第3章
第28話 終わりの始まり
「水持ってくるね」
「じゃあ、ぼくはどだい作ってる」
夕方の公園。
志穂と砂場で、城を作っていた。
保育園の帰りに、志穂がどうしても作りたいといったからだ。
「そういえば、きょうのプール楽しかったね」
「志穂は入ってないじゃん」
「智也くん見てると楽しいの」
「なにそれ」
今日は保育園で、プールの時間があった。
そのとき、志穂は入らずに外から僕たちを見ていた。志穂は水が怖いのだ。こどもだなあ、と僕は思う。
「志穂はどうして水がこわいの?」
疑問だったから、僕は聞いた。
「それはね、死んじゃうからだよ。水ってこわいんだよ。一度飲みこんじゃったら、そのままおぼれて死んじゃうの」
「そんなことないよ」
「そうかもしれないけど、わたしこわいの。他のものだってそうだよ。鉄棒だってジャングルジムだって、危ないんだよ。ブランコで死んじゃった子だっているんだから」
「気にしすぎだと思うけどなー」
僕は城の壁面を手で固めながら言う。
「そんなことないよ。死んじゃうのはとっても怖いことなんだよ。二度と世界を見ることも、聞くことも、考えることもできなくなっちゃうの」
「よく分かんないや」
志穂は心配性だと思う。
この間の歩道の縁石を歩いて叱られたときも思ったけれど、志穂は色々なことに心配しすぎだ。そんなに心配することないのに。
「それじゃあ志穂は、大人になったときにジェットコースターも飛行機ものれないじゃん。それでもいいの?」
「うん。のれなくてもいいよ」
平然とそういって、志穂は城の尖った部分を几帳面に作っている。
あとは入口の階段を彫れば、城は完成だ。
しばらく作業に集中すると、ふいに志穂がいった。
「ねぇ、智也くんは、人は変われると思う?」
急な問いに、僕は少し戸惑う。
「どういうこと?」
首を傾げる僕に、志穂は説明した。
「きのう、本で読んだんだ。人には運命っていうものをただ辿っているだけっていうことが書いてあったの。だから、わたしは人は変われないと思うんだ」
志穂はそういって、僕をみた。
「そうかな。ぼくは変われると思うけど」
僕は思ったままにいった。
「どうして?」
「だってほら、ぼくたちは今なんでもできるでしょ? 砂遊びにあきたら遊具で遊ぶこともできるし、つれたら帰ることもできるじゃん。思ったまま行動できるなら、変わりたいって思えば、変われるんじゃないかな」
「なるほど。──じゃあいつか、智也くんと一緒に水遊びできるかな?」
「できるよ、絶対」
そう言うと、志穂は満面の笑みを作った。
───────────────────
はっとして、飛び起きる。
そして僕が今高校三年生で、自室にいることを確認する。時計は八時を指していて、カーテンからは薄い光が漏れている。
まただ、と僕は思う。
志穂が現れてから、僕は昔の夢をよく見るようになった。それは単に連想しやすくなったというだけなのだろうが、現実と夢の境目がなんだか分からなくなる。志穂がいま生きているような感覚が、起きてからも残っている。
「おはよう」
服を着替えて、パソコンを開いて、文字を打つ。
「おはよう、智也くん」
いつも通りのその言葉に、僕は安心する。
ずっとこのままでいられたら、僕はきっと、ちゃんと生きていける。そんな気がした。志穂がそばにいてくれれば、僕はどんな辛いことも我慢できると本気で思う。
僕は部屋のカーテンを開けて、窓の外を見る。
空には薄い入道雲がうかび、蝉の音はもうずいぶん穏やかになっていた。
夏が、終わろうとしていた。
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