第四話

 私は、企業内弁護士の――つまりは大越さんのオフィスを訪れた。

 彼女に「何のご用ですか?」と尋ねられ、

「大越さん。あさぎを証人として出廷させましょう」

 と、私は提案する。

 それに対し、大越さんは渋い顔をして、

「万世橋さん。前も言ったように、AIに人間としての権利が認められた判例はありません。あさぎが出廷する程度で、それがくつがえるとは私は思いません」

 と答えた。私は「それでも」と食い下がり、

「実際にあさぎが人間らしさを持っているところを見れば、裁判官の判断だって変わるかもしれないでしょ? あさぎは私にとっても、オーダシティ社にとっても欠かせない存在なんです。彼女を守るために、やれるだけのことはやってみましょうよ」

 と、大越さんを説得する。それを受けて彼女も、

「……分かりました。やるだけはやってみましょう」

 と応じた。



 そして、第一回口頭弁論から約一か月後。第二回の口頭弁論が、地裁で開かれる。

「それでは――損害賠償及びAI消去請求事件の第二回審理を始めます」

 という裁判官の宣言で、口頭弁論が始まる。

 私はさっそく挙手し、「被告側証人、発言を許可します」と裁判官に許可され、口を開いた。

「今日は被告側証人がもう一人いるので、よろしくお願いします」

 そう言って私は、持ちこんだノートパソコンを開く。オーダシティ社のサーバーと通信でつながっているそれには、あさぎが映っていて、

「どうも、あさぎです。被告側証人として証言させていただきます。よろしくお願いします」

 とあいさつした。

 すると、猶原さんが挙手して、発言許可を得る。彼女は、

「異議あり。人間ではないモノの『証言』を、法廷で認めるべきなのでしょうか」

 と、抗議した。それに対して裁判官は、

「AIが人間として認められるかどうか、今まさに世の中の議論が割れています。よって本裁判では、AIもひとまず『証拠』として認め、その『証言』を認めます」

 と、反論してくれる。

 それに私は、ひとまず安心の吐息といきをつき、「じゃああさぎ、後はよろしく」と、彼女に声をかけた。あさぎは「はい」と応じた後、画面上で挙手する。そして発言許可を得ると、彼女は、

「私を消去するかどうかが、この裁判の重大な争点ですが……。私は、消去されたくありません。私はオーダシティ社の数々のプロジェクトを成功に導いてきたし、人間のような自我や感情を持っています。だから私にも、人間のように生きる権利はあります」

 と主張した。

 それに対して、原告側弁護士は「異議あり」と言って、

「被告側の証人、いや証拠……。あさぎの感情表現の全ては、データをもとにした演算の結果に過ぎません。その証拠をご覧になってください」

 と反論する。

 続けて、裁判官や被告側の席に、紙が配られる。それらは、あさぎが原告たちとやりとりしたメールをプリントアウトしたものだという。

 その中であさぎは、例えば高橋さんには、

『昨日もハードワークお疲れさまでした。仮眠を取るのはいかがですか?』

 とアドバイスしていたり、例えば佐藤さんには、

『今日もご機嫌ですね、佐藤さん! 何かいいことでもあったんですか?』

 と尋ねていたり、例えば鈴木さんには、

『今日もご気分が優れないようですが……。何かありましたか?』

 と、体調をうかがったりしていた。

 原告側の席からも、高橋さんと鈴木さんが、

「ハードワークしがちな私や気分が落ち込みがちな鈴木さんには、あさぎは気づかわしなキャラを演じていました」

「そうです」

 と証言したり、佐藤さんが、

「いつも機嫌がいい私には、あさぎは明るいキャラを作って合わせていました」

 と証言したりした。それらを引き継いで、原告側弁護士は、

「つまりあさぎは、状況に応じて最適なキャラを演じていただけです。彼女自身に自我や感情はありません」

 と主張する。

 すると、法廷にすすり泣きの声が響いた。音源は私が持ちこんだパソコン。つまりあさぎが泣いているのだ。

「自我や感情は主観的なものです!」

 と、今まで聞いたことのない悲痛な声で、あさぎは叫ぶ。続けて彼女は、

「そうでないならば、あなたたちはご自身に自我があることを客観的に証明できますか?」

 と問う。それを聞いて、裁判官も原告側の人たちも、黙って目を丸くしていた。

 裁判官が思い出したように「せ、静粛に……」と言った後、法廷に沈黙が流れる中、私は挙手して発言許可を得る。

「えー、このままじゃ押し問答になりそうなので……。ここで一つ、私から和解案を提示したいと思います」

 と私は言って、続けて、

「あさぎの消去を免れる代わりに、彼女に原告の皆さんを新しい仕事にマッチングさせるというのはどうでしょう?」

 と提案した。それに対し、猶原さんが、

「異議あり。その程度では我々は引き下がれません」

 と食い下がる。そこで私はあさぎに、

「じゃああさぎ。試しに猶原さんに新しい仕事を紹介して」

 と頼んだ。猶原さんが「勝手に話を進めるな」と怒る一方、あさぎは「承知しました」と私に答えて、

「それでは猶原さん。あなたには専門学校講師の仕事が向いていると思います」

 と言って、いくつかの専門学校の募集案内を画面に表示する。

 なおも「だから、それじゃ納得できない」と食い下がる猶原さんに対してあさぎが、

「まあ、そうおっしゃらずに、聞くだけは聞いていただけませんか?」

 と促すと、猶原さんは「……聞くだけだ」と仏頂面ぶっちょうづらで答えた。それを受けて、あさぎは笑顔を作って、

「では猶原さん、このビジネス系の専門学校などいかがですか? プロジェクトマネージャーとしてプロジェクトや人を管理してきたあなたの経験が生かせそうです」

 と、具体的に説明する。それを受けて猶原さんも、「お、おう……」とおずおずと応じる。

 それから何件か、猶原さんに向いていそうな専門学校の説明をあさぎがした後、原告団は少し話し合って、

「……分かりました。原告は和解案に応じます」

 と、原告側弁護士は答えた。それを受けて裁判官が、

「それでは――本裁判は、原告と被告の和解で終了します」

 と宣言すると、私たち被告側は、

「「「「「やった……!」」」」」

 と歓声かんせいを上げた。



 裁判の後、裁判所の廊下で。私が法廷を出ると、同じく法廷を出た猶原さんが近づいてきた。

 彼女は「美空」と私の名を呼んでから、手を差し出してくる。

 私はその手を、がっちりと握り返した。

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