彼女をNTRされたら、何故か彼女の妹がギャルになって迫ってくる
折本装置
第1話「彼女の浮気を知った時」
「どうしたもんかな」
俺――秋島健五郎は悩みを抱えていた。
悩みというのは恋人である綾瀬冬美のことである。
高校生のころから付き合ってもう五年になる。
人によっては結婚していてもおかしくない交際期間なのだが――順調とは言えない。
最近、冬美と些細なことで口論になってしまう。
「よくないよなあ、このままじゃ」
とあることがきっかけで出会い、そこから一気に仲良くなって今に至るわけだが。
俺はため息を一つつくと、残ったコーヒーを飲み干して立ち寄った喫茶店を出た。
「あっ、おにいさん」
「うん?春季ちゃんか」
喫茶店の前で俺に声をかけてきたのは、冬美の妹である綾瀬春季だ。
黒い髪をロングにして、ブレザーの制服を着こなしている。
姉妹だけあって、顔立ちもよく似ている。
……というか俺と出会ったころの冬美に似てきたな。
あのころは互いにまだ高校生で、春季にいたっては小学生だった。
時間のたつのは早いものである。
春季は、大きな目をキラキラさせて、話しかけてきた。
「こんなところで会うなんて奇遇ですね。いつものカフェ巡りですか?」
「ああ、気晴らしにね。春季ちゃんは?」
「あはは、私は勉強しようと思って」
春季は少し離れたところにある予備校の看板を指さした。
なるほど、彼女も高校生。
受験勉強をしたくもなるか。
俺も春季くらいのころはそうだったし。
「おにいさんは、今日はお姉ちゃんと一緒じゃないんですか?」
「ああ、今日は一人でちょっとカフェにね」
「そうだったんですか。珍しいですね」
「まあな……」
確かに、春季の前では常に一緒にいるように見えるかもしれない。
同棲もしているし。
ただ、大学では講義が違ったりするし、友人関係も違うのでいつも一緒というわけではない。
今日も、友達の家に泊まってくると言っていたし。
そうでなくとも最近は微妙な関係だというのに。
「じゃあ、私はそろそろ勉強に行きますね」
「あ、そっか、頑張ってね」
「はい、何事も正面から向き合わずして解決することは叶いませんからね」
そう言って、春季は完全無欠の笑みを浮かべる。
と同時に、俺の体を電流のごとき衝撃が貫いた。
「そうだよ、ちゃんと話し合おう」
「おにいさん?」
「ああいや、大丈夫だからさ。心配しないで!君のおかげで元気になった。ありがとう」
「それは……よかったです」
春季は少しだけ何かを堪えるような顔をしていた。まあきっと気のせいだろうと思うが。
それより重要なことがある。
俺は、このところちゃんと冬美と向き合っていただろうか。
不機嫌そうな彼女に対して、逃げてばかりではなかったか?
それではだめだ。
春季が勉学と向き合うように、俺もまた自分の直面する問題と向き合わなくてはいけない。
一度謝って、ちゃんと話し合えばきっと解決するはずだから。
そう考えて、冬美に電話をかける。
いまはとにかく、彼女の声が聴きたかった。
そして、彼女と仲直りがしたかった。
着信音が、すぐ近くから聞こえてきた。
「えっ」
音のした方向は、カフェの近くにあるホテルの出入り口だった。
ちょうど出てきたところで、電話が鳴ったらしい。
腕を組んでいる男女。
一人は、大学の夏山先輩。
明るく染めた金髪に、それが似合う端正な顔立ちをしている。
確か大学のミスターコンテストで優勝していたはずだ。
もう一人は、電話の持ち主、冬美だった。
黒い髪をロングにして、花柄のワンピースを着ている、いかにも清楚な女性。
高校時代から、五年以上ずっと付き合ってきた、俺の、彼女で。
どうして、それが、夏山先輩と、腕を組んでいるのか。
夏山先輩は棒立ちになって、冬美はスマホに手をかけた状態で固まっている。
俺もまた、棒立ちになることしかできなかった。
「先輩、何してるん、ですか?」
「あー」
「え、えっと、その、あのね?」
「冬美、お前、昨日は友達の家に止まるって言ってなかったか?」
「ち、違うの、これはその、ちょっと相談に乗ってもらっただけで」
ドクドクと、動悸が止まらない。
ホテルから、自分の彼女と他の男が一緒になって出てきた。
これを、なんというのか。
子供でも知っているだろう二文字の単語が頭に浮かぶ。
けれど、それを口にしたくはなかった。
してしまったら、俺はきっと耐えられない。
「いや、別に単純な話だろ?」
この場所で、落ち着き払っているのは一人だけだった。
夏山先輩はまるで何事もなかったかのように平然としている。
彼は、ぽんぽんと慣れた手つきで冬美の頭をなでる。
「冬美ちゃん、俺とこいつ、どっちが大事なのかこの場で言ってくれよ。そしたら、俺ももう踏ん切りがつくからさ」
「わ、私は……」
真っ青になった冬美は、夏山先輩に巻き付いたままの腕にぎゅっと力を込める。
俺の心臓が、彼女の腕で握りつぶされたかのような錯覚を覚えた。
息が苦しい。
胸が痛い。
「私、夏山先輩が好き。もう二度と話しかけてこないで、健五郎」
「ひゅっ」
喉から、声にならない音が漏れるのが自分でもわかる。
絶望が、精神を侵食していく。
「そっか、冬美ちゃん、ありがとう。じゃあ行こうぜ」
「は、はい!」
もう、二人の姿は視界に入っていなかった。
ふらふらとおぼつかない足取りで、ただその場に居たくなくて。
「健五郎?」
「おにいさん?」
俺は走り出した。
脱兎のごとく。
「おにいさん!」
俺を呼ぶ、心配そうな誰かの声も、耳に入ってはいなかった。
◇◇◇
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