第22話 願い

「来月バスケの県大会があるから、みんなで見にきてよ。それが私のお願いね」


 優勝者特典の願い事。 

 山本のペアの女子──杉崎に訊くと石川というらしい──がそう言うと、みんなが「当たり前だろ」「逆にそんなんでいいの?」「言われなくても行くから」と声を上げた。


 確かに謙虚なお願いだった。

 もっと欲張ってもいい気がしたけど、でもこれくらいがみんなから好感をもたれる「ポップなお願い」だったのかもしれない。昼飯を奢ってもらうなんていうのは、少しけちな考え方だった。優勝しなくてよかったと、少しだけ思った。


「石川ちゃんは、謙虚だね」


 僕と同じことを思っていたらしく、杉崎がいった。そして、何か思いついたみたいに、僕をみた。


「あ、そういえば吹奏楽も来月コンクールあるから、智也くん見にきてよ」

「うん、いいよ。行くよ」


 杉崎は嬉しそうに笑った。そして「私トランペットだからね、見つけてね」といった。そのとき風が流れて、杉崎の髪を揺らした。

 ふいに、奇妙な感じがした。

 普通に人と「約束」を交わしている。そのことに気づいて、頭がくらくらとした。喜びと恐怖が同時に込み上げてきて、混乱した。


「智也くんどうしたの?」

「いや、なんでもない。コンクール、楽しみにしてる」

「うん、がんばるから」


 やがて、石川のお願いについての話は終わり、今度は山本にスポットライトが当たった。みんなの目には好奇心と緊張があった。山本がどんなお願いをするのか、それは自分に関係することなのか。

 果たして山本のお願いは、ひどく普通で小さなものだった。


「今日の見張り番、俺抜きで」


 一瞬、辺りがシーンとした。

 そして「どいうこと?」「それが山本くんの願い?」「なんか期待しすぎた」等々の疑問がそこかしこからあがった。


「いや、これから海はいるだろ? そんときみんなの貴重品見張る係いるじゃんか。俺それやりたくないから、パスで」

「なんだよ、それ。あんな本気だったから、もっとやらしいお願いかと思ったのによ」


 金髪のクラスメイトの柳井が、がっかりしたようにいった。


「俺がそんなことするわけないだろ? それより早く昼飯食って、海入ろうぜ」


 そういうと海で泳ぐ期待感のためか、誰も山本の願いの小ささに疑問をぶつける人はいなかった。


「山本くんも謙虚だね。智也くんみたいに昼飯奢ってもらうなんて、けちなことしない」


 杉崎が笑って、僕をみた。


「確かにね。誰かみたいに、人を中二病扱いをしていじめたりしない」


 僕がそう言い返すと、杉崎は「誰だろうね」と笑った。

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