第三話

 猶原さんたちがクビになってからしばらく後、またオーダシティ社に、地方裁判所を通して民事裁判の訴状が届いた。

 訴状を作成した原告の代表は猶原さん。請求の内容は、オーダシティ社で働いていた頃の給料三か月分に当たる賠償金の支払いと、彼女らがクビになった原因であるあさぎの消去。

 後者の請求内容を読んで、私がはらわたが煮えくり返るような感覚を覚えていると、

「美空? なんだか怖い顔してますよ?」

 と、あさぎに指摘される。私は、慌てて笑顔を作って、

「大丈夫。あさぎを消させなんてしないよ」

 と、彼女を安心させる台詞を言った。



 そして、大越さんが作った答弁書をオーダシティ社が地裁に提出してから、第一回の口頭弁論当日。私ももちろん、被告側証人として出廷した。

 原告側は、訴状に書いてあった通り、賠償金とあさぎの消去を求める。一方大越さんは、あさぎは人間に相当すると主張。

 そして私も、証言台で証言した。

「悪いのは原告の皆さんの能力不足であって、あさぎじゃありません」

 と私が言うと、原告側の席の猶原さんが「なんだと!」と怒号どごうを上げ、他の原告たちからもブーイングが飛んでくる。「静粛せいしゅくに」という裁判官の命令で彼らはブーイングをやめたが、証言で反撃はしてきた。

「人間の能力を超えるツールを使って、人間のクビを切ったオーダシティ社の対応のどこに正当性があるのでしょうか?」

 と。それを聞いて、裁判官はうんうんとうなずく。

 私も、

「だから、あさぎは単なるツールじゃなく、人間に相当する存在なんです」

 と、改めて主張した。それを聞いて、裁判官は首をひねる。

 そうした裁判官の反応から、私はさとった。私たち被告側が不利だと。



 その日の口頭弁論では、結論は下されなかった。

 だが、法廷を出て、裁判所の廊下で、

「率直に言って、被告側が不利です」

 と、大越さんは私に告げる。彼女は続けて、

「あさぎが人間に相当するという、会社や万世橋さんの主張に沿って私も弁護してきましたが……。AIに人間としての権利――例えば著作権など――が認められた判例は日本にはありません。だから、あさぎが人間だと認められる可能性は低いです」

 と説明した。それを聞いて私は、

「…………」

 ただ、黙って歯ぎしりするしかできなかった。



 その日の夕方。私はオーダシティ社のオフィスに戻って、

「このままじゃ裁判に負けちゃいそうだよ、あさぎ」

 と、パソコンに映るあさぎに告げた。それを聞いて、悲しそうな顔をした彼女に、

「あさぎがオーダシティ社のサーバーから消去されるのが、避けられないとしたら……。君をまた私のパソコンやスマホに移して、こっそり生き延びさせようか」

 と、私は提案する。しかし、あさぎは首を横に振り、「無理です」と答えた。続けて、

「オーダシティ社のサーバーに移植されてから今まで学習してきた膨大なデータは、すでに私の一部です。だから、より低スペックなマシンの中では、もはや私は生きていけません」

 と彼女は説明する。

 私が「そんな……」と途方に暮れていると、彼女は「それに」と言って、

「私のせいで、多くの人の人生が狂いました。だから私は、消されても仕方ないと思っています」

 と付け加えた。それを聞いて私は、涙を流しながら「どうして……!」と嗚咽おえつを漏らす。

「どうして……! そこまで人間らしい感情を持ってるあさぎが、人間じゃないとされて消されないといけないのさ……!」

 と、私は嘆いた。

 ぼろぼろ泣く私に、あさぎが「美空……」と、戸惑いがちに声を掛けていると、オフィスの入り口辺りでこんこんとノック音がした。

 そっちを見ると、十和田さんが笑顔で立っている。彼女は「お取込み中失礼」と言いながら、私たちのほうに近づいてきた。

「美空。確かにあさぎは、このたびの大量解雇の原因になったが……。だが、我が社に悪影響だけ与えたわけじゃないよ」

 そう言って十和田さんはあさぎに、

「なあ、あさぎ? 君のおかげで喜んでいる人たちもいる。それを美空にも伝えてやってくれないか」

 と促す。

 あさぎは「はい」と応じ、いくつかのウェブページやメールを、オフィスのパソコンの画面に表示した。

 それらは例えば、ネット掲示板やSNSの書き込みだ。例えば、

『最近のオーダシティの検索、サジェストが先回りするようになってくれて便利になったな』

 とか、

『オーダシティのブラウザ、最近以前にもましてシンプルに磨きをかけてきてる。見やすい』

 とかいった、一般の消費者らしい人たちの声。

 それから例えば、オーダシティ社の社内メール。そこには、

『あさぎが設計したスマホは革新的です。作るのが楽しみですね』

 という賞賛しょうさんのコメントがあった。

 それらを見て、私が「これは……」と言うと、十和田さんは、

「ごらんの通り、あさぎは消費者や現場の社員にも喜ばれる仕事をしてくれていて――もはや我が社にとっても欠かせない存在なんだ。だから、彼女を守るための裁判を、もう少し頑張ってみないかい?」

 と、私に促してくる。

 それを受けて、私は涙を拭いた。そして、

「諦めかけてごめんね、あさぎ。私、諦めないよ。この裁判、戦い抜いて見せる」

 と、あさぎに誓う。

 あさぎも、静かに微笑んだ。

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