魔王逃亡

@okogedes

第1話「魔王逃亡」

 今、世界中の人類は奮闘していた。


 魔王軍の衰退により、以前よりも王国軍は勢力を伸ばしていた。


 王国騎士団は全勢力を尽くしてでも、今まで日常を脅かせていた魔王軍を命懸けで討伐しに向かった。


 そして魔王は死んだ。それは一瞬のことだった。魔王城にて英雄エドワードが魔王の首を取ったのだ。決して容易いものでもない。魔王の本気により亡くなった命も大きかった。しかし、エドワードはまさに漫画のラスボスを倒した時のような奮闘振りを見せ、ついにこの世界に平和が訪れた。


 その時は世界中がお祭り騒ぎだった。街は虹色の旗で色鮮やかに飾られて、トランペットの音色が響いていた。


 一方その頃、魔王の子は逆に怯える日々が続いていた。それが「シャルル・ブラック。」貧弱で、屈強な立ち姿の憧れる今は亡き父とは真逆の存在で、いつも森の鴉と平和に遊んでいた。


 そんなシャルルも父である魔王が殺されてしまえばその平和な日々も失われてしまう。まるで立場が逆転したように、シャルルは多額の懸賞金が賭けられて、日々追いかけられる毎日だった。


 それから数日の日々を経て…


 「やっぱり昨日食材買ってけば良かった…」


 山奥の白鳥が群れているとある湖の辺境に佇む一軒の小屋に、青髪の目立つ男がいた。


 鮮やかな山岳の下で、その男は一人静かに暮らしていた。唯一話す機会があるとすれば食材を求めて街に降りてくるときくらいである。


 彼の名前は「スラム・ブルーダム。」透き通った瞳と澄んだ顔立ちが特徴的な二十代半ばの男だ。色白で、目の下にはギザギザとした傷跡がある。


 スラムはしかも左腕がなかった。なぜ左腕がないのかは少し過去を遡るが、それはまた別の話。


 スラムが一人、木こりをしながら汗を流していると、森の中から人影が見えた。


 スラムは猪か何かかと思ってあまり意識はしていなかったが、森からでてきたとあるものに対してスラムは驚いた。


 「あ、その、僕を殺さないで…!」


 森から出てきて焦った様子で目を隠す、金髪の少年がそこには佇んでいた。


 「え、そんなに俺人殺しみたいに見える?」スラムは困った表情をして、その金髪の少年を見つめた。


 金髪の少年はじーっとスラムのことをしばらく見つめると、木の後ろに隠れて様子をうかがっていた。


 「僕が誰か知らないの?」やっと喋りだした少年はその言葉を並べて木の後ろから出てきた。少しまだ警戒はしているようだが、最初見た時よりかは焦りが落ち着いていた。


 「まあ、ずっと山奥に籠もってたし、お前が有名人だろうと俺は知らないけどな。」スラムはそう言って切り株に腰を掛けた。


 「はぁ…」少年は安堵のため息をすると、スラムの前に立ちふさがった。


 「そ、その、すごい失礼な事を言うかもしれないんだけど、僕を守ってくれないかな?」少年は真剣な眼差しでスラムのことを見つめるが、スラムはアホ面をしていた。


 「守れって、俺が何者かも分かってないだろうし、俺だってお前が何者か分かってないのに守れって、流石にに無茶あるけど。」スラムの言うことはそのまんまで、スラムとこの少年は今初めて会った仲だった。


 「そうだよね。僕のことを知って絶対に殺さないって誓う?」少年はまた怯えている様子だった。「まあすぐには殺さないよ。てか、俺殺せるほど強くないし…今は…。」スラムの言葉に落ち着いたのか少年は息を呑んだ。


 「ぼ、ぼく…魔王の子供なんだよね。」少年の言葉にその場は凍りついた。スラムは持っていた斧を地面に落として、少年は心配そうに、また木の裏に隠れた。


 「は、はは…冗談は良くないぜ?」スラムはそう言って斧を持ち直した。少し警戒するピリついた空気が漂っていた。


 「冗談じゃないんだよ…僕は魔王ラドグリフの正真正銘の血が繋がった子供さ。誇ることじゃないし、僕は君を襲いたいわけじゃないんだよ。ただ、生きていたい。」少年は震える足を押さえて堂々と立っていた。その姿は勇敢だった。


 スラムは少しの間、身構えしていたが斧をそこら辺に投げ捨てて立ち上がった。


 「信じずとも、信じても、俺はお前を殺さない。てか、俺には殺せるほどの力がない。でも、守るのは無理な話だ。守れるほどの力、持ってないしな。」スラムは歩きながらしゃべった。そして少年の肩に手を置いた。


 少年は少し涙目になっていた。スラムは少し申し訳なく思ったのか、とりあえず家に引き入れることにした。


 「それにしても魔王の子どもが今目の前にいるとはな。てか、魔王は死んだんじゃなかったっけ?」スラムがそう言うとコクリと少年は頷いた。「あ、一応親父だもんな。悪かった今のは。」少年は首を横に振った。「慣れっこだよ。僕は生まれた時から悪側だし。」スラムは少年にコーヒーを出した。「コーヒーは好きか?」少年は首を横に振った。「正直もんだな。」スラムは笑いながら言った。少年は静かに座っていた。


 「お前がどれだけ可愛そうだからって、俺にはお前を守る権利も義務もない。そりゃ、仕方ないことだろ?」スラムは少年に真剣に話した。「でもな、流石に俺にも慈悲はある。いくら魔王の子だからって子供にまで責任はないし…ってことで、俺がお前のこと守ってくれるやつ探してやるよ。もちろん自分でも探せよ?これはあくまで手伝うだけだ。」スラムは誇らしげに、笑いながら言った。少年の目には涙が浮かんでいた。


 「おいおい、泣くなよ。何が気に食わなかった?」少年はまたまた首を横に振った。「嬉しいんだよ。僕、こんなに優しくしてもらったことはない。」スラムは少し照れた。


 「とりあえず、お前は魔王の子ってバレたらおしまいだ。俺はただの山奥に住む兄ちゃんだからよ。戦闘はできるだけ避けたい。だからお前と俺は兄弟っていう設定で、とりあえず街に潜るか。」


 少年は納得した。スラムは少し気まずさを抱えながらコーヒーを無理やり飲み込んだ。苦い表情をしながらもスラムにできるだけ尽くしたいという少年なりの想いだった。


 「よぉし!てか、お前の名前聞いてなかったけど、なんて言うんだ?」スラムはコーヒーを平らげて聞いた。「シャルル・ブラックだよ。」スラムは頷いた。「いい名前じゃんか。」シャルルは少し顔を赤くした。


 「とりあえず今日は休もう。明日からの旅に備えてな。心配かもだけど、俺なりに守っから。てか、俺魔法学園の学生時代は結構足速かったんだぜ?今は分からないけど。」スラムはそう言ってコーヒーカップを洗いに行った。


 シャルルはずっと山奥を見ていた。こんなに綺麗で色鮮やかな山岳を並ぶ姿を見たことがないのだ。魔王城付近は枯れ木で満ちていて、暗い霧で満ちていた。シャルルは人間界に来てから少し心に余裕が空いていた。これから始まる、長い旅の予兆も知らずに………

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