第26話 青い影

 杉崎が白色のポーチを持って現れたのは、それから数十分してからだった。

 そのとき、僕は寝るわけにはいかないと思い、海を見ていた。例の男の子が海に潜っていることに、成長の速さを感じたりしていた。そうやってただ眺めていた僕の後ろから、杉崎の不思議そうな声が聞こえた。


「ねえ、君、ちゃんと見張りしてた?」


 振り向くと、白いポーチを持つ杉崎がそこに立っていた。


「これ、石川ちゃんのだよ。砂浜に落ちてた」

「え──」


 僕は咄嗟に横の荷物を確認する。

 一、二、三、四……


「十一個しかない」


 どうして。

 僕はずっと見張っていたはず。

 数も最初に数えた。そのときは十二個あった。


「どこに、落ちてたの?」

「こっちの二十メートル先くらい」


 そういって、杉崎は指をさした。

 僕から見て杉崎がいる方向、つまり、海とは反対の場所だった。


「ねえ、智也くん。疲れ過ぎて眠っちゃったんじゃない?」

「いや、そんなはずはない。僕はずっと起きてた」

「じゃあ、君が見張る前からってこと?」

「それも違う。見張りを交代するときも、ちゃんと数えたから」

「じゃあ、智也くんじゃん」


 言われて、背筋に冷たいものが走った。


「分からない。でも、とにかく、石川を呼んで、中身を確認してもらおう。何か盗まれてたら、被害届け出さないと」


 杉崎に石川を呼んでもらい、中身を確認してもらうように言う。


「なにもなくなってないよ」

 中身を見た石川は、平然とそういった。


「お金も日焼け止めも、ちゃんとある。っていうか盗まれたら困るもの入れてないから、カバンがあるならそれでいいけど」


「ちょっと待って。どういうこと?」


 杉崎が慌てたようにいう。


「盗まれたわけじゃないの?」

「分からない」

「誰が何のために、ポーチを移動させたの?」

「もしかして、鳥とか?」


 自分でも有り得ないと思いながら、空を見上げる。鳥はいるにはいるが、僕に気づかれずポーチを持ち去ることなんて、できるのだろうか。


「無理でしょ。ポーチも咥えられる大きさじゃないし、食べ物でもないのに持っていこうとはしないよ」


 そうやって僕たちが思案に暮れていると、石川が間に入っていった。


「まあまあ、いいじゃんいいじゃん。そんなこと考える必要ないよ。盗まれてないなら、おっけーでしょ」


 本人にそう言われると、僕たちは何も言えない。

 石川も本当に気にしていない様子だったし、謎を解明できる手がかりもなかったので、彼女に詫びて、この件は終わりとなった。

 石川はまた遊びに行き、僕と杉崎だけが残った。


「どういうことだろうね?」


 杉崎は不思議そうにポーチを見る。


「仮に人がやったとして──盗む目的がないのにポーチをとって、別の場所に移動させるなんて、なんにもメリットがない」


「そもそも僕が目を離したときなんて──」


 ない。と言いかけて僕はふっと、思いついた。

 ──いや、できる

 それは、動機を考えない理論的なものだが、不可能ではない。

 ──僕の知り合いなら、できる

 知り合いの人間なら、隣にいても警戒しない。

 だから、僕が荷物を直視していない間にポーチを盗り、それを海とは反対の方向に投げでもすれば、僕にバレずにポーチを移動させることはできる。


 見張りを始めて、僕に近づいたのは三人。

 浅野と、杉崎と、山本。

 つまりその三人は、実行することが可能だということだ。

 でも、なんのために?

 動機が分からない。杉崎のいうように、犯人にメリットがない。


「やっぱり、人じゃないとか……?」


 杉崎がぽつりと言う。


「この海には昔亡くなった少女がいて、その子が幽霊になって現れたのかも。楽しそうな人が憎くて、いたずらしちゃう、みたいな」


 思い当たる少女がいて、僕は辺りを見渡した。有り得ない、なんて、言えるはずがなかった。


「智也くん、冗談だってば。そんなのあるわけないよ」


 そう言われても、僕は探すことを止めることができずにいた。ついこの間、一緒に海にいった幽霊が、僕を見ているような気がした。

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