第3話

 密林を歩く巨大な昆虫。セクトの身体はその牙に挟まれている。上下に大きく揺られる身体。その昆虫はどこかへセクトを運んでいた。昆虫が生き物を運ぶ、それは餌を運搬しているのに違いなかった。流し込まれた毒液でセクトの意識は朦朧とし、痛みも感じていない。切り飛ばされた傷口は既に、【超回復】の効果により塞がり出血は止まっている。

 幸か不幸か、これからの事を想像すると不幸なのかもしれないがセクトは生きていた。セクトを運ぶこの昆虫がたの魔物は生餌を好む性質たちであった。少し違えば今頃肉団子になっていたかもしれない。ただこの後生きながら餌になるのかと考えると背筋が凍る。


 そこは大きな縦穴。密林の中ぽかりと空いたその穴の周囲には何匹もの昆虫型の魔物の姿があった。どれもがその口に腕に思い思いの餌を抱いている。それらはその穴にその餌を落とすと、くるりと向きを変え密林の中へ餌を求め消えていく。それはセクトを咥えたそれも同じであった。穴にセクトを放り込むと密林に姿を消した。


 穴に落とされたセクト。朦朧とする意識の中で感じる浮遊感は不思議と心地よく感じた。本来は数秒なのだがセクトにはその浮遊感がとても長く感じた。それが終わるの突然だった。地面にぶつかったと思ったセクトの身体は、上等なベッドに落ちたかの様に何かに身体を包み込まれる。残念なのはそれが羽毛等ではなく、小さな生き物、魔物の群れであった事だろう。小さなそれらは少しの間動きを止めたが、それが餌だと認識すると一気に群がった。


 くすぐったい感覚が徐々に痛みへと変わる。本来ならば微睡の中、息絶えるはずだったセクト。しかし彼が持つ【超回復】はそれを許さなかった。打ち込まれた感覚を鈍くする神経毒。【超回復】は急速にその毒を分解したのだ。セクトは戻って来た感覚に声を上げた。皮膚を破り、肉へ食い込む。口を開ければ濁流の様に流れ込み、それを噛むと嫌な匂いが鼻をつく。


―― 痛い、痛い


 穴かそれらが入り込み内から身体を食んでいく。いつか終わりが来るはずの地獄。しかし再び【超回復】がそれを許さない。致命傷たりえない外と内からの傷を直ぐに治していく。


 ―― イタイ、イタイ


 身体を超スピード癒すギフト【超回復】。ギフトとは言え、身体を癒すには材料が必要であった。貯めていた栄養素を使用し傷を癒する。その果てにあるのは異常な飢餓感。【超回復】は身体に入って来たそれを材料として傷を癒す。幸いそれらは豊富な栄養素の塊、それを素に肉を骨を癒す。噛めば漏れる体液を素に血液を体液を作る。


 蟲達がセクトを喰らい。セクトが蟲を喰らう。気の遠くなる時間の中、既にセクトの正気は失われていた。


 無間地獄かと思われていた時間、しかしそれは終わる事になる。


 きっかけは【超回復】の進化。研鑽の末にギフトは進化する事がある。そして【超回復】は【超再生】へと進化する。それまで栄養を糧としていた、回復は周囲の物を巻き込みながら再生する。初めは失われていた筈の脚。しかしその脚はキチン質の外骨格に覆われていた。


 人の物ではない、異形の脚。

 次は潰れた瞳。

 次は……


 気が付けばセクトは、セクトであったそれは人の姿を失っていた。それの捕食速度は、それらが産まれ増える速度を超えた。最後の一匹を胃に押し込め、それはゆっくりと歩きだす。ぬらぬらと光る身体、一歩踏み出す度に水っぽい音が響く。かつて見える事の無かった穴の底には横穴あった。それは何かに引かれる様に横穴を進む。その横穴は随分長く、時折横穴の奥から現れる蟲を口にしながら進む。


 たどり着いたのは広い空間。そこには腹を膨らました巨大な蟲が数体並んでいた。それの登場に蟲達は表情のない顔で歓喜の声を上げた。

 

 かつてセクトであったそれは、ふらりふらりとした足取りで一番近くの蟲に喰らいつく。それは満足すると次の蟲へと移動し喰らいつく。それを繰り返したどり着いたのはひと際巨大な蟲の前。それの腹に喰らいつき胎を喰らいつくすとそれは眠りについた。身体から糸を吹き全身を覆う。


 その繭の中、それは蛹となる。どろりと蛹の中で液体となって、ぐるりぐるりと渦を巻く。かつてセクト、人であったなごりを残し、それを素に身体を作る。ゆっくりゆっくりと身体を作る。それらが蛹を破るまでゆっくりと。




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