第35話 被害者
それから僕と杉崎は、放課後、教室で話をすることが日課のようになった。他愛のないことを話して、日が落ちるまで教室にいた。それは仲の良い友だちとも言えたし、見る人によってはそれ以上の関係にも見えたかもしれない。
たまに遊びに誘われた日は、彼女の携帯に連絡を入れた。もちろん逆の場合もあって、一人で家に帰ることもあった。
誰かと深い関係になるのは、中学のとき以来だった。だから、少し、怖かった。
クラスでは受験勉強や、文化祭の準備などが盛んに行われ、賑やかなときと静かなときの落差が大きかった。僕は勉強を無理をしない程度(平均点はとれるよう)に頑張り、文化祭の準備は木材をみんなで買いに行ったりした。でも、そこに浅野はいなかった。
*
浅野に対するいじめは、日に日にエスカレートしていった。
遊びに誘わなかったり、笑いにならない暴言を吐いたり、理由もなく暴力を振るった。それを僕と山本は、ただ何も言わず見ていた。どうしたらいいか、分からなかった。グループ内の「いじめ」は、「いじり」と判断がつきにくい。仮に先生に相談しても、冗談だと思われるだけだろう。だから、僕は、見ていることしかできなかった。
いや、違う。単に、僕に勇気がなかっただけだ。
止めようと思えば、いくらでも止めることはできたはずだ。でも、どうしても声が出なかった。身体が動かなかった。今問題を起こしたら受験に関わるとか、次は僕がいじめられるかもしれないとか、結局僕の自己保身のためだった。
浅野は、それでも、助けを求めなかった。以前のように笑って、何事もないかのように振る舞った。
「浅野、パンかってきてよ。あとコーラも。腹減ってるから、早くしてな」
ある日浅野が、笠原に使われていた。
六つの席をくっつけた机で、山本が席を立とうとした。
「俺もついてくわ。買いたいもんあるし」
でも、それを笠原が止める。
「山本は座っとけよ。浅野に金渡せば買ってくれるから、なあ?」
「労力は少ないほうがいいだろ」
西野たちの声もあり、山本は仕方なく椅子に座る。それは山本らしくない行動に見えた。
その後、僕はトイレに行く、と言って席を立ち、浅野を追いかけた。
廊下を走る音に気づいたのか、彼が振り返る。
「智也、どした。なんか買ってきてほしいもんでもあるのか?」
取り繕ったように、浅野は言った。
「抜けよう、あのグループを」
僕は、ずっと考えていたことを言った。
いじめにあうなら、そこから離れればいい。浅野はクラスで嫌われているわけではないから、他のところに避難すればいい。
でもそんな僕の考えを、浅野は一瞬で切り捨てた。
「心配してくれるのはありがたいけどな、もうあと数ヶ月なんだ。これくらい大丈夫だ。それにおれはあのメンバーが好きなんだ。なんだかんだいって面白いしな」
「でも……」
僕には、返す言葉がなかった。
本人がいいと言っていることを否定してまで、説得する勇気がなかった。
「大丈夫だ。だから、早く戻れ。一緒にいると、智也にまで被害が出るから」
僕は何も言えず、頷くことしか、できなかった。
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