自宅がダンジョンになったのにひきこもり続けた最強ニートが世界を救う話。
菜月 遊戸
プロローグ 5年前某日
「……んー、良く寝た──ざっと20時間睡眠ってとこか?我ながら自分の社不具合には反吐が出るな」
ぶつくさと言いながら、青年は上体を起こし微睡んだ意識からの覚醒を果たす。
寝起きは悪い方では無い、青年は頬を軽く叩くとベットから脱出、そそくさとPCへと向かっていく。
「さてと、今日も今日とて人生の浪費を謳歌するとしますかねっと!」
そう呟くと長年の相棒であるゲーミングチェアに飛び込み、慣れた手つきで電源を入れる。
ある一点を除きザ・凡庸といった容姿の青年である、上下グレーのスウェットに袖を通し、中肉中背に分厚いメガネ。
唯一特徴的なのは、寝癖の残る青みがかった髪だけだ。
「ログインログインっと……ってあれ?」
カタカタとキーボードを鳴らしPCを開くと、デスクトップのど真ん中に鎮座しているゲームをダブルクリック。
これは彼のお気に入りのFPSである。
世界的な人気を誇るそのゲームは多くの人口を抱えており、故に何時に起きようと快適にプレイ出来るのだ。
今日も今日とてプレイしようと起動、しかしエラーが出現し、何度クリックしても始まる様子を見せない。
「……ネットワークエラー?……誰かルーターの電源でも抜いたのか?」
よく見ればインターネットに接続されていない旨のウィンドウが立ち上がっているのを確認し、青年の表情はみるみる強ばっていく。
24時間365日快適なネットライフが提供されていた彼にとって、この現状は前代未聞。
それになにより
「ルーター1階なんだよな……」
自室は2階、両親の居住スペースは1階と完全に住み分けられている青年の家において、1階に降りることは即ち両親との接触を意味する。
13歳の頃からこの生活を続けてはや2年、合わせる顔が無いと両親との接触を避け続けてきた彼にとって、今更の面会なんて出来るはずがない。
これはヤバイ……焦燥感と絶望感にあてられて青年の心中はぐちゃぐちゃだった。
冷や汗は他者から見ればドン引きされるほど吹き出し、全身の震えは音でも鳴りだしそうな程である。
「あぁこのまま一生オフライン生活になんのか俺?……それは嫌すぎる……いや、でも親も困るだろうしいずれ戻るか?いや、2人ともあんまりネット使わないし……」
いつの間にか席を立ち、探偵のように室内を歩き回ると、忙しなく口を走らせていく。
矢継ぎ早に纏まらない思考を吐き出してしまうのは、青年の癖であった。
「…………とりあえず一服しよ」
暫くの思案の末一度落ち着くことに決め、青年はタバコの箱に手をかける。
未成年ながらコソコソと買い集めたそれに火をつけ、換気のために青年は窓を開ける。
その瞬間、
「──は?」
双眸に写る景色にあてられて、青年の思考が止まる。
有り得ない、頭の中を埋め尽くすのはそんな感想だけだった。
何故こうなっているのか全くもって分からない。
理解出来ない情景はまさに悪夢そのもの、しかし夢であることを青年の五感が否定していた。
目の前に広がるのは、見たことのない荒野。石造りの壁が遠方まで続き、草木が鬱蒼と茂る。耳に届くのは風の音に混じる咆哮。そして金属の臭いが鼻を刺す。
全てが異質極まりないこの空間だが、この場所のアテに一つだけ思い当たる節があった。
「……多分だけど……いや、本当に多分なんだけどね……ここって」
実際に見たことは無い、青年もテレビなんかで見聞きした事があるぐらいの場所。
なおかつ絶対に足を踏み入れたくない死地でもある。
自分の仮説を否定したい、しかしどれだけ頭を回した所であまりにそれらしすぎる情景を前に青年の希望的観測は無力であった。
それらの思考の末、青年は喉を鳴らし、震える声で呟く。
「……ダンジョン……だよな」
遠方に見える異形の影──魔獣の咆哮が響き渡った。
自宅がダンジョンになったのにひきこもり続けた最強ニートが世界を救う話。 菜月 遊戸 @nazukiyuuto
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