【超・残酷古典】ウィリアム・シェイクスピア「タイタス・アンドロニカス」

タイタス・アンドロニカス(新潮社)

ウィリアム・シェイクスピア (著), 福田 恆存 (翻訳)

発売日 ‏ : ‎ 2016/6/17



 シェイクスピアのなかでもいわくつきの作品がある。それが「タイタス・アンドロニカス」である。

 この戯曲作品、あまりにも血なまぐさいのである。

 観客には、人質の五体を刻み、積み上げた薪の上にくべて生贄とする光景を想像させ、また、強姦された少女の手が切り落とされ、舌が抜き取られた様を見せつける。

 古典文学とあなどるなかれ。そこには、人間の残酷なありようが浮き彫りにされているのだ。


 舞台は古代ローマ。兄サターナイナスと弟バシェイナスが皇帝の座を巡って睨みを利かせあっているところに、蛮族ゴート人に勝利を収めた英雄タイタス・アンドロニカスが帰還する。その傍には息子たちが、そして捕虜のゴート人たちがいた。

 民衆の圧倒的な人気を集めるタイタスに支持されて、サターナイナスは皇帝の座につくことになる。


 戦争で命を失った息子たちの霊を慰めるため、長男ルーシシアスは、捕虜の女王タマラの息子の五体を刻み、火にくべて神の生贄にすることを提案し、タイタスは了解する。

 タマラは、息子へのあまりにも酷い仕打ちに対し、慈悲を請うが、タイタスは受け入れない。そして、このことが後に悲劇を巻き起こす。


 権力を手にしたサターナイナスは、タイタスの美しい娘・ラヴィニアを妻として求める。しかし、ラヴィニアは皇帝の弟バシェイナスとすでに恋人の仲であった。

 サターナイナスの横暴に対し、タイタスの息子たちのなかからはこれに意を唱えるものが出てくる。サターナイナスはこれをタイタスの責任ととらえ、敵視しはじめる。また、タイタスと息子たちの間にも亀裂が走る。


 その場を平定したのは、意外にも捕虜の女王タマラであった。タマラは、その美しさでサターナイナスに取り入り、言葉巧みにラヴィニアを諦めさせる。そして、自分が皇后の地位についてしまう.

 もちろん、タマラがタイタスに復讐を企てているのは間違いない。タマラは情夫のムーア人・エアロンと共謀して、タイタスを血なま臭い破滅に追いやろうとするのだった。


 まぎれもなくバイオレンス作品である。バイオレンスの始祖と断言してしまってもいい。衝撃的なラストを見て、うっすらアタマをよぎるのは海外ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』――そういや、こういうシーンがあったなと。

 外道な生き方をすれば、外道な死に方をするのを覚悟せよ。そう語りかけてくるかのようである。もとはタイタス側が残酷な生贄をはじめたことが、悲劇の引き金になったわけだけれど、タイタスに悪意はない。そういう文化に生きていたからである。すると、この悲劇は起こるべくして起こったことになる。

 およそ430年の時を越えて我々に語りかけてくるのは、暴力のむなしさである。だが、ウクライナやガザから届いてくる悲劇を耳にするに、我々のすがたは何百年も変わってはいない。そのことにうなだれてしまうのである。 


 残酷さもさることながら、新潮社の電子版・福田恆存ふくだつねあり訳をお読みになる際は、別の意味で注意が必要である。値段は低価格に設定されているのだが、文体が旧仮名遣いになっているのだ。これは読み解くのに苦労を要した。お読みになる際は、ちくま文庫から出ている松岡和子訳のほうをおすすめする。

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