第42話 美しい物語

 志穂から、返信があった。

 殴られた頬の痛みを保冷剤で冷やしながら自室のパソコンを開くと、そこに彼女の言葉があった。液晶画面に浮かぶ、その文字が彼女の存在を示していた。


「智也くん」


 懐かしい声が、聞こえた気がした。

 屋上の汚れが着いた制服を脱ぎ捨て、部屋着に着替え、僕はパソコンに向かってキーボードを打ち続けた。暗い部屋のまま、僕は彼女と話をした。


「ごめんね、返事できなくて」


 志穂の話によると、彼女は身体のコントロールを失ったのだそうだ。電池が切れた機械のように、動くことすらできなかったらしい。


「今は大丈夫なの?」

「うん。元通りだよ。どこにでも行ける」


 何が原因かは、分からなかった。ただ、また志穂と話すことができる。それだけで、僕は良かった。

 ここは、放課後の教室。

 志穂と僕以外に、誰もいない。


「どこか、遊びに行こう」

「え、今から?」

「いや?」

「全然いやじゃないけど。でも大丈夫なの?」

「大丈夫。──志穂は、どこか行きたいところある?」


 この世界は、とても自由だ。

 僕たちは、どこにでも行ける。


 * * *


「一回智也くんと来てみたかったんだよね」

「来てみたはいいけど、志穂乗れるの?」

「ジェットコースター系は無理だから、ファンシーなのに乗ろう」


 平日のテーマパークは、人ごみが少ない。

 土日に来ると一時間以上待たなくてはいけないアトラクションも、十分そこらで乗れる。


「ディズニーって、本当に物語の世界に入ったみたいに感じられるから好き」


 辺りは世界観が保たれ、確かに違う世界にいるような気分になる。


「はやくはやく! 行こうよ!」

「それ絶叫乗れる人の台詞だよ」


 仕方なく、僕は着いていく。

 志穂は絶叫系は無理だから、ただ小さな世界の中を進んでいくアトラクションや、シューティングゲームなどをした。あとチュロスを食べて、満足そうに笑った。

 園内を巡った。散策するだけでも、志穂は楽しそうだった。

 シンデレラ城の前で立ち止まり、志穂は振り返った。


「今日はありがとね。楽しかった」


 シンデレラ城は薄紫色の光でライトアップされていた。辺りに人おらず、僕たち二人きりだった。本当に物語の世界にいるみたいに、それは幻想的な光景だった。


「でも」


 彼女の顔が、薄紫の淡い色に染まっていた。


「生きているときに来れたら良かったね」


 何かを後悔するみたいに、彼女は寂しそうに言った。

 

 

 

 

 

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