第3話「彼女の妹」
「こんにちは、おにいさん」
「は?」
誰だ?
この女は誰なんだ?
見たことのない顔で、知らない口調で話しかけてくる。
辛うじて、制服にだけは見覚えがあった。
というか、先日見て知っている。
「春季ちゃんの同級生か?」
春季と同じ学校の制服だった。
何度か見ているし、昨日も見ているから、間違えようがない。
しかして、疑問がわき続けた。
仮に春季の同級生だったとして、だ。
どうして、俺の部屋に来ているのだろうか。
そして、どうして部屋の鍵を持っているのか。
まさか、冬美の知り合いだったりするのだろうか。
それならさっさと帰ってもらいたいのだが。
「あー、そっか、おにいさんこれだとマジでわからないんだ、ウケる」
「いやウケねーだろ」
何が面白いのか、少女は口元に手を当てて笑っている。
待てよ?
そのしぐさには、見覚えがあった。
いやそもそも、声に聞き覚えがあるはずだ。
だって、俺は先日聞いている。
何より、似た声の主を知っている。
記憶に蓋をしていただけで。
「春季ちゃん、なのか?」
「うん、そーだよ」
絶句する。
昨日まで、黒髪清楚女子高生だった春季が、一晩でギャルになってしまっていた。
何があったんだろうか。
まさか遅めの反抗期?
あるいは受験のストレスでおかしくなったとか?
「あ、おにいさん変なこと考えてるでしょー?」
春季はニヤニヤしながら指で俺の頬をついてきた。
そんな様は大変に可愛らしいが、正直戸惑いの感情の方が強い。
「そういえば、鍵は?」
「あー、あの人がさ、合鍵作って家に送ってたんだよ。何かがあった時に、開けてくれって。ていうか心配したお母さんがそういうルールを作ったみたい」
「あー、なるほど」
あの人、と言った瞬間、春季の顔が酷くゆがんだ。
怒り、とも違う。
虫や汚物を見る、嫌悪の表情だった。
あの人、というのが誰のことか、俺にはよくわかった。
ともあれ、どうして春季が鍵を持っていたのかは理解できた。
同時に納得もする。
冬美が単独で考えたのであれば、合鍵を作るという発想はまず出まい。
そんなことを想っていると。
「じゃ、あがりますよー」
「いやあの、え?」
俺は困惑していた。
まず、俺の部屋に春季がいること。
これは、理解できる。
冬美は実家暮らしであり、俺のことを家族にも伝えている。
よって、春季は俺の部屋を知っていること自体に不思議はないのだ。
だが問題は、どうして春季が俺の家に来たのかだ。
「な、何でここに来たんだ?」
「ん、わた、あーしがここに来た理由?」
あーし、という聞きなれない一人称を使う彼女は、するすると俺の部屋に入っていく。
そのままキッチン、リビング、ベランダなどの部屋を全て見回っていった。
見終わると、春季はとてとてと俺の方に戻ってきて、がっちり俺の腕を掴んでくる。
「どうかした?」
「…………止めないと」
「え?」
ぼそっと何か言ったような気がしていたが、よく聞こえなかった。
が、すぐに春季は顔を上げて、握った手を上下に振り回す。
「いやあ、すっごいなと思って!男の人の部屋って結構散らかってると思い込んでたけど、すごい綺麗じゃん!何なら私のより綺麗だよ!」
「そうでもないよ」
俺は手を振って否定させてもらう。
女の子を部屋にあげても恥ずかしくない程度には部屋は整理整頓されているかもしれない。
ただ、それは冬美がいたからだ。
彼女がいつ来てもいいように、俺は備えていたというだけに過ぎない。
正直、彼女がいる男であれば当たり前の話ではある。
いや、いた、だなと俺は自嘲する。
「とりあえずさ、今からご飯作らせてもらうねー」
「ご飯?」
「そっ、その感じだとお兄さん全然食べてないでしょ?」
「…………」
図星である。
浮気現場を見てからというモノ食欲がわかず、まともに食べていない。
買い置きしていたカップ麺やゼリーを時折思い出したように食べるだけの生活だった。
食べるのはまだできる。手と口を動かす作業でしかないから。
ただ、料理したり逆にご飯を買いに行ったりするのは無理だったのだ。
「食材は用意してないからさ、冷蔵庫にあるやつ使ってもいいかなー?」
「ああうん、好きにしてくれ」
拒む気力もなかった俺は、ただ彼女の妹が料理を作る様を見届けた。
「ふんふーん」
春季は鼻歌交じりに料理を作っている。
女子高の制服を着て、男物のエプロンを着て。
髪型も違うし、冬美の妹には見えないな。
それにしても、どうしてこれほどのイメチェンをしたのだろう。
普通に考えれば何かしら理由があるはずだ。
「はい、できました」
「ああ、ありがとう」
春季を見てぼんやりしていたら、いつの間にか料理が完成していたらしい。
「はい、オムライス!」
「おお……」
「前にお兄さんが作ってくれたやつ、私もやってみたんだ」
「そうなのか」
確かに、何度か俺が春季に手料理を振舞ったことはある。
だがそれも随分前だ。
大学進学とともに同棲を始めてからというもの、彼女の実家により突くこともほとんどなかった。
吐き気がこみあげてくるのを堪えて、一口。
「うまい……」
はっきり言おう。
俺が作った者なんかより、ずっとおいしい。
「まじ!よかったー」
「うん、とてもおいしいよ」
「そっか、また作るから、楽しみにしててね……」
「うん、これなら毎日でも食べたいかな」
「んえっ!」
奇妙な音が聞こえた。
どうかしたのだろうか。
「あはは、もう、お上手だなー」
嬉しそうな顔をするギャルを見ていると。
なんでだろう。
さっきまで、死にたいとすら思っていたのに。
今はもう、そんなこと考えられないのだった。
◇◇◇
ここまで読んでくださってありがとうございます!
「続きが気になる」と思ったら評価☆☆☆、フォローなどいただけると励みになります!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます