第1-4 交錯する視線

 灰色の雲が空を覆い、冷たい風がノクターナ帝国の城内を吹き抜けていた。評議会が終わった翌日、レオンは自室で古代文字の研究に没頭していた。彼の部屋は質素でありながら、壁一面に書物が並び、その中には希少な古代の文献も含まれている。


(昨日の評議会は疲れたな。これから試練が始まるというのに、面倒なことになりそうだ)


 レオンは机に広げた書物に目を落としながら、静かにため息をついた。彼の瞳は深い青色で、その中には知性と静かな情熱が宿っている。


 その時、ドアが軽くノックされた。


「どうぞ」


 レオンが答えると、扉が静かに開き、リリスが顔を覗かせた。彼女は長い黒髪を揺らしながら、微笑を浮かべている。


「レオン様、お邪魔ではありませんか?」


「いや、大丈夫だよ、リリス」


 彼女は部屋に入ると、手に持っていた銀のトレイをテーブルに置いた。トレイの上には温かな紅茶と小さな菓子が並べられている。


「少しお疲れのご様子でしたので、差し入れを持ってまいりましたわ」


「ありがとう。気が利くな」


 レオンは感謝の意を込めて微笑んだ。リリスは彼の向かいに座り、静かに紅茶を注いだ。


「試練が始まる前に、少しでもお休みになられてはいかがでしょうか?」


「まあ、そうだな。少し休憩するよ」


 彼はカップを手に取り、香りを楽しむように目を閉じた。リリスはその様子を満足げに見つめている。


(レオン様のお役に立てるなら、何でもいたしますわ)


 彼女の瞳には深い愛情と何か秘めた感情が浮かんでいた。


 その時、再びドアがノックされた。


「どうぞ」


 レオンが答えると、今度はセリーナが現れた。彼女は淡い青色のドレスに身を包み、その姿は清楚で美しかった。


「レオン、少し話せるかしら?」


「セリーナか。もちろん、入ってくれ」


 彼女が部屋に入ると、リリスは微かに眉をひそめた。


「まあ、セリーナさん。ご機嫌よう」


「リリスさんもいらっしゃったのね」


 セリーナは穏やかな微笑を浮かべながらも、その瞳はリリスを静かに見つめていた。


「ちょうどお茶を用意したところです。セリーナさんもいかがですか?」


 リリスは一見友好的に誘いかけたが、その声には微かな緊張感が漂っていた。


「ありがとう。では、ご一緒させていただくわ」


 セリーナは席に着き、リリスが注いだ紅茶に手を伸ばした。


「試練が始まる前に、レオンに伝えておきたいことがあって」


「何だい?」


 レオンはカップを置き、彼女に視線を向けた。セリーナは一瞬言葉を選ぶように間を置いた。


「準備は順調かしら? 試練では様々な困難が予想されるわ」


「まあ、ぼちぼちだよ。何とかなるさ」


 彼は肩をすくめて答えた。その様子にセリーナは微笑を浮かべた。


「あなたらしいわね。でも、油断は禁物よ」


「分かってるよ。ありがとう」


 リリスは二人のやり取りを静かに聞いていたが、内心では穏やかではなかった。


(セリーナさん、何を企んでいるのかしら。レオン様に近づくなんて)


 彼女はカップを持つ手に力が入るのを感じ、深呼吸して気持ちを落ち着かせた。


「レオン様、もしよろしければ今夜はお食事をご一緒にいかがでしょうか? 特別なお料理を用意させていただきますわ」


 リリスは甘い声で提案した。レオンは少し驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔になった。


「それはありがたいな。楽しみにしているよ」


「まあ、素敵。私もご一緒してもよろしいかしら?」


 セリーナが自然な流れで言葉を挟んだ。リリスは一瞬瞳を細めたが、すぐに笑顔を作った。


「もちろんですわ、セリーナさん。皆でお食事するのも楽しいですものね」


(邪魔をしないでほしいものだわ)


 リリスは心の中で呟いたが、その表情には出さなかった。


「では、今夜は三人で食事ということで」


 レオンは二人の間に立って、話をまとめた。


「楽しみにしていますわ、レオン様」


 リリスは微笑みながらも、セリーナに対して無言の圧力をかけていた。


 その後、セリーナは立ち上がった。


「それでは、私はこれで失礼するわ。また後でね」


「わざわざありがとう、セリーナ」


 彼女が部屋を出ると、リリスは静かに息を吐いた。


「セリーナさんもお忙しいのに、わざわざ来てくださるなんて」


「まあ、彼女なりに心配してくれているんだろう」


 レオンは再び書物に目を落とした。リリスは彼の横顔を見つめながら、思考を巡らせていた。


(セリーナさん、何が目的なのかしら。レオン様に近づくなんて許せない)


 その夜、レオンの部屋には豪華な食事が用意されていた。大きなテーブルには色とりどりの料理が並び、その香りが部屋を満たしている。


「すごいな、リリス。こんなにたくさん用意してくれたのか」


「レオン様のためですもの。お口に合うと良いのですが」


 彼女は嬉しそうに微笑んだ。その時、ノックの音がし、セリーナが現れた。


「お待たせしてごめんなさい。少し準備に手間取ってしまって」


「いや、ちょうど始めるところだよ。入ってくれ」


 レオンは彼女を招き入れた。セリーナは淡い色のドレスに着替えており、その姿は一層美しかった。


「まあ、セリーナさん、とてもお似合いですわね」


 リリスは笑顔で褒めたが、その目には警戒の色が見え隠れしていた。


「ありがとう、リリスさん。あなたもとても素敵よ」


 二人の間には微妙な緊張感が漂っていたが、レオンはそれに気づく様子もなく、席に着いた。


「さあ、せっかくだから乾杯しよう」


 彼はグラスを手に取り、二人に笑いかけた。


「そうですね。レオン様のご活躍を祈って」


 リリスがグラスを掲げると、セリーナもそれに倣った。


「あなたの成功を願っているわ、レオン」


 三人はグラスを軽く合わせ、それぞれに飲み物を口に含んだ。


 食事が進む中、リリスは積極的にレオンに話しかけた。


「レオン様、こちらのお料理はいかがですか?」


「ああ、とても美味しいよ。ありがとう」


「お気に召して嬉しいですわ」


 彼女は嬉しそうに微笑んだ。一方、セリーナは静かに食事を楽しみながら、時折レオンに質問を投げかけた。


「レオン、古代文字の研究は順調かしら?」


「まあ、少しずつだけど進んでいるよ。まだまだ謎が多いけどね」


「あなたならきっと解明できるわ。何か力になれることがあれば言ってちょうだい」


「ありがとう、セリーナ」


 そのやり取りに、リリスは微かに表情を曇らせた。


(セリーナさん、レオン様に近づきすぎよ)


 彼女は心の中で不満を抱えながらも、表情には出さずに微笑みを保っていた。


「レオン様、次の試練ではどのようなことが行われるのかしら?」


「詳しいことはまだ知らされていないけど、知力や武力を試されるらしい」


「まあ、大変ですわね。でも、レオン様ならきっと大丈夫ですわ」


 リリスは優しく励ました。セリーナも頷く。


「ええ、私もそう思うわ。あなたの力を信じている」


 二人の視線が一瞬交錯し、微かな火花が散った。


(リリスさん、あなたには負けないわ)


(セリーナさん、あなたこそ引き際をわきまえて)


 レオンは二人の間に流れる緊張感に気づかず、食事を楽しんでいた。


「どれも美味しいな。こんな豪華な食事は久しぶりだ」


「お喜びいただけて何よりですわ」


 リリスは満足げに微笑んだ。


 食事が終わりに近づくと、セリーナが立ち上がった。


「そろそろ失礼するわ。素敵な時間をありがとう、レオン」


「こちらこそ、来てくれてありがとう」


 彼女は軽くお辞儀をし、リリスにも微笑を向けた。


「リリスさん、素晴らしいお料理だったわ。またお話ししましょう」


「ええ、ぜひ。またお待ちしておりますわ」


 セリーナが部屋を出ると、リリスは小さく息を吐いた。


「セリーナさん、お忙しいのにわざわざ来てくださって」


「彼女も気遣ってくれているんだよ」


 レオンは立ち上がり、テーブルを片付け始めた。リリスは彼に近づき、そっと手を差し出した。


「私が片付けますわ。レオン様はお休みになってください」


「いや、手伝うよ。せっかく用意してくれたんだし」


 彼は微笑みながら皿を重ねた。リリスはその様子を見つめながら、心の中で静かに誓った。


(レオン様、私はあなたを誰にも渡しませんわ)


 彼女の瞳には深い決意が宿っていた。


 その夜、レオンはベッドに横になりながら、一日の出来事を思い返していた。


「二人とも、何だか妙だったな。でも、気のせいか」


 彼は静かに目を閉じ、深い眠りに落ちていった。


 一方、リリスは自室で窓の外を見つめていた。夜空には無数の星が輝き、静寂が広がっている。


「セリーナさん……」


 彼女は小さく呟き、手に持った小さなナイフを見つめた。その刃先に月明かりが反射して、冷たい光を放っている。


「邪魔はさせませんわ」


 彼女の言葉は風に乗って闇に溶けていった。


 同じ頃、セリーナもまた、自室で窓の外を見つめていた。彼女の瞳には複雑な感情が浮かんでいる。


「リリスさん……あなたの気持ちは分かるけれど」


 彼女は静かに目を閉じ、深呼吸をした。


「レオン、あなたを守るために私は何をすべきかしら」


 二人の女性の想いは交錯し、やがて試練の幕が上がろうとしていた。


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ご覧いただき、ありがとうございます。


20話まで作成しています。

それまでは、毎日投稿しますので、

よろしくお願いします。

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