第18話 リアル・サマー

「おーい、智也。何ぼーっとしてんだよ」

「あ、いや、なんでもない」

「せっかくの海なんだから、テンション上げてこーぜ」


 ふと、電車の窓を見ると、そこに海があった。

 もう着いたのか。ぼおっとしていたせいか、時間の流れが曖昧だった。

 隣に座る山本は、整髪料を使っているのか、妙にきまっていた。

 僕の視線に気づいたのか、彼は笑って僕の耳元にささやいた。


「智也も頑張れよ、今日がチャンスだぜ」


 そして、目の前に座る女子に、にこりと笑いかけた。


 * * *


 今日のメンバーは男女六人ずつ、つまり十二人の大所帯だった。これだけの人数で遊ぶことは初めてで、しかも女子のメンバーには知らない子もいた。山本に訊くと、どうやら女子は他クラスからも誘ったらしい。


「よろしくね、智也くん、だっけ?」

「うん、そうだけど。ごめん、えっと、君は?」

「杉崎灯葉っていうの。四組の。顔、見たことない?」

「ごめん、覚えがないな」

「そっか。まあ、私もついさっき知ったから、お互い様かな。それより、頑張ろう? 初対面だからって負けてらんないよ」


 海について、ものの数十分後。

 僕は知らない女子とペアを組んで、ビーチバレーをやることになった。山本が事前に考えてきたのか、まるで合コンみたいな展開だった。合コン、行ったことないけど。

 ペアになった杉崎は隣で地面に絵を書いている。僕はそれを体育座りをして見つめる。


「何書いてるの?」


 僕たちの目の前には、ちょうど試合中の山本が強烈なアタックを決めていた。女子の歓声があがる。


「ほら、智也くんの顔。似てる?」


 そこには確かに僕そっくりの顔ができていた。髪の毛先まで表現されていて、とても数分で書いたようには見えなかった。


「すごいな。なんか、砂浜アート展開けそう」

「踏まれたらおしまいだね。あ、でもいいかも。人間の儚さを表現してるみたいで」


 そう言って、杉崎は木の枝を置き、僕の顔の砂浜を手でわしゃわしゃして消した。


「もしかして僕、殺された?」

「はは。違うよ。人生なんてこういうもんだっていうアートだよ、アート。別に君に恨みがあるわけじゃないから。ほら、見てて」


 そう言うと彼女は、人の往来がある場所に移動し、また絵を描き始めた。それは杉崎自身の顔で、描き終わると木の枝を置いて、もといた場所に戻った。


「見ててよ。これが人生だから」


 杉崎がいい終わる前に、一人がその絵を踏みつける。それからも往来する人が杉崎の顔を踏みつけ、しばらくするとそこにはただ砂浜が残っていた。


「ほら、人生なんてこんなものだよ」

「これが儚さ?」

「そう。芸術は爆発だから」


 冗談ぽく彼女は笑って、僕を見た。

 そのとき、ふいに志穂の姿が彼女に重なった。この前来たときのことが、フラッシュバックしただけだと思ったけれど、違った。杉崎に志穂の姿が重なるのには理由があった。

 似ているのだ。

 どことなく、雰囲気が。肩まで伸ばした黒髪も、水色の水着も、話し方も。どことなくだけど、志穂に似ている。


「どうしたの、顔になにかついてる?」

「あ、いや、なんでもない。杉崎って、美術部なの?」 

「中学の頃にね。今は吹奏楽だけど、たまに描いて賞とかに応募してる」

「どういうの?」


 僕はなんとなく、無難な話をしたくて、彼女にきいた。

 すると、杉崎は冗談っぽく笑った。


「桜の樹の下の死体、とかね」

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