第12話 リアル・フィクション

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「そっかー、これで智也くんも立派な高校生だね」

「まあ、もう半年くらいしかないけどね」

「十分だよ。……でもよかった。智也くんがしっかりしてくれて。もう、心配だったんだからね? このままだと智也くんが、生涯独身で、そのまま一人で人生して、一人寂しく孤独死するんじゃないかと思って」

「ひどい未来予想だね」

「でも結構現実的でしょ?」

「確かに」


 僕たちは、立派な高校生になった記念で、雰囲気の良い焼き肉屋に来ていた。

 テーブルの網の上では、タンやカルビが音をたてながら焼けていく。


「その話はまた後にして、早く食べようよ。ずっとお腹好いてたんだー」

「うん、そうだね」

「それじゃあ、智也くんの立派な高校生になったことをお祝いして、乾杯!」


 立派な高校生って意味分かんないよな、と苦笑しながら僕は水の入ったジョッキを、志穂のジュースの入ったコップとぶつける。


「いっぱい食べるからね。覚悟しといてよ」

「うん、わかってる」


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 僕は苦笑しながら、文字を打つ。

 もちろん志穂も、小説の中の所持金なんてどうとでもなることを知っている。でも、その言葉があるだけで、本当に、現実で二人で焼き肉を食べているような気がした。食いしん坊の志穂の心配をしながら、安くすませられるように計算して食べる自分の姿が容易に想像できた。


『どう、おいしい?』


 そう訊くと、しばらくしてから


『すっごく』 と返ってきた。



 幸福な時間だった。

 現実の僕は、電気をつけた部屋で、パソコンの前にただ座っているだけだ。それでも僕は小説を書いていることで、志穂と今、焼き肉屋にいる。要は想像力だ。それさえあれば、小説は、虚構を現実に変えてくれる。


 僕には、美味しそうに焼き肉を食べる志穂の姿も、焼かれているものの香ばしい匂いも、たまに話しかけてくる志穂のその声も、感じることができた。

 だから僕はいま、焼き肉屋で、志穂の前に座っている。煙の向こうの志穂に、僕は言う。


「中学の頃は、あんまり二人でこういうとこには来なかったよね」


「まあ、中学生だからね。お金も勇気もなかったわけだから、しょうがないよ。ていうかどうしたの智也くん? 急に中学の頃の話なんて」


「いや、なんとなく話したくてさ。そう、なんか、曖昧になっていくんだ、記憶が。どんどん忘れていくのが、怖くて」


「それはしょうがないよ。人間だもの。忘れていくのが人生だよ」


 でも、と口を開きかけて、止めた。

 代わりに、僕は志穂にいった。


「志穂は、どうして死んだの?」


 しばらく、沈黙があった。

 志穂は少し答えに詰まっているように、見えた。 


「どうしてって、犬を追っかけて飛び出した女の子を助けようとしただけだよ。私がどじだから、トラックをよけられなかったけど、別に死ぬつもりはなかったんだよ」


「そっか。そうだよね」


「あ、一応訊いときたいんだけど、私が助けた子って生きてるよね?」


「うん、かすり傷で済んだみたいだよ。犬も無事だって」


「はぁー………、よかったー。もう、これで二人とも死んでたら、笑えないよね。決死の思いで飛び出したからさ……。そっかそっか、助かったんだね」  


 志穂は安心したみたいだった。

 でも、僕にはまだ、少しだけ消化不良というか、飲み込めない部分があった。けれどそれをこの場で話すのは、あまりにも場違いだと思ったから、言わなかった。


「──ふぅ、お腹いっぱい」


 志穂はしっかりとデザートも食べ終え、僕たちは店を出た。

 五月の夜の、まだ涼しい風が、火照った身体を冷やしてくれた。


「じゃあ、また明日ね。智也くん」


「うん。また、明日」


 僕は手を振って、志穂を送り、目を瞑った。

 ──——。

 そこで僕の身体は現実に戻ってきた。目の前には、志穂ではなくパソコンがあった。もちろん、僕が小説の世界に入れたわけではない。ただ、想像の中の僕が、志穂が生きている世界にいっただけだ。想像の中で、焼き肉を食べ、志穂と話した。これを現実逃避と呼ぶのか、それとも霊との交信というのかは分からない。でも、確かに、僕は志穂の言葉を受け取っている。

 この画面の中だけで、志穂と繋がっている。

 僕は少しだけ息を吐いて、夜ご飯を食べるために階下に降りた。

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