2. 出会いの後 女学院の日々

 

 彼女と出会ったあの時の私は、良い家庭を作るために必要な教養には全く興味が持てず、かといって勉学を放り出すこともできず、吐き出せない思いを抱えて鬱々とした日々を送るだけの存在だった。そんな中で唯一といって良いくらいに惹かれたのが、この世界を形作る自然科学の法則の数々だった。

 私はいつしか、生徒からも教師からも『女の子らしくない』と言われながら、数学や物理にのめり込んでいった。シンプルで美しい物理法則や数式や定理は、曖昧で面倒くさい世の中とは違う場所に私を連れて行ってくれる気がしたからかも知れない。


 そんな私だったけれど、彼女とは何故か気が合った。

 屋上で最初に言葉を交わした後、それからも色々な場所で、彼女と私は『空の向こう側』について語り合った。


 ──空を越えて、あなたの言う宇宙に飛び出すことができたら、私たちのいる場所はどんな風に見えるのかしら?


 ──私たちの星は、7割が海で3割が陸地なのよ。だからあなたがもし宇宙に飛び出したとしたら、見えるのも7割方は海ってことになるでしょうね。


 ──夢のない言い方ねえ。雲の切れ間からのぞく懐かしい故郷とか、雪を被った山々とか、心を震わせるものもたくさんあるでしょう?


 ──確かにね。私たち人の姿がどんどん小さくなって、やがて見えなくなって、この星のある形がありのままに見えたのなら、きっと言葉を失うくらい美しいと感じると思うわ。


 彼女の興味は、空の青さや夜の色がどこから来るのかとか、空を越える時の衝撃の強さだとか、どちらかというと感覚的なものに向いていたらしい。

 法則性や数理にこだわる私と違うのはすぐに分かったけれど、それでも淑女予備軍の女の子たちの中で、自分の好きなことを好きなだけ語れる相手がいることは本当に救いだった。


 それからもう一つ。

 私たちの様な変わり者にとっての幸運は、担任の教師が「行き遅れの冷血女」などと揶揄されながら、生徒たちの言うことを決して馬鹿にせず、何かを望む生徒には正面から向き合うタイプの教師であったことだった。

 教師は私に、それから彼女に、私たちの国が人類を宇宙に飛ばそうと計画していること、そのための小さな組織を作ったこと、そこに加わるために求められる能力について伝えた。

 私たちは本気でそれを聞いたし、教師も本気で取り得る手段を教えてくれた。彼女と私の覚悟を何回も確かめながら、背中を押してくれたことがどれほど後の支えになっただろう。



*


 学院を卒業して、私たちの道は分かれた。

 私は物理や数学の知識を必要とし、目覚ましい発展を遂げ始めていた通信技術の世界を選んだ。

 女の行くところではない。父も母も賛成はしなかったが、成人していた兄が後押ししてくれたことと、妹が私のように道を踏み外していなかったことで、一人くらいは好きにさせておこうと考えたのかも知れない。

 何より奨学金を得て、親に頼らずに大学まで進めたのは有り難かった。


 大学時代は文字通り、夢中で勉学に打ち込んだ。良家の子弟たちも集うような伝統ある学舎だったが、私にはやらねばならない事が山積しており、それ以外を楽しむ余裕はひとかけらも無かった。遠く離れてはいたけれど、私には心を奮い立たせる存在がいつもあったから、そういう生活を苦労だと感じたことはない。


 幾年かを経て、私は宇宙局に通信士として滑り込むことに何とか成功していた。


 そして彼女は──。私よりもはるかに厳しい競争の場に自らの身を置き、激しい訓練をくぐり抜けて、宇宙飛行士の候補生として同じ宇宙局に配属になった。

 運動神経は絶望的、視力も弱く身長も低い私では、最初から選ぶことさえなかった道だ。

 学院を卒業して、10年近くの月日が流れていた。

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