第24話 サルベージ
浅野がいなくなってから、僕はずっと、ただ海を眺めていた。
規則正しく寄せて返す波を見ていると、催眠にかかる原理で、あくびが出た。本当に寝てしまってはいけないから、太陽を直接見て、眠気を覚ます。
それからまた海を見ると、大勢の海水浴客に紛れて、二人の小学生くらいの子どもがいた。姉弟なのか、少し背の高い女の子が男の子の手を引いていた。男の子の体は、震えているようにみえた。
水が苦手なのだろうか。そう思って見ていると、姉が少しずつ海に向かって足を進めた。男の子は引っ張られて、腰ぐらいの高さまで、震えながら進んでいった。
女の子の進む足が止まったあとも、男の子は震えていた。そしてその手は、しっかりと女の子の手を掴んでいた。
すると、その震えが、徐々に収まっていくのが、遠目からも分かった。それからしばらくして、女の子の方に男の子は笑みを向けた。女の子も得意げに笑った。
その微笑ましい光景を見て、よかったと思ったのと同時に、志穂との出来事を思い出した。
そして、その夜のことが、フラッシュバックするみたいに脳内で再生された。
* * *
「智也くん、わたし、君のことが好き」
あの日、あの花火の夜。
結局僕は、何も言えなかった。
ただ頭が混乱して、真っ白になって──
そうして何も言えないうちに、志穂が先に口を開いた。
「もー、冗談だよー。なんか言ってくれないと、本気みたいになるじゃん」
その声音を、僕は想像することができなかった。どんな表情で、どんな声の大きさで、どんな感情を込めたのか、僕には分からなかった。
それから、花火を見て僕たちは帰った。
結局、うやむやになったまま、それからも僕たちの交流は、少しぎこちなくも続いていた。
* * *
志穂についての考えを断ち切り、前を見ると、例の男の子が普通に泳いでいた。どうやら、もう水は怖くないらしい。女の子と水をかけ合ったり、おにごっこをして笑っている。女の子は「ほら、怖くないでしょ?」という顔で、男の子と楽しそうに遊ぶ。
微笑ましい光景に、夏の暑さとは別の温かさが胸に広がる。
そして、男の子を恐怖から救った、その女の子の手を、僕は少し羨ましく思う。
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