第21話 夏の病

「はぁはぁ……」

「どうした智也! そんなんじゃ負けちまうぞ!」


 そういって、肩から息をする僕に、山本は容赦なく強烈なサーブを打ってくる。

 右斜め前。

 コートの線上。

 ぎりぎり、入っている。


 ──くそっ


 決死の思いで飛び出して、ヘッドスライディングの姿勢でボールを拾う。

 そのボールはふらふらと上がり、杉崎が落下地点にはいる。


「智也くん!」


 ネット近くの、きれいなトス。

 一瞬、ボールが空中で止まる。

 その隙を見計らって、僕は全力で跳ぶ。

 そして。

 思い切り、腕を──


「甘いな、智也」


 僕の全力アタック。

 ボールは、ブロックする山本の手に当たり、僕たちのコートにぽとりと落ちる。

 一瞬、時が止まったみたいに静かになって──


「しゃああ!」


 雄叫びと、仲間を称える歓声が、砂浜に響いた。  


 *

 

「負けちゃったね」

「まあ、しょうがないよ。相手、人じゃなかったし」 

「ね、めっちゃ本気だったよね。世界大会決勝かと思っちゃった」


 僕たちは結局、一点もとれず完敗した。

 それでも不思議と、悔しい気持ちはなかった。遊びだったっていうのもあるし、山本がどうするのか気になったのもあった。


 山本は、優勝商品を、何に使うつもりだろう。

 仲間たちのもとに戻ると「山本相手によくやったよ」とねぎらわれ、スポーツドリンクを貰った。杉崎はほとんど一気で、それを飲み干した。

 そして、彼女はなんとなくという風に、いった。


「山本くん、どうするんだろうね」


 仲間に「本気だしすぎ!」と注意されながら、山本がグループに戻ってくる。その表情は晴れやかで、素直に喜んでいるように見えた。


「杉崎が誘われたりして」

「え? どういうこと?」

「いや、なんでもない」


 山本は他クラスの杉崎を、今回の遊びに誘った。もちろん人数合わせとか、前のクラスで仲良かったとか、他にも理由があるかもしれないが、そういう気がないとは言い切れない。

 杉崎の容姿は標準より整っているし、山本は試合のとき、僕ばかりを狙ってうってきた。それは杉崎に対する優しさだったりするのかもしれない(単に僕がカモだと思われた可能性も大いにあるが)。


「まあ、でも楽しかったよ」


 仲間に囲まれる山本を見て、杉崎がいった。


「男の子と純粋に試合できることなんて、なかなかないし。それに、智也くんとも仲良くなれたし」

「仲良くなれたのは嬉しいけど、中二病っていう印象は変わらないの?」

「うん。もちろんだよ」


 僕は少し笑いたくなる。 

 中二病。その言葉の意味が、だんだん違うふうに聞こえてきたからだ。


 ──志穂が、死んだ年の病にかかっている。そう思うと、案外間違いでもないかもしれないと思った。中二の夏、志穂が死んでから、僕は病に罹ったみたいに動けなかった。それをトラウマというか、単に僕の弱さというのかは、分からない。

 でも、僕は──

 そうやって現実から離れたことを考えていると、ふいに杉崎に呼ばれた気がして、僕は顔をあげた。


「くらえ、ファイヤーパンチ!」


 そういって、杉崎が小馬鹿にしたみたいに、僕の胸めがけてパンチを打ってきた。


「ウォーターガード」


 僕はその手を、腕をクロスして受け止める。


「なにそれ、ダサッ」

「僕もそう思う」


 杉崎は、くすくすと笑った。 

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