第29話 境界線
夏休みは飛ぶように過ぎていった。
海に行ってからも時々あのグループで遊んだり、約束通り石川を応援しにいった。個人的には杉崎の吹奏楽の演奏を聞いたり、志穂と遊びに出かけたりした。日に日に時間の感覚が変わり、時計の秒針がいつもより活動的に見えた。
「でもそれって、楽しかったってことでしょ?」
夏休みの最終日。
僕は志穂と公園で花火をしていた。
夏休みを振り返り、時計の秒針のことを伝えると志穂はそういった。
「きっと間に合ったんだよ」
花火はスーパーで買った大入り袋だった。僕はスタンダードな手持ち花火に火をつけた。高温になった火薬が、勢いよく先から出る。
「うん、楽しかったんだと思う」
暗闇に浮かぶ花火が、僕たちの顔を少しだけ照らす。
「よかった……本当に、智也くんが楽しそうでよかったよ」
「志穂はどうだった?」
「うん。私も色々、高校生らしいところに行けたし、とっても楽しかった」
夏が終わることに寂しさを感じたのは、志穂が生きているとき以来だった。その寂しさがあることが心から嬉しかった。
手持ち花火が終わると次はねずみ花火をした。追いかけてくるねずみ花火に志穂が驚いて、火をつけた僕をなじった。それからは安全にやろうということになり、置いて火花が出るやつや、火をつけると燃えかすが蛇みたいになるやつをやった。少し退屈だったけれど、志穂は喜んでいるみたいだった。
線香花火は最後でしょ、と志穂がいうので、トリの前に打ち上げ花火をやることになった。導火線に火をつけると、じりじりと火が火薬に迫っていき着火すると、一気に空に打ちあがった。小さな花火が、パンという音をたてて空に浮かんだ。
「やっぱり、花火大会に比べると小さいね」
志穂はそう呟いて、余韻のあと、線香花火を僕に渡した。
「これで、夏は終わりだよ」
「そうだね」
受け取った線香花火を、せーので、二人同時に火をつける。火球はパチパチと全方位に火を散らして少しずつ大きくなる。
「線香花火ってなんか儚いよね」
「どういうとこが?」
「ほら、人生みたいで」
同じようなことを、誰かから聞いたことがあるような気がして、僕は少し笑った。
線香花火は、まだ燃えている。
その間しばらくの沈黙が、僕たちを覆った。それは線香花火の儚さのおかげかもしれないし、僕が少し緊張していたからかもしれない。
「なあ、志穂」
僕はあの花火の日から、ずっと言いたかったことがあった。
「これでもし僕が勝ったらさ」
思い切って、口を開く。
志穂は黙ったまま線香花火を見つめている。
「僕と──」
そこまで言ったところで、僕の声は遮られた。
志穂の切実な言葉によって。
「ごめんね」
「え……」
「ごめん。私、賭け事は嫌いなの。だから、それ以上、言わないで」
僕は咄嗟のことに、放心していた。
「あの花火のときことは忘れてよ。智也くんは智也くんが生きてる世界を生きるべきなんだよ」
「でも──」
僕は、そんなこと、どうでもよかった。
志穂と話せるなら、現実なんて捨てたっていい。本気でそう思っていた。
「私は智也くんにはちゃんと生きてほしいの」
そういって、志穂はいつの間にか消えている線香花火をバケツの中に入れた。ジュッと音をたてて、花火が底に沈んでいく。
高校最後の夏が、終わる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます