気だる魔族は今日も働く

@jinguuji_ryuuga

プロローグ

 夕暮れの空が戦場跡を赤く染めていた。荒廃した大地には、戦いの傷跡が無数に刻まれている。魔族の四天王の一人、レオンは偵察で一人その地を歩いていた。戦闘後の状況把握は、自分で把握する方が確実だからだ。


「やれやれ、戦況は変わらず…か…」


 彼は肩にかかった銀色の髪をかき上げ、ため息をついた。普段は無気力で何事にも関心を示さない彼だが、その目は鋭く周囲を見渡していた。


 その時、遠くに数人の人影が見えた。人間族の装束を身にまとった兵士たち。その中心には、見覚えのある金色の髪と、その髪と対を成すような銀色の獅子が細工された髪飾りを刺した女性がいた。


「エリス……」


 レオンは小さく呟いた。アルベリア王国の王女、エリス。彼女とは幼少期に中立国ルミナス公国で出会い、互いに友情を育んだ。しかし、今では敵対する国の王女であり、立場上接触することは許されない。


(なぜこんな前線の場所に……警護も少ないようだが)


 彼の視線はエリスの隣に立つ女性に向けられた。鋭い眼光を持つ女性騎士、親衛隊長のサリア。今は親衛隊として王女の側にいるが、アルベリア王国の元将軍。のっぴきならない事情で親衛隊へ異動していた。


(これは厄介だな)


 レオンは物陰から様子を伺っていたが、サリアが彼の気配に気づいたようだった。


「誰かいる! 姿を現せ!」


 サリアは剣に手をかけ、周囲を警戒する。エリスも緊張した面持ちで辺りを見渡した。


「サリア、どうしたの?」


「エリス様、お下がりください。魔族の気配を感じます」


 レオンはため息をつき、ゆっくりと姿を現した。


「おいおい、そんなに殺気立つなよ」


「やはり魔族か! しかもその姿……まさか、四天王のレオン!」


 サリアの目が憎悪に燃え上がる。彼女は剣を抜き放ち、一気にレオンとの距離を詰めた。


「エリス様、下がってください! こいつは危険です!」


 エリスは驚きと戸惑いの表情を浮かべた。


「レオン……どうしてここに?」


「偵察任務だよ。まさかお前がいるとは思わなかったがな」


 サリアはエリスの前に立ちはだかり、剣を構えた。


「貴様ごときがエリス様に近づくことは許さん!」


「サリア、待って! 彼は――」


「エリス様、こいつは敵です! 四天王の一人を見逃すわけにはいきません!」


 サリアは容赦なく剣を振り下ろした。レオンは軽やかにそれを避け、反撃はしなかった。


「おいおい、俺は戦うつもりはないんだがな」


「黙れ! 家族の仇、ここで討たせてもらう!お前のせいで、私の弟は!!」


 彼女の攻撃は激しさを増し、レオンも徐々に追い詰められていく。


「サリア、やめて!」


 エリスは必死に叫んだが、サリアの耳には届かない。


(このままじゃ、面倒なことになるな)


 レオンは一瞬の隙をついて後退し、距離を取った。


「悪いが、今日は引かせてもらうぜ」


 彼はそう言い残し、その場から離脱した。


「待て、逃がすものか!」


 サリアが追いかけようとするが、エリスがその腕を掴んだ。


「お願い、やめて」


「エリス様、なぜ止めるのですか!?」


 エリスは悲しげな目でサリアを見つめた。


「彼は……私の大切な友人なの」


「友人……!? ですが、彼は魔族の四天王です!それに、そんな話聞いていませんよ」


「ごめんなさい…。それでも、彼を傷つけたくないの。サリア、お願い。ここは引いて。」


 サリアは困惑した表情を浮かべ、剣を収めた。


「今回だけです。任務も続行しなければいけませんので。」


 エリスはほっと胸を撫で下ろした。


「ありがとう、サリア」


 一方、遠くからその様子を見ていたレオンは、複雑な心境だった。


(エリスは俺のことを覚えていてくれたのか)


 彼は幼少期の思い出が蘇り、胸が暖かくなるのを感じた。しかし、立場上、簡単に接触することはできない。


「やっぱり面倒だな……だけど、また会えるかもしれないな」


 レオンは微かに笑みを浮かべ、偵察を続けるためその場を後にした。





 その夜、エリスは城の自室で窓の外を見つめていた。月明かりが彼女の金色の髪を照らし、幻想的な光景を作り出している。


「レオン……」


 彼女は小さく呟いた。


 エリスの胸には再会の喜びと、立場の違いによる苦悩が入り混じっていた。


 扉がノックされ、サリアが入ってきた。


「エリス様、ご気分はいかがですか?」


「ええ、大丈夫よ。サリア、先ほどはありがとう」


「ですが、私には理解できません。なぜ敵である彼を庇うのですか?」


 エリスは静かに答えた。


「彼は私の幼い頃の友人なの。それに、戦いを望んでいないのも感じたわ」


「しかし――」


「サリア、私は平和を望んでいるわ。魔族であっても、話し合えば分かり合えるはずよ」


 サリアは複雑な表情を浮かべた。


「エリス様がおっしゃることは理解できます。しかし、私の父は魔族に……」


 エリスは彼女の手を握り、真剣な眼差しで見つめた。


「あなたの悲しみも、憎しみも分かっているわ。だけど、憎しみの連鎖を断ち切らなければ、未来は変えられない」


 サリアはしばらく沈黙した後、静かにうなずいた。


「エリス様の信念を信じます。しかし、私はあなたを守るために全力を尽くします」


「ありがとう、サリア。これからも力を貸してね」


 二人は互いに微笑み合った。





 一方、レオンもまた星空を見上げていた。


「エリスは変わっていないな……いや、もっと強くなったか」


 彼は再会の喜びと、これからの困難を思い描いていた。


「面倒だけど、やるしかねぇか。あの時の約束のために」


 彼の中で新たな決意が芽生え始めていた。魔族の四天王として、そして一人の男として、エリスとの約束を果たすために。


 ――これは、運命に抗い、平和を望む魔王と王女の物語の序章である。

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