第2話「浮気された男のブルー」
冬美に浮気されて、そして別れてからどれくらいたっただろうか。
あれから、俺は何もしなかったし、する気力がなかった。
大学には行かず、バイトもせず。
誰かと連絡を取り合ったりもせず。
言うまでもないが恋愛なんてもってのほかであり。
「…………」
考えるのは冬美のことだった。
高校生のころから付き合い始めて早くも五年。
結婚だって考えていた。
だが現実はどうだろうか。
あれ以来、冬美とは連絡がつかないし、会ってもいない。
同棲したのに、部屋には帰っても来ない。
もしかしたら、いや間違いなく夏山先輩の家にいるんだろう。
そこで今頃お楽しみの真っ最中かもしれない。
吐き気が襲ってくるが、吐けない。
いや、最初は吐いていたはずなのだ。
いつの間にか、吐くものがなくなっていただけで。
「…………」
俺は無言のまま、ベッドに寝転がったまま、部屋の中を見た。
カーテンも、ちゃぶ台も、冬美が選んだものだ。
寝具は俺が選んだが、そこにも冬美との思い出が詰まっている。
俺が購入した枕は冬美には合わなかったらしく、枕だけは冬美が実家から持ってきたものだった。
布生地が擦り切れて、もはや寿命が来ていそうなそれは、これまでの積み重ねを示しているかのようで。
加えて、俺達の関係の終わりさえも示しているように、俺には感じられた。
「はっ、はっ、はっ」
息が苦しい。
この部屋にいたくない。
ベッドから起き上がる。
ふらふらとベッドを出てキッチンへと移動する。
水を飲みたくて。
「あ……」
キッチンを見てしまった。
そこには、もっと色濃い生活の跡が残っている。
僕が料理を作った。
別の日には冬美が料理を作ってくれた。
そして、二人で一緒に今日あったことを話しながら洗い物を――。
「う、お」
吐き気が止まらない。
気持ち悪い。
けれど、吐くことが出来ない。
どうしてと考えて、何も食べてないからだと結論付ける。
「ダメだ、ダメだ」
頭がくらくらする。
ダメだ、逃げ場がない。
どこにいたって、何をしていたって。
どんな場所にも、冬美との思い出がある。
目を閉じてしまいたい。
いやもう、生きていたくもない。
ただ、今はこの苦しさから、この部屋から離れたい。
「どうして?」
確かに、最近はあまりいい関係とは言えなかった。
けれど、俺はそこまで悪いことをしたのか?
浮気されて、友達の家に行くと嘘をつかれて。
そこまでされなければならなかったのだろうか。
「いやそもそも」
本当に、そうだろうか。
俺との関係が悪化したから浮気していたのだろうか?
逆の可能性もあるのではないだろうか?
夏山先輩と関係を持ったから俺に興味がなくなって、関係が悪化したのではないか?
彼女が俺にたいしてあたりが強くなったのは、夏山先輩に会えない苛立ちを俺にぶつけていたのではないだろうか。
あるいは俺を怒らせて、別れようと思っていたのかもしれない。
だとしたら、冬美の、俺に対する愛情は。
もう、どこにも存在していないということに――。
「疲れたな」
俺達がいたアパートの部屋には、二つの出口がある。
一つは、言うまでもない。
鍵のかかった扉。
といっても中から開ける分には簡単だ。
でも今は、玄関に近づくのもおっくうで。
それに、こっちの出口の方が近いから。
俺はふらふらと窓を開けて。
ベランダに足を踏み出し。
さらにその向こうへと。
その時。
ピンポーン、という音がした。
「……?」
俺は困惑した。
いや、何が起こったかはわかる。
誰かが俺の部屋のチャイムを鳴らしたのだ。
問題は、誰が、ということ。
冬美ではない。
彼女は鍵を持っているからチャイムを鳴らす必要はないし、何よりあんなことがあった後で、わざわざ帰ってくるわけがない。
じゃあ、誰が?
「宅配とかだったら、申し訳ないよな」
さすがにそれくらいの配慮はまだ俺の中にも残っていた。
「一応、どういう人かは確認して……」
習慣としてドアスコープから覗き込むと。
「え……?」
知らない女の子が、ドアの向こうにいた。
鮮やかな金髪、青色のカラーコンタクトレンズを入れた、二次元に居そうな美少女。
「やっほーおにいさん、遊びに来たよ」
聞き覚えのある声が、聞こえた。
◇◇◇
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