第16話 海と幽霊

「海鮮丼二つと……あ、あと茶碗蒸と天ぷら盛り合わせ一つ」


 畳の席、志穂がそう言うと、店員が注文を繰り返してから厨房に戻っていった。


「そんなに食べれるの?」

「当たり前じゃん。私をなんだと思ってるのさ」 

 

 さっきまで震えていたのを忘れているかのように、志穂は元気だった。海鮮丼と茶碗蒸と天ぷら盛り合わせなんて、考えただけでお腹いっぱいだった。どこにそんな胃袋があるのか、不思議になる。


「無理しないでね」

「するわけない」

「信用できないよな」

「だからさっきのはごめんって」


 まあ、食べすぎて死ぬことはないだろうけど。

 そう自分を納得させて、窓の外を見る。海岸より上に位置するこの店からは、海が見渡せた。正午を回った今でも、砂浜は賑わっている。


「私が金槌じゃなかったらこの海も泳ぎきってやるのになー」

「そんなに海か好きなの?」

「うん、大好きだよ。海で暮らしたいくらい」


 そういって、志穂は海の方を見た。怖いけど好きなもの。矛盾しているようで、実際にその感情は存在する。僕も、それを知っていた。


「ねえ、覚えてる?」


 ふいに志穂がいった。


「なにを?」

「最初にした約束のことだよ。高校生のうちに実現すべし、ってやつ」

「ああ、あの友だちを作って高校生活を楽しむみたいなやつ?」

「そう、その二番目のやつだよ。彼氏彼女をつくってっていうの」


 そういえばそういうのもあったな、と思い返す。友だちを作ることに必死で、忘れていた。


「好きな子とか、いるの?」

「いや、いないけど。ていうかほとんど女子と話せてないな」

「あ、そう、なんだ。でも、高校生の間だよ。それで間に合うの?」

「無理かもしれない」  


 正直な話、できる気がしなかった。


「もう、そんなじゃだめだよ」


 そう言われたけれど、どうしようもなかった。夏休み、女子と会う口実も連絡先もないのだ。

 それから、しばらく沈黙があってから、志穂はいった。


「……しょうがないなー。私がしてあげるよ」

「なにを?」

「智也くんの彼女役」

「なんだよそれ」

「ほら話す練習とかしないと、何話していいか分かんなくなるでしょ? 練習だよ練習。本気じゃないからさ」


 僕が何かを言おうしたところで──


「わっ、海鮮丼だっ。美味しそう」


 今日のランチが、運ばれてきた。

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