第17話 一生のお願い
この時点で僕はまだ、自分が犯している致命的なミスに気づいていない。
ただ自分が変わったことによって、世界が変わったのだと思っている。
──知らなかったのだ。
人の複雑な心情を。
自分の世界に『作り物』が紛れていることを──
* * *
夜になって、星に明かりが灯る。
空には大きな花火が打ち上がり、破裂音と共に、周りから感嘆の声が聞こえる。夜の海には、同じような大きさの花火が反射して映っている。
「きれいだね、智也くん」
夏の花火大会。
僕たちは砂浜に座って、花火を見ていた。空と海に花火が浮かぶ度、どちらが本当の世界か、少しだけ分からなくなる。
右手に感覚を向けると、暖かい体温がある。周りに人がいることも気にしないみたいに、僕たちは手を繋いでいた。志穂のいう、恋人ができる練習だった。
「ねえ、志穂」
「どうしたの智也くん。プロポーズでもするの? ちょっと早くない? もうちょっとあとのほうが……」
「いやそうじゃなくて。普通に、ききたいことがあるんだ」
僕は一つ息をためて、いう。
「今日どうして、海に入ろうと思ったのんだ? あれだけ怖かったのに、どうして深いところまで行こうとしたんだ?」
僕はずっと不思議だった。
今日の志穂の行動は、少しおかしい。海でのことも、そして今の状態も。彼女の役をしてあげる、なんて、生前の志穂は言わない。だから、ずっと引っかかっていた。喉に魚の小骨が刺さっているみたいに。
志穂は数秒間黙っていた。
そして沈黙の後、意を決してという風にいった。
「もう、死んじゃったから」
その声はもの悲しさを含んだように、聞こえた。
「だから怖くても、どうにかして触れようと思ったの。智也くんも現実で頑張ってるから、だから。私も頑張ろうと思ったんだ」
その瞬間、打ち上がった大玉花火がはじけて、夜空と海面にきれいな花の絵を描いた。
そして、志穂はいった。
「ねえ、智也くん。これは死んじゃった私のわがままだから……だから、断ってくれる?」
どしてか、右手に震えが伝わってくるような気がした。花火に照らされる横顔が、ゆっくりと口を開く。
「智也くん、わたし、君のことが好き」
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