第3話 ゴースト・イン・ストーリー

 古沢志穂だよ。

 そう返信が来てから、僕は夢中になってキーボードを叩いた。意味が分からなかった。一人でに文字がうちこまれるなんて、ありえない。それでも目の前で、実際に、それは起きていた。

 会話を続けていくと、彼女が志穂本人だということが分かった。ハッキングされて、誰かが僕を騙して志穂を演じている可能性はゼロに等しかった。彼女の言葉は、志穂と僕以外に知り得ない情報だった。


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「覚えてるか? 小学校の卒業旅行で、僕たちが行ったとこ」

「野奥山でしょ? 懐かしいなー、キャンプして星がすごい綺麗だった。あと桜も良かったよね。まるで桜の森みたいで。ああ、あと帰り道に智也くんが蛇に咬まれたんだよね」


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 混乱しそうになる頭を整理する。

 志穂は僕の小説の中にいて、そこから言葉を発している。三年前に死んだはずの彼女が、僕に語りかけてくる。

 ますます意味が分からなかった。

 小説のなかに死んだ人が現れる、なんて、聞いたことがない。

 素直に疑問をぶつけると、画面に「私も分かんないよ」と言葉が現れた。


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「目が覚めたら、知らない校舎の教室にいて、迷子になってたら、校舎裏で君と花宮って子が話してるんだもん。久しぶりに君に会えたから話しかけちゃったけど、本当に意味が分からないんだ」

「僕も分からないよ。でもこれは僕の小説の世界なんだ」 

「小説? この世界が? じゃあ智也くん、小説書いてるんだ」

「まあ、それは置いておいて、なんで君がこの世界にいるんだ?」

「うーん。さっき言った通り、私には分からない。でも、もしかしたら幽霊になったのかも」

「小説の中で?」

「うん。新種の幽霊。幽霊が進化してたら、そういうのがいてもおかしくないのかも」


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 いやおかしいだろ。

 僕はそう打ち込みたくなるのを抑えた。僕がどれだけ考えても、彼女の『新種の幽霊説』を否定できるほど、目の前の現象を理解できていなかった。そもそも誰が理解できるんだろう? ただの幽霊でさえもいるかいないか議論が別れるのに。

 だから、僕は志穂の推論を否定することはできなかった。代わりに、僕はいった。  


『幽霊だとしても、また会えてよかった』


 それから僕は眠りについた。

 疑問は山ほどあったけれど、もう何時間も液晶画面に釘づけだった。昨日は朝の四時に眠ったこともあり、睡魔が頭を揺さぶっていた。もう限界だとパソコンを閉じて、ベットに身を預けた。

 

 ——そして今日。


『志穂?』


『智也くんどうしたの』


 今朝になって、昨日の発言が気恥ずかしく思えてきた。志穂が生きているときの僕は、いつもすましたふりをして、そのまま好意を伝えることはなかったから余計に頬が熱くなった。

 でも、そんなことは正直どうでも良かった。志穂と話すことができるなら、なんだって良かった。たとえ得体の知れない、物語の中の幽霊だったとしても。


『ねぇ、智也くんこの世界は小説の中なんだよね』


『そうだよ』


『いつから書いてるの?』


『最近』


『どういう小説? 智也くんが好きだったミステリー? それともsfとか?』


 僕は数秒、返答に詰まった。

 そして悩んで、本当のことをいうことにした。


『ライトノベルなんだ』


『ライトノベル?』


『そう、君が嫌いな、ご都合主義の小説だよ。弱い主人公が何の努力もせずに、女の子から好意を受ける話。君の目の前にいる花宮という女の子も、僕の名前の主人公が好きなんだ。理由は薄っぺらいけど、そういう設定なんだ。僕は、そういう小説を、書いてる』


 志穂が幻滅する姿が、僕にはありありと見えた。

 志穂は、現実を愛していた。その中にまだ自分が発見できていないことを見つけるヒントとして、小説を多読していた。だから、彼女は小説は小説でも、ただ安心と快楽を与えるだけの小説を嫌っていた。本人は言わなかったけれど、少なくとも僕にはそう見えた。


『ねぇ、智也くん何があったの?』


『落ちぶれたんだ』


 ──君が、いなくなってから

 その言葉を、僕は必死に飲み込んだ。

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