第30話 普通

「久しぶりー」


 クラスメイトが教室に入ってくる。

 そのたびにその友人が、もう何年も会っていないかのようなテンションで、駆け寄っていく。女子は嬉しさのあまり飛び跳ねていて、男子は互いの変化に笑っていた。

 全員というわけではないが、夏服から覗く腕は少し焼けている。特にスポーツをやっている子は、一学期と印象が大きく変わっていた。

 僕は少し日焼けした自分の肌を見て、間に合ったんだなと思った。


「智也ー、おはよ」


 眠そうに入ってきた浅野がそう言って、僕の席にバタンと倒れ込んだ。そのまま本当に寝ようとしていたので、身体を揺すって起こす。


「夏休み終わったから。ちゃんと現実みて」

「……うるさいよ。まだ夏終わってないよ。だってまだ暑いじゃん。夏服じゃん」


 夏休みロスの浅野は、死にそうな顔を上げて僕を見る。その顔に僕は、何かを察した。それは毎年この時期に見る典型的な顔だったから。


「……もしかして、宿題終わってないの?」

「昨日気づいて、朝まで徹夜しても、終わらんかった」


 だからそんなにも眠そうなのかと合点がいく。浅野はうめきながら、現実を遮断するようにまた眠りに入る。


「おーい。起きて。そんなことしても、結局先生に怒られるだけだと思うよ」  


 そう言うと浅野は勢いよく顔を上げ、くまができた目で僕を見つめた。その顔に僕は察した。それは毎年この時期にみる典型的な顔だったから。


「宿題……みる?」

「頼む! あとでなんか奢るから!」


 浅野は僕の宿題を自席に持ち帰り、眠気と戦いながら、なんとか鉛筆を動かした。間に合うか間に合わないかは微妙だ。でもこの時期、つまり受験生の九月に怠けていると先生に思われれば、成績はどうなるか分からない。頑張れと念じることしか、僕にできることはなかった。


 ホームルームが始まるまでの時間を、僕は久しぶりにあったクラスメイトと話したり、浅野の様子を見に行ったりした。正直間に合わないなと思ったことは言わず、そろそろ担任が入ってきそうな時間だったので、席にもどった。


 暇なので外の景色を見ていると、教室のドアが勢いよく開く音が聞こえた。振り返ると、浅野と同じくまができた山本だった。

 久しぶり、と言うこともせず彼は僕の席にやってきて、


「夏はまだ終わってねー!」


 と叫んだ。

 僕は冷静に現実を教え、顔を伏せて寝ようとする彼を起こす。


「それで、宿題はあとどれくらい残ってるの?」


 彼はくまのできた目で、僕を見た。

 そして諦めるようにいった。


「全部」


 教室のドアが静かに開き、担任の吉岡先生が入ってくる。

 山本は現実を見ることを辞め、バタンと顔を伏せた。

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