第5話 リライト
『そっか。大変だったんだね』
要点をかいつまんで話すと、物語の中の志穂はそういった。
志穂は目の前の僕に、憐れみの目を向けているような気がした。彼女の隣にいるであろう花宮というキャラクターと、僕を模して作った佐原智也というキャラクターをどうしようもなく思ってるだろう。実際にそうだった。現実の僕は、高校生になってから女子と一度もまともに話していないし、美少女に好かれる要因なんて一つもなかった。それを虚構の中で、誇張し、美化している。
他人から見れば吐き気のするような話だ。
『でも、逃げてるんだ、ずっと』
志穂はそういった。
それから話を逸らすように『そろそろ別の場所で話さない? 花宮って子が何も話さずに立ってるのは不気味で居心地が悪いの』と提案した。僕は志穂の意見を尊重した。
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古沢志穂が現れたことにより、花宮は動揺し校舎裏から去っていった。
その後、久しぶりの再開を果たした僕たちは、学校近くの喫茶店で話すことにした。
モダンで雰囲気の良いお店だった。
僕たちはココアとショートケーキを頼んだ。
数分もしない内に、それらは運ばれてきた。
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『わっ、おいしそう』
小説の中の世界では、志穂は生きてる。だからできるだけ、幸福にしたかった。ココアとショートケーキは志穂の大好物だった。
『これは智也くんのおごり?』
『おごりといえばおごりだよ。ただ物語の世界の僕の財布が薄くなるだけだから、他にも頼みたいものあったら何でもいって』
虚構は都合の悪いことを、無視できるというルールがある。小説の主人公が愛されているとき、読者は満たされた感覚を覚えるが、逆に不利なときは何となく苦しそうだなと考えるだけでいい。主人公の所持金は、現実の僕には繋がらないのだ。
『じゃあ、ナボリタンとイチゴパフェとサンドイッチ』
『さすがに食べ過ぎじゃない?』
そう言いながらも、僕は小説の中の僕にそれらを頼ませる。志穂が幸福なら、それで良かった。たとえ、現実の僕の所持金が減ったとしても。
『ほょやくんわぁ、それへいいほぉ?』
おそらく、色々なものを口に含みながら、志穂はいった。何を言っているか全然分からない。
『そんなんじゃお嫁にいけないよ』
『うるさいよ!』
『それで、なんて?』
『いやだから……』
志穂は食べ物を飲み込んでいるのか、一度区切ってからいった。
『智也くんは、それでいいの?』
一瞬、何かで殴られたような感覚があって、僕は現実に引き戻された。
外からの誰かの話し声や、一階で母が掃除機をかけている音が聞こえ、そして今、目の前にパソコンの液晶画面が現れた。あまりに集中しすぎていたから、現実の全てが、今、僕の目の前に現れたみたいだった。
僕は、息をはいた。
現実は、いつも自分の不甲斐なさを見せてくる。もう四日袖を通していない高校の制服も、ライトノベルで埋まっている本棚も、電気を点けずにいるこの部屋も、全部僕の不甲斐なさだ。
そして彼女の言葉一つに動揺している僕自身が、何よりどうしようもなかった。嘘を暴かれるのが、怖かった。
キーボードに、手を置く。
『それでいいって、なにが?』
『だから、君はそのまま一人で生きていくつもりなのかってこと』
『そうだよ』
『嘘だね』
志穂は即座にそういった。
僕は、返す言葉が思い浮かばなかった。
『ねぇ、やり直してよ』
物語の中で、志穂が僕を見つめているのが分かった。何よりも真剣に、真っ直ぐな目で、僕を見ている。そして志穂は言った。
『君の高校生活と、私の高校生活を──』
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