第15話 ゴースト・イン・サマー
「わー、海だぁ。すごい人ごみ!」
「まあ、夏だからね」
電車に揺られること一時間。
僕たちは、県内有数の海水浴場に来ていた。
白い砂浜の上を、数え切れないほどの人が遊んでいる。ビーチバレーや海水浴、砂浜ではパラソルで休んでたり、小さな子どもが巨大な城を作っていた。
繰り返すけど、季節は夏。
日差しが容赦なく、世界を照らしていた。
「熱いから、早く入ろう?」
その言葉を意外に思いながらも、僕は答える。
「うん。そうだね」
「じゃ、着替えてくるー」
その流れで僕も着替えて、志穂を待っていると、恐る恐るというように、彼女が更衣室から出てきた。
「どう、かな?」
「うん、いいと思うよ」
「うそつき。じゃあ、私が着てる水着の色、当ててみてよ」
言われて、しばらく考える。
志穂が好きだった色は、選びそうなのは──
「えっと、淡い水色?」
「え、なんで知ってるの!?」
「いや、志穂が選びそうだなーと思って」
「やっぱり智也くんは変態だよ」
「なんでだよ」
そうして、僕らは砂浜に降り立ち、人ごみの中を歩く。砂の感触を、直に感じる。
「それで、なにする?」
「まあ、とりあえず海に浸かろうよ」
熱さのためか、志穂がそう言うので、とりあえず海水に足を入れる。
「つめたっ!」
志穂は大げさにそう言ってみせる。
「ていうか、もう水は怖くないの?」
「うん、平気平気。だってもう死んでるもん。怖いものなんて、きっとない」
生前、志穂は大のプール嫌いだった。
水に入ることすら嫌で、泳ぐのなんてもってのほかだった。授業中、ずっと建物の陰に座って友達の応援をしていたのを今でも覚えている。
しかし、その反面、彼女は海が好きだった。僕はよく、旅行帰りの志穂から海の家のお土産をもらった。それで一度、疑問に思ってきいたことがある。「どうして水が嫌いなのに海は好きなのか」と。その問いに「卵は嫌いだけど、鶏肉は好きって人がいるのと同じだよ」と彼女は答えた。
だから正直、今日は海でというより、砂浜で何かをしたり、眺めを楽しみむことを目的にして僕は志穂を誘ったのだけど、
「もっと深い所いきたい」
「え、大丈夫なの?」
「うん。あ、でも少し怖いから、手繋いでくれない?」
僕は志穂の手を握り、海を歩く。
海水が膝より上──そして腰より上──ついには胸の高さまできた。
「怖くない?」
「ちょっと、怖い。うん、でも、平気」
「もしかしてだけど、無理してる?」
「ちょっとだけね」
それからしばらく、沈黙があって、僕たちはその場にただ立ち尽くしていた。目の前には、空の青と海の青がただずっと、水平線まで続いていた。果てしない、自分の存在が、とてもちっぽけに思える光景だった。
「ねぇ、智也くん」
「なに?」
「これは私の持論なんだけど」
志穂はそう言って、一度言葉を区切った。
「人生が苦しいのは、怖くて嫌いなもののせいじゃなくて、怖いけど好きなものがあるからだと思うんだ」
志穂はそう言って、きっと海の向こうを見た。
その瞬間、志穂が、とても悲しそうな表情をしている気がした。
僕は志穂の手を強く握って、沖から遠ざかって歩いた。砂浜に着くまでに、志穂は何も言わなかった。そして、握った手が震えていたように僕は感じた。
砂浜に、座る。
「はぁ、はぁ………」
志穂はまだ、震えているような気がした。
「ごめんね……。智也くんとなら、大丈夫だと思ったんだけど。だめだった。震えが止まんないや……」
僕は震える志穂の手を握った。志穂が落ち着くまで、待つつもりだった。その間も、僕たちの目の前まで波が、近づいたり遠ざかったりした。
しばらくして、落ち着いたのか、志穂が「見てる分にはいいんだけどなぁ」と笑った
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