3. 戦争の災禍 女学院の卒業後



 例えば農業なら、日々の食に直結していることを誰もが理解できる。これを止めろなどという人はいないだろう。

 例えば医療なら、自分の生き死にに直結していることを、皆が日々の生活で実感している。これを減らせなどと言う人も、そういないだろう。


 翻って、宇宙だ。

 夢はある。最新鋭の技術が何かに応用できる事は何となく想像もつく。けれども人が宇宙へ行くことと、日々の生活を豊かにすることを結びつけるのはとても難しい。務めている私ですら、そうだったくらいだ。

 結果として、私が所属することになった宇宙局は、善良な市民や市民の声を背景にした為政者たちに振り回されることから逃れられなかった。


 何かがあるたびに、人や予算が削られる。

 科学者、技術者、そして宇宙飛行士の候補生。国中から優秀な頭脳を集めて始まった宇宙局だったが、優秀な人材には活躍の場所がいくらでもある。

 ある時は理不尽に、ある時は仕方の無い理由で宇宙局がやり玉に挙がるたび、波にさらわれる様に彼らは宇宙局を離れていった。


 抱いていた大きな夢も希望も、状況が悪くなるにつれて少しずつ削られていく。能力のある人ほど、期待を裏切られた失望が大きいのかも知れない。

 さして能力が高くない私が残り続けたのは、単に他に行き場所が無いと思っていたせいだった。


 そして、ある年。世界中を巻き込むような大きな戦争が始まった。


*


 戦争は、一人一人の小さな生活をなぎ倒す様に、社会の全てを変えてしまう。科学者や技術者の中には、別の研究を命じられて宇宙局を離れる者がいた。

 そして飛行士は……。

 陸や海だけでなく空にまで戦場が広がった時代、大きな戦争は優秀な操縦士をいくらでも必要としていた。多くの候補生たちが操縦桿を戦闘機のそれに握り替え、空に飛び立っては戦場に散っていった。

 彼女は、候補生の中で唯一の女だった彼女は、「戦場には女を出すべきでない」という前時代的な理由で戦線から外され、何人かの同僚と宇宙局に居残りになっていた。


 幸いと言うべきか、私たちの住む国は戦場にはならなかった。けれども若い兵士たちが隊列を組んで故郷を離れ、棺桶に入って帰ってくる日々が重なれば重なるほど、人々の心は暗く沈んでいった。


 為政者の近くにいた誰かが、民心を鼓舞する方策として耳打ちしたのかも知れない。宇宙局が細々と開発を続けていることを、別の誰かが思い出したのかも知れない。


 『何処よりも早く、人類を宇宙に飛ばす』

 その命令は突然で、絶対だった。


 宇宙局に関わる誰もが不可能だと抵抗したが、聞き入れられることはなかった。無理に無理を重ね、それでも宇宙船は形になっていく。

 最初に宇宙へと飛び出す栄誉は、彼女には与えられなかった。厭戦気分が社会に広がりつつある中、国中が注目する飛行士には、雄々しさや見かけの逞しさが必要だったからだ。

 残っていた候補生の中から3人が選ばれ、為政者の熱い激励を受けて宇宙船へと乗り込む。彼女がそれをどんな風に見ていたのか、私は知らない。管制室に呼ばれることさえもなかった。


 けれども、中継画像を通して、ラジオを通して、人々が固唾をのんで見守る中で打ち上げられた有人宇宙船は、大気の層を越えることはできなかった。人々の心を高揚させるための試みは、宇宙船が予定の航路を外れ、近くの町に墜落するという最悪の結末で幕を閉じた。


*


 もう二度と、この国から宇宙船を飛ばす事はできないだろう。


 いずれは飛ばせるかも知れない。だがそれは、私たちの子や孫の代になってからだ。


*


 そうしてまた、宇宙局から人が去った。

 彼女や私はまるで暴風に弄ばれる木の葉の様だった。運命から見放され、次には辛うじて繋ぎ止められる。そんなことを、何度くり返したことだろう。

 彼女は黙々と、あても無い訓練に明け暮れ、私は飛ぶあても無い宇宙船との交信の準備を続けた。


 それから少しだけ、時間が過ぎる。戦争は終わった。



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