第46話 いつか終わる、この世界

「いつまでって……」


 僕は返答に詰まった。

 ずっといるよ、なんて、志穂に言えるはずもなかった。

 住宅街の公園から、落ち葉が風に吹かれて、僕たちのところまで転がってくる。カラカラと、虚しい音だけが僕たちの間を通り過ぎた。


「君は、現実が辛いんでしょ?」


 僕は無言のまま、俯いていた。彼女の顔を見ることさえ、できなかった。怖かった。それ以上、言わないで欲しかった。


「ずっとここにいるってことは、そういうことだよね」 


 僕は何か、弁解しようとした。

 学校が休校だとか、インフルエンザにかかって部屋から出られないとか、そんなことを話そうとした。でも、手が、口が、動かなかった。


「ねぇ、智也くん、話してよ」


 切実な志穂の声が、僕の脳に響いた。


「何があったのか。どうしてずっと、フィクションの中にいるのか──。辛いことがあったなら聞くよ、分かんないことがあったら相談にのるよ。だから──」


 ──話してよ。

 僕は顔を上げた。

 どうしてか志穂も、涙を流していた。

 志穂は手を伸ばして、僕の目許の涙を拭った。


「君は、何が辛いの?」


 ————————————————————————


 ふいに、僕の意識は現実に戻った。

 暗闇に浮かぶパソコンの液晶画面が、今までの物語を表示している。外からは蝉の鳴き声が聞こえ、もう夏が来るのかと僕は思う。

 書き始めてから、ずいぶん時が経った。高校生だった僕は、大学生になっていた。

 書き始めた頃は三カ月くらいで十万文字を書いて完結させ、新人賞に出すつもりだった。ブロットは適当に考えたけれど、最終的には主人公がきれいに物語の中で成長し、救われるはずだった。

 でも、もう、そんな話を書く自信はない。今までのストーリーを読み返しても、書きたいことがバラバラで、一貫性がないし、無駄な描写も多い。話の流れにも希望がない。

 書き始めた頃は、もっと、願いを込めた作品にしようと思っていた。

 僕は高校時代、友だちがいなかった。

 それを変えたくて、小説を書いた。人はいつでも変われるんだと、そういう願いを、作品の中だけでも叶えたかった。だから、主人公を一人ぼっちにした。


 ————————————————————————

 

 僕はありのままを話した。

 浅野がいじめられていたこと、文化祭で失敗したことが僕のせいになっていること、そして僕がいじめを受けるようになったこと。


「人間関係の全てが辛いんだ」


 心の奥に眠っていた言葉を、全て吐き出した。


「ただ普通に嫌われるのはいい。とても辛いけど、その人との距離を考え直すだけだから。でも一番辛いのは、裏で嫌われることなんだ。グループの中でとても仲良くしているように見えて、その人がいなくなると悪口を言う人を見ると、吐き気がしそうになる」


 僕の考えは幼稚なのかもしれない。

 でも、みんなをどうしているのか、考えても、考えても、分からなかった。


「どうすればいい? 僕はもう、わからないんだ」


 恥ずかしさと、情けなさが僕の中で渦を巻いていた。こんな姿、志穂に見せたくなかった。でも、そうする他に、どうしようもなかった。


 目を見れない僕に、志穂は微笑んだ。


「いいんだよ、それで。分からなかったら、聞いていいんだよ。困ったら、人に頼っていいの」


 そう言って志穂は、ゆっくりと僕を抱きしめた。


「ありがとう、話してくれて」

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