されている。

亜人種の姿はほぼ発見される事はなくなり、鳥獣種、蟲種が主となる。

他で見られない蟲種の魔物が多く、定期的に新種の魔物が目撃されている。

発見当時は蟲種の魔物のスタンピードが多く発生しており危険度は5に設定されていた。しかし近年発生報告が無く、更に発生時もダンジョン外部、低層部への進出が見られない為に危険度4へと引き下げられた。

希少植物の採取例が多く、密林の奥へ向かう程に


 そこまで目を通すと彼はメモを閉じた。ぱちぱちと爆ぜる焚火を見ながら、すこし冷めたお茶を口に含む。ドリアル中層の密林に入ったばかりの開けた場所。ダンジョン内のはずなのに昼夜があり、現在は夜。テントを背に彼は寝ずの番という大役を押し付けられていた。テントからかすかに聞こえる嬌声。


 ―― お盛んな事で


 そんな事を思いながら腰のポーチから数枚の大ぶりの葉を一枚残して投げ込んだ。投げ込んだ葉は直ぐに焚火に飲み込まれ、蟲型の魔物が嫌がる清涼感のある香りが辺りを包む。


 未踏破ながら近年危険度の下がったドリアル。この数年中層の魔物の生息数の減少が見られ更に危険度を下げるかという話が上がっている。今回はその審査を兼ねた調査。依頼を受けたのは最近ギルド内で話題となっているクランであった。一年前に突然現れた珍しいギフトを持った青年。その青年を中心に訳アリだった女性ばかりを集めたクランであった。


 ―― 羨まし限りだね


 彼はテントをちらりと見ると手元に残していた葉を二つに折りたたむ。寝ずの番の気付けだとその端を噛むと少しの苦みと清涼感が鼻を抜けた。


 魔物の生息数の低下。確かに密林に入ってからであった魔物の数は片手で足りるくらい。そのどれもがテント内の者達には赤子の手をひねるようなものであった。こうして彼が定期的に忌避剤代わりの香草を投げ込めば、本来蟲型の魔物が活発となる夜間も安心。さらにテントの中の一人が魔物除けの結界を張っているという。


「それでも…… 油断し過ぎよな」


 彼は葉をもう一度噛み呟く。彼はギルドから彼らに付けられたポーター、荷物持ちであった。すでに冒険者としてのピークを終えた彼だが、その経験、知識を評価されていた。今回もテントの中の者達は渋ったようだが、ギルドから依頼されこの調査に同行していた。ギルドとしてはテントの中の者達からだけでなく、彼のようなある意味で熟練者からの報告も欲しいのだ。それに加え調査の様子の報告もギルドから依頼されていた、素行調査というやつだあった。


―― マイナスだよね…… これは


 どんな強者もちょっとした油断で死ぬ…… それが冒険者であった。逆に彼の様な者でも準備と注意を怠らなければ生きて戻る事が出来る。それを彼はよく知っていた。


 長年貯えた経験と知識…… それが彼の動きを止めた。


 ゴクリと息を呑み込む。密林の、周囲の空気が変わった。がさりがさりとかき分け迫る音。


 それはゆっくりと姿を現した。

 

 異形の姿。二足歩行のそれは。幾つもの蟲を寄せ集め人の形にしたモノの様に見えた。


 本来ならば声を上げなければならない。しかし彼はそれを前に声を出せずにいた。


―― 声を上げればやられる。


 それは一度彼を見ると首を傾げ、ゆっくりと彼に近づく。彼の目の前に立ちゆっくりと手を伸ばす。何かを確かめるように彼の頬にふれる。その冷たい手がまるで死神の鎌の様に感じ、死を覚悟する。その時だった、テントから再び嬌声が漏れた。それは一度テントに視線を送り、再び彼を見る。左右に首を数度傾げると、彼に興味を無くしたのかテントへ向かい歩き始める。焚火を意にしないように踏みつけながらテントの中へそれは入っていく。


 彼の耳に響く悲鳴。残る火に照らされるテントの中から液体がかかり、幾つも真っ赤なシミをつくる。青年の頭部がテントの入口から飛び出すと、伸びる手がそれを掴み再びテントの中へ引き込まれる。彼の耳に聞こえるのは女達の悲鳴と固いもの砕くような咀嚼音。動く影で何がテントで起きているのかは容易に想像が出来た。悲鳴と共に跳ねる影に女達は異形のそれに犯されていると。助けを求める様に一人女がテントから這い出る。彼と目があった女が口を開こうとした瞬間に再び引きずり込まれ、更に悲鳴が大きくなる。


 彼はその光景に力なく口を開いては閉じてを繰り返す。不幸中の幸いか、彼の口にくわえられたままだった香草が潰れ、香が鼻を抜ける。正気を取り戻した彼に出来るのは、その場から逃走する事だけだった。


 彼がその場に戻って来たのは既に明るくなり随分と経った頃であった。既に焚火は燃え尽き、テントの周囲は真っ赤に染まっていた。遠くから鳥系の魔物の鳴き声が聞こえるだけで、既に昨夜の異形の姿はない。鼻に届く鉄の匂い。彼はポーチから一枚葉っぱをとり出し、乱雑に口に放り込む。テントの入口に手をかけ勢いよく開くと、まだ乾いていない血が彼を汚す。


 思わず息を飲んだ。


 テントの中にあるのは青年であった筈の肉のかけら。そして胎を内側から裂かれ、身体の一部を失った三人の女。吐かずに済んだのは彼の経験からだろう。一度テントから出ると女達が嫌がるからと青年から同行中は止められていた煙草に火をつけた。じりじりと小さな音を立て短くなる煙草。直ぐに二本目に火をつける。凶器をねじ込まれた様に破損した女達のほとを思い出し、煙草を吐き捨て乱暴に踏みつけた。


 テントへ戻るとせめてもの弔いだと女達の身体を綺麗に並べ、髪を一房ずつ切り取った。テントに火をかけ呆ける様に火が消えるまでそれを見つめた。残った青年達の荷物を整理しながら、彼は眉間に皺を寄せた。嫌な予感に乱暴に荷物を仕舞い周囲を探る。乾いた赤い足跡。それを彼は追っていく。徐々に薄くなるそれが向かう先、そこで彼は膝を着いた。足跡の先、それは低層へと向かう階段であった。担いでいた荷物が地面に落ちて広がる。そこには青年が着ていた筈の服と、青年達の財布が無くなっていた。


 

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