第9章 対決と脱出 3
5
「やっと隙ができて入り込む方法を見つけたと思えば……随分派手な仕掛けを用意したらしいな。王城は大騒ぎだぜ」
ショーリは目を抑え呻いている衛兵達にそっと近付き口元に革袋を近づける。中には以前みっこ達が吸わされた煙が入っていたらしく、彼らは次々とその場に倒れ伏していった。
「さっきの光……閃光石か」
リョキスンが体についたホコリを払いながら言う。
「そうゆうこと。あれだけうまく光るようにするには結構気を使うんだぜ。細かすぎてもだめ、大きすぎてもだめ。適度な大きさの粉にしないとだからな」
さて、とショーリはこちらを向き直る。
「とりあえずここじゃ落ち着いて話も出来ねえ。来な。衛兵共が絶対来ない場所がある」
走りだすショーリに、慌てて皆でついていく。入口を抜け、外へ。ここはもう、城の外。久しぶりの外気だ。見上げると近付いてきている嵐のためか、ヘビの絡まったような厚い雲が夜空を覆っている。
「強い風で音も響きにくい。月も星もない。逃亡には最適な環境といえるな」
リョキスンが誰ともなく呟いた。
「なあ、みっこや。ショーリはなんでこんな所まで助けにきたんじゃ?」
リンゴがみっこの肩からささやく。
「ええとね、簡単に言うと私が脅したというかなんというか」
「ほ!やりおる。本当にみっこといると驚くことばかりじゃ」
――わしの最後の仕事にふさわしいわい。
みっこは戸惑う。それは、どういう…?だが、深く追求する前にショーリから声をかけられる。
「着いたぜ。ここならすぐには見つからねえ」
そこは宮殿の南東側の対岸。ちょうど湖を挟んでテラスのような場所が見えている。周囲は木々や苔むした彫像に囲まれ、確かに死角も多い。
「……あのテラス、全知王の」
リヤノの呟きにショーリが答える。
「そう、あのクソ亀のお気に入りだ。あの亀が最高の環境で思索にふけるために対岸のここまで人の立ち入りを禁じられてる。お陰で都の連中は近づかねえ。くっだらねえ、あいつあっちのテラスに腰掛けて昼寝しているだけだぜ?そのために対岸のここいらまで立入禁止の庭園にするたあ……金持ちの考えるこたあよくわからねえよ」
「なるほどな。君のその意見には全面的に賛同する」
――だが。
リョキスンは周囲の様子を伺いながら言う。
「おかげで落ち着いて今後の動きを決められる。何が幸いとなるかは、わからんものだ」
一同は彫像に囲まれた一角に腰を下ろす。ショーリは衛兵の鎧を脱ぎ捨てて、真っ黒なマントを身に着けた。
「やっぱり衛兵様の格好は窮屈で仕方ねえや。ところで一応聞いておくが、おまえらこのあとどう逃げるかとか考えてあんのか。たしかに王城は抜けた。だがこの都を出なきゃ遅かれ早かれ捕まるだけだぜ」
ショーリの言葉にみっこ達は顔を見合わせる。
「正直、王を気絶させるとこまでしか考えてなかった」
「みっこが動くと決めたときに動けるよう準備していました」
「わ、わしもカッコに同じじゃ」
「……私が担当してたのは皆を宮殿から外に出すまで」
各々の言葉にショーリとリョキスンが同時にため息をつく。
「じゃあ、リョキスンには何かいい案はあるの?」
「無論。今吹いている風の向きを見たまえ」
みっこは髪のなびき方から風向きを捉える。
「……西向き?」
「そうだ。猫の目嵐は常に西向きの強風を届ける。では王城から西向きに進んでいくとそこに何がある?」
生命の……と出かけた言葉を慌てて飲み込む。ショーリは完全な味方ではない。目的地を明らかにするのはまずいだろう。
「私達の、目的地ね」
「そうだ。そして君達には風にのるための道具を渡してあるはずだ」
みっことカッコは顔を見合わせる。
「あの、丸薬!」
リョキスンはニヤリと笑う。確かに、この暗さ。この強風。一度舞い上がってしまえば追跡は困難だろう。
「あー、いまいち全容がわからんが……。飛んでこうってなら多分その策は無理だぜ」
ショーリがボソリとつぶやく。
「この都はもともと愚鈍戦争の時の城壁の中に作られているのは知ってるか」
リヤノを除いた一同が頷く。
「まあ、お姉さんはその内勉強してもらうとしてだ。ともかく戦争への備えとしてこの城壁はつくられている。だが、城壁では絶対に守れない場所があるな」
「もしかして、空、ですか」
カッコの言葉にショーリは「正解」と指をならす。
「なんせこのクリオの国にゃあ空を飛ぶ生き物なんざ沢山いるわけだ。上空から火薬でも落とされたらどうなる?この高い城壁はそのまま住民を逃さない牢獄になっちまう。大都市が火に包まれる様子見たことあるか?地獄だぜ」
ショーリの言葉にかっこが眉根をよせる。おそらくその様子を想像しているのだろう。
みっこは考える。では上空からの攻撃にどう備える?答えは一つしかない。
「極地術……がかけてあるってわけ?この都の上空全体に」
「そういうこと。条件が細かくなればなるほど極地術ってのは労力を使う。だからこの都上空にしかれたルールはシンプルに人工物の境界線の行き来を禁じるって内容だ。単純ゆえに、抜け目がねえ」
「なるほど……それは知らなかった。つまり都の中で丸薬を使っても外には出られないわけか」
「ああ。俺もこの都については調べたんだ。出入り口は基本的には東西南北の4つの門しか、ねえ。そして、その4つの門には」
「ふむ、当然厳重な警備が敷かれているじゃろうな」
城壁で閉鎖した空間。抜け道になりうるのはどこか。みっこは思考を続ける。
(戦争が起きて中に長期間とどまることになったとして――真っ先に問題になるのは食べ物と水……でも、それはあらかじめ蓄えておくことができる。王城を囲む湖はそのまま貯水池なわけだし)
それなりの大きさの湖だ。生活に使う分にはすぐには枯れないだろう。
(その後を考えよう。戦争になれば?人が死ぬ……死体はどうするかな。放っておけば病気の元になる。いや、これも焼けばいい話?でも骨は残るか)
みっこはかつて見た大地震後のドキュメンタリーを思い出す。様々な汚物——つまり病気の元。対して有限のスペース。どうすればそれらを人々から遠ざけられる?
「地下?下水道や地下墓地、そういう汚れたものを送る場所が地下に通ってるんじゃ……」
その答えにショーリが小さくヒュウと口笛をふく。
「さすが俺を脅すだけのことはあるな、その通りだよ。健康な都市にゃ下水が必要だ。水は雨なり井戸なり手に入れる形は色々あるが――汚水はどこかに流す以外に解決方法がねえ。かといって無計画に捨てりゃ即刻疫病が広がる。ちなみに事前に下水道の確認はしておいたが、外から街に入るのは無理だった。水の流れに逆らうことになるからな。だが、中から外に向かう分には、ギリギリ通過できる」
「すごいです、ショーリさん。私達のためにそこまで……」
感激しているカッコに、ショーリはバツが悪そうに答える。
「あのな、勘違いすんなよ。俺はそっちの嬢ちゃんとの取引に従ってるだけだ。目的地についたら、俺はあんたのリボンを使って元の世界に帰るんだぜ」
「はい。それならそれで構いません。それでも貴方のお陰で道が開けそうなことは変わりません。なんとお礼を言ったらいいか……」
ショーリは「本当にわかってんのかね」と目をそらす。
「さあ、他に案がねえなら俺の策でいく。ついてくんなら遅れんなよ」
こうして、一同は夜陰に隠れながら下水道の入口を目指すことになった。驚いたことに、道中衛兵の動き回る様子は何度も見かけたものの、住民と出会うことは一度もない。
「まだ夜が深いわけでもないのに……」
カッコの言葉にリンゴが返す。
「都の住人にとっては王の思索を揺るがす行為は厳禁じゃからのう。夜は早めに家にこもるのじゃよ」
よく見れば家々の窓には厚いカーテンがしかれ、外に音や光を漏らさない工夫をしているようだった。
「嫌な光景ですね……」
「まったくだ。俺はエルビザみてえな民が元気な街の方が好きだね。王のために民が犠牲になる道理はねえよ」
そうしたやりとりを聞きながら、みっこは思う。
(ショーリ自体は悪い人ではないのかもしれない)
だが。ショーリが行った人の権利を奪い自分のものとすることはやはり手放しで認めることはできないのも確かだ。
(人ではなく罪を憎め……ってやつなのかしら。ショーリがなんで罪を犯すことになったのか……それは全知王のせいか)
でも、全知王が罪を犯すことになった理由は似たもの同士のみっことしてわからなくはない面もある。
(結局、誰がいい、誰が悪いだけじゃ見えないものだらけなんだ。この世界は)
少し思索にふけりながら住宅に囲まれた路地を曲がろうとした折、ショーリが急に動きを止めた。
「当然、いつもより警戒は厳重ってことかね」
曲がり角の先を鏡を使ってさぐるショーリ。みっこも鏡を覗き込むと、そこには下水への入口を守っている4人の衛兵が映っていた。
「ったく、いつもならこんなとこ張ってねえのに」
ショーリは頭をかく。
「……4人、くらいなら皆で戦えば…」
リヤノの言葉にリョキスンが首をふる。
「ここにいるのが4人、というだけだ。ここに来るまでの間に見てきたように、街にはより多くの衛兵が巡回している。切ったはったをやってる間に、仲間を呼ばれるのがオチだぜ」
どうする。こうしている間にも、路地の向かいから。あるいはみっこ達の後ろから。別の衛兵がやってこないとも限らない。
「あの光る石はどうでしょう?」
「さっきは屋内だったから使ったが、野外で使うのはまずいな。激しい光で他の衛兵を呼び寄せちまう。こっそり近付いてガスを吸わそうにも、4人が固まりすぎだ。当然普通に煙を炊いたところで、風に流されて効果はねえし」
しばしの沈黙。どう考えても、最終的には荒事しか浮かばない。
「仕方ねえ、俺がなんとか1人はガスを吸わせる。その段階で他の3人は気付くだろうが、なるべく早く無力化できることを祈るしかなさそうだ」
「……いえ。まだ、方法はある」
リヤノは伏し目がちな目を持ち上げ皆を見回す。
「私が、おとりになる。みっこの服を着て。何人かでもここから引き離す。そうすれば、残りの衛兵は入口を守るしかないから……助けを呼ぶ人員がいなくなる」
「でも、そんなことしたらリヤノさんが捕まっちゃう!」
みっこは必死に考える。別の手はないか。これではカッコに助けられた時と同じだ。また、人を犠牲にして逃げるのか?
(そんなの、辛い……!)
みっこの動揺を察してか、カッコがその背中に手を当てる。少しひんやりとした感触が、みっこの心を少しだが落ち着かせた。その様子を見て、リヤノがニコリと微笑む。
「わたし、はね。今幸せな気分、なの。生まれてはじめて、やりたいことをやれている気分。——だから、このままやらせてほしい。私にみっことカッコを救わせて。それに……もし捕まっても、わたしの近くにはあの人がいる。乗り越えて、みせる」
言葉が、出ない。その時、「やれやれ」とリョキスンが立ち上がった。
「ここまでか。リヤノさんがそれだけの覚悟を見せたのだ。私も動かねばなるまい」
(何を言って――)
言葉を遮るようにリョキスンの手がみっことカッコの肩に置かれる。優しく、でもずっしりと重い掌。
「リヤノさんのみでは、衛兵を引き付けるには餌が弱い。いかにみっこの服を着ていたとしても、衛兵からしてみれば怪しい女その1でしかないからな。だが、私が加われば話は別だ。これでも宿無しリョキスンはそれなりの有名人なのだよ。この縮れた髪の毛も、琥珀の瞳もな。——みっこと私が一緒に行動していることは連中も知っている。そんな中、怪しい女1と共に宿無しに似た男が目撃されたなら?餌としてはそれなりの強さとなるだろう」
リョキスンは本気だ。声から。掌から伝わる熱から。そしてその瞳から。彼の意思が伝わってくる。だからみっこは、何も、言えない。
「おい、宿無しとか言ったか。あんた、俺を信用するのか?あんたと姉さんがいなくなりゃ戦えるやつはほぼいねえ。俺が目的地だけ聞き出してトンズラこかねえと……思ってるのか?」
「愚問だな。私は君を信じるわけじゃあない」
リョキスンの手に力がこもる。
「私はこの2人が君ごとき障壁、ものともせずに乗り越えるであろうことを信じているのさ。だから安心して目を離せる。それに」
ちらりとリンゴを一瞥。
「まあ、このやや頼りない最古にして最小の導者もいることだしな」
「おぬし、バカにしておろう」
リンゴの返答に「無論」と答え、リョキスンはみっことカッコに向き直る。
「みっこ、カッコ。いいか。勘違いするな。私達は犠牲になるわけじゃあない。どうしようもない状況で諦めたわけではない。目標に向かうための活路を開くため、自分達にできる最善の役割を担うだけだ。君達は君達にしかできない役割を果たし、我々の目標を切り開け。必ず元の世界に帰るんだ」
みっこも、カッコも、無言で頷く。
「良い子だ。まあ心配するな。私もそう簡単には捕まらんさ。まだ君に伝えなくてはならないことがあるしな」
みっこが舌戦乙女である……という話についてなのだろう。
「わかった。リョキスン。私達は先に目的地に向かう。必ず追いついてきて。これは、命令だかんね」
みっこの言葉にリョキスンはニコリと笑って答えた。
「了解だ、わが君」
リョキスンの手が、肩から離れる。ずっと見守ってくれていた琥珀の瞳が、遠ざかる。
みっこは着ていた上着をリヤノと交換する。さすがにサイズの違いはあるが、遠目にはみっこに見えなくもない。
「さて。では行くぞリヤノさん」
「——ええ」
二人は目配せをしたかと思うと、住宅の屋根に音もなくよじ登る。その後、リヤノは足を踏み外したようにわざと衛兵達の眼の前に落ちた。
「みっこ!ここはもう通れない!カッコ達と合流して別の道を探すぞ!」
突然のことにあたふたする衛兵を尻目に、リョキスンは華麗に着地しリヤノの手を引いてみっこ達が隠れているのとは別の路地へと消えていく。少し遅れて、二人の衛兵が後を追っていくのが見えた。
「けっ、格好つけやがって。行くぞお前ら。ちっとは役に立ってくれよ」
ショーリが駆け出す。何をどうすべきか。まとまるには時間がなさすぎるが、みっこはかっこと目配せをして、ショーリの後を追う。
「!お前達……」
近くにいた方の衛兵が闇から迫るショーリに向き合い剣を構えるのが見える。一方、地下水路の入口に待機していた衛兵は反応が遅れまだ視線しかこちらに向けられていない。
(こういうのは正直全然わかんないけど――多分私はこっちに行くべきだ)
みっこは真っ直ぐ地下水路の入口を目指して走っていく。入口の衛兵はしばしの戸惑いの後、みっこの方に向き直ってヤリを構えた。その様子を見て、カッコも自分の役割を見つける。彼女はその仕事のために、二人の衛兵の丁度間で静止する。
ショーリは、振り向かない。速度も緩めない。眼前の衛兵の挙動と背後から聞こえる足音から状況を推察する。
(悪くない。大したもんだ……!)
口元に笑みを浮かべたまま肉薄してくるショーリに、剣の衛兵はわけもわからぬまま斬りかかった。瞬間、衛兵の視界からショーリが消える。いや、正確には視界そのものが奪われた。衛兵に斬りかかられる寸前、ショーリは纏っているマントを外し、投げつけていた。
「あらら、だめよ。驚いたからってそんなにのけぞっちゃ」
ショーリは衛兵の後ろに回り込みながら、中途に振り上げられたその腕を掴み自重をかける。衛兵は掴んだ剣の柄をしたたかに額に打ち付けるも、辛うじて仰け反ったまま姿勢を保とうとする。
「はい、あんよがお留守」
ショーリは姿勢を保つため全体重が預けられていた衛兵の右足を無慈悲にも蹴り飛ばし、掴んだ腕ごと自身の体を落とす。宙に浮いた衛兵の体は最早ショーリの力に抗えない。
一方その頃、みっこはヤリを構えた衛兵の前で膝をついていた。
「助けて!」
一言でいい。余計な言葉はいらない。みっこは最初から衛兵と力比べをする気は毛頭ない。自分の持っている武器を使って、相手の心を数秒揺らすこと。それが役割と認識していた。武器、すなわち少女の姿と全知王を揺らした言葉。案の定、衛兵の構えに、迷いが生まれる。
その時、鈍い金属音が響いた。ショーリが剣の衛兵を転倒させ、その頭を地面に叩きつけた音だ。槍の衛兵はとっさに視線をそちらに向ける。
ショーリは舌打ちする。手ごたえが、薄い。まだ剣の衛兵は落ちてない。このままでは、その意識を奪っている間に槍の衛兵が迫ってくる。
(考えても仕方ねえ、今はこっちだ)
ショーリは衛兵の首を腕で圧する。
剣の衛兵の意識が落ちていないことに気付いたみっこも、次の言葉を選ぶ。あと数秒を稼ぐ言葉。
「危ない!兵士さん、後ろ!」
その言葉に彼は思わず振り返る。後ろは地下水路の入口であり、そこは閉ざされており、つまり彼の後ろから何者かがやってくるはずはないのに。彼には、余計な思考を削ぎ落とし目的のみに集中する経験が足りなかった。
誰もいない、騙された、やはりこの少女は賊!——衛兵がやっと自身の対応を決めた時。強烈な衝撃がその甲に走り、握っていた槍が地面に転がる。攻撃は、彼の意識から抜けていたもう一人の少女から放たれたスリングの一撃だった。
慌てて槍を拾おうとする衛兵の希望を砕くように、みっこの足が槍を遠くに蹴飛ばす。
「いやはや……やっぱお前ら大したタマだよ」
泣きそうな顔をした衛兵が最後に聞いたのは、心底愉快そうな男の声だった。
そして、数分を経て。
「これでよし、と」
ショーリに縛られた二人の衛兵がみっこの目の前に転がっている。槍の方は特に傷は負ってないが、剣の方は頭を打ち付けた上に絞め落とされている。みっこは城でなにこれと気を遣ってくれた別の衛兵を思い出し、居心地の悪いものを感じた。
「うーむ、速すぎて何が何やらわからなかったが……こりゃ派手にやったの」
リンゴがみっこのポケットから恐る恐る顔を出す。なんだかすごくほっとしてしまい、みっこは少し壁にもたれた。
「ねえ、リンゴ、剣の衛兵はこのまま放っておいて大丈夫かな?」
「わしゃ医者じゃないからのう。かといって衛兵の所に連れてくわけにもいかん」
二人のやりとりに、やれやれとばかりにショーリが返す。
「防具無しに頭を打ち付けたわけじゃあない。それに俺の絞め落としは立ち眩みのように気持ちよく意識が飛ぶと評判だぜ?必要以上には傷ついてはいねえよ。だろ?お嬢」
少しむっとしながらカッコが答える。
「さっき頭を調べたけどたんこぶが出来ているくらいでした。当然、打ちどころ等もあるし断言はできないけれど、とりあえずは大丈夫かと」
そう言いながらカッコは落ちていた槍におもむろに手を伸ばし、掴んだと思うと勢いよく突き出す。動き出しこそ槍の重さに引きずられていたが、十分に鋭い突きが空を薙ぐ。
「二人共大したもんだと思ったが――特にこっちのお嬢には驚かされるな。さっきの投石にしてもこの槍さばきにしても、一朝一夕で身につくもんじゃねえ。あんた、どこで身に着けた?」
地下水路の入口に仕掛けられた鍵の解除をしながら尋ねるショーリ。
「お嬢でもあんた、でもなくカッコと呼んで欲しいです。ショージさん」
「ショーリだ、頭に豆腐詰まってんのか」
「カッコと呼んでくれたら、脳みそに詰め替えますわ」
二人のやり取りに、みっこは思わず吹き出しそうになる。
「でも、本当にすごかったね。あんな紐のついた皮を振り回すだけでまるで鉄砲みたいな威力だった。今の突きだって……」
カッコはうふふと微笑んだ。
「投石は――城の空き時間でずっと練習していたの。なにか役に立つものを身に着けようと思って。正直、手に当たったのはまぐれ。槍は――なんだろう。見ていたら使い方を知ってる気がしたから……でも私が使うには少し重たそう」
その時、ガシャという音と共に地下水路への扉があいた。
「さて、気になるっちゃあ気になるが、まずはこの都を離れることが優先だ。早く入んな」
出口のわからない、暗い空間。入口は狭い。みっこはカッコの表情を覗き込む。
「大丈夫。行きましょう」
そう言って扉を潜ろうとするカッコの手を、みっこはしっかりと掴んだ。その手は、冷たく、小刻みに震えている。
「この水路は必ず外に繋がってる。あの糞ったれな亀に、目にもの言わせてあげましょ」
カッコはゆっくり微笑むと、大きく頷いた。
そうして三人の姿が地下水路に消えて、しばらく後。路地から幾つかの人影が現れた。
「思いがけない組み合わせでしたね。あれが例の少女ですか」
「ええ、立派になられた。詳しい事情はわかりませんが――彼女達には是非頑張って貰いたいものです」
「では、いかが致します?ショーリの方は。追うのをやめますか?」
「まさか!我々は何のために王都までやって来ているのです?捕まえますよ。力ずくでもね。皆さんは半分はこちらの入口を。半分は水路の出口で待ちなさい」
「了解、所長はどちらへ?」
「私は、水路の中に入りますよ。昔何度か通ったことがある。追いつけるでしょう。中でケリを付けられれば付けてきます。何しろ彼は――」
所長と呼ばれた燕尾服の男が、月のように冷たい声で呟いた。
「諦めが、足りませぬ」
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