第14話 ゴースト・ライト

 時々、妙な夢を見る。

 それは幸福でも不幸でもない夢で、特に何かが起こるわけでもない。


 ただ、僕は客席に座っていて、舞台を見ている。小さなホールで、僕だけがその演劇を眺めている。物語はいつも途中からで、正直意味が分からないし、面白みもない。舞台に立つ役者は、繰り返される日常を演じている。そこには僕がいて、他の人と一緒に演技をしている。


 僕はそれを、ただ無感動に見つめている。

 意味とか、自分が二人いることに対する疑問は、夢の中だからか湧いてこなかった。

 演劇が終盤に差し掛かると、最初はずっと俯いていた役者の僕が、徐々に顔を上げて、最後は楽しそうに友人役の人と話していた。


 そして、特に何かが起こるわけでもなく、物語は終わる。

 つまらない、退屈な演劇。

 でも、そこに、客席で見ている僕は、何か希望を感じる。

 舞台が終わり、役者が引き上げ、ホールを照らしていたライトが落ちる。

 ホールが闇に包まれる。

 それでもなぜか、僕はそこから動けずにいる。


 しばらくして、もう帰ろうかと思ったとき、舞台の真ん中から僅かな光を感じる。それは人の魂の形をしている。それを見て、僕は安堵する。

 そこで、夢は終わる。

 

 *


 はっと、目が覚めて、僕は起き上がる。

 目をこすり、時計を見るとちょうど9時15分を指していた。

 僕はカーテンを開けて、ベットから降りる。

 別段慌てることもなく、着替えて朝食を食べたあと、パソコンの前に座る。

 まるで引きこもりに戻ったような生活だが、そうではない。夏休みが始まったから、特に早起きをする理由がないだけだ。

 蝉の音が日に日に大きくなっていることを感じながら、キーボードをうつ。



 朝の十時に駅に着くと、すでにそこに志穂がいた。服装は夏らしい服で、似合っていた。

 僕に気づいた志穂が手を振る。



 服装はあえて曖昧に描写していた。

 もし僕が白のワンピース、なんて書いてしまうと、志穂がせっかく選んだ服を強制的に変えることになってしまうからだ。こういう所に注意することは、すでに学んでいた。以前、公園で話をするときに『制服で』と描写したら、志穂が怒こったのだ。『私がせっかく私服できたのに』。どういう仕組みでその変更が行われているのかはともかく、志穂にしか分からないことは書かないようにすることに決めた。


「どう、白のワンピース」


 打ち込まれた文字を見て、僕の配慮は無意味だったことを知った。


「うん、似合ってる」

「うそつき。君には見えないんでしょ?」

「見えるよ。想像すれば、簡単に」

「なんかエロいね」

「なんでだよ」


 そう、他愛のない会話をして、僕たちは電車に乗り込む。志穂が『海だー』と喜びの声を上げて、電車は走りだす。

 ──今日、海に行く。

 以前山本に誘われたことをきっかけに、僕は志穂に海に行くことを提案した。志穂は二つ返事で、行くことが決まった。

 

 ふと、現実の僕が後ろを振り向き、窓の外を見る。そこにはどこまでも澄んだ青空がある。強い日差しは、街を過剰な位、明るく照らしている。

 夏だ、と僕は思う。

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