第12話 浅黄色の蜘蛛

 警察署では取り調べをうけた。


 僕は嘘をついた。ただ家出をしていて、偶然同じ境遇のハルカと出会ったと証言した。警官は特に疑う様子もなく、「お母さんが心配しているよ」と優しい声をかけてきた。


 警察署の一室で待っていた母親は、僕の姿を見ると目に涙をうかべて名前を呼んだ。様子を見ていた警官たちは、それなりに感動的なシーンだと思ったかもしれない。でも僕は、白けた目で母親を見ていた。今日はそういう日なんだ、と思っただけだった。明日か明後日にでもなれば、すぐに僕のことなんてどうでもよくなる。


 母親と警察署からの帰り道を歩きながら、僕はどうやって死のうと思った。ハルカがいなくなった今、生きる理由がなかった。

 そんなときだった。

 ポケットに違和感を感じ、手を入れるとビニール袋が入っていた。その中には白い紙のようなものが入っている。ゴミなら捨てなさいと母親がいった。

 家に帰って、母親が寝たあと、僕はその手紙を読んだ。


 —————————————————————————


ソウスケくんへ


ごめんね

こんな形で別れることになっちゃって。


でも、今しかないから、

きっとどのみちお別れがくるから、私はここできみと離れるよ。


初めてきみと会ったのは屋上だったね。

私がタイヨウと間違えてソウスケくんの自殺を止めちゃったとき。

きみは疑ってるけど、最初は本当にタイヨウだと思ったんだよ?

どこかで生きてたんだって。

私の知らない間に中学生になったんだって。

自殺しようとしてるって気付いて、思わず抱きついちゃったんだ。


こんどこそ止めたかったから。

実はさ

言ってなかったんだけど、

タイヨウが死んだのは私のせいなんだ。

死にたいってことを教えてくれたのに

私は一度それを肯定しちゃったの

タイヨウが好きだったから。

タイヨウがやりたいことや思っていることは全部肯定したかったの。

今思えば間違ってるって思うんだけどね。


死ぬ一週間ぐらい前に、タイヨウにお金をかしたんだ。

買いたいゲームがあるっていわれてさ。

それで、わたし一万円かしたんだ。

そのときのほぼ全財産なんだけどね。


そのお金でタイヨウは海にいった。

だから死んだの。

タイヨウが好きだったから。

私がタイヨウを肯定したから。


だから、こんどこそ、止めたかった。

タイヨウじゃなくても。

私が自殺を否定して

タイヨウみたいな子の死を止めたかった。


変だよね。

私も死のうとしてるのに。

そのために屋上にいったのに。


でも、私の中できみの存在が大きくなって

気づいたら好きになってて、

ずるずる生きちゃって、

だから、

ね、

だから、きみには生きていてほしいの。


意味わかんないって思うかもしれないけど

これが私の正直な気持ち。

私は死んで、きみを忘れちゃうけど、

でもきみには私を覚えたまま、

生きてほしいの。

うん、

そう生きてほしい。

あとちょっとでもいいから。


これは私からの「お願い」だよ?

いつまで守るかはきみの自由

口約束だから、義務じゃない

きみの自由だよ


そういえば、

きみに死ぬ理由を話してなかったね

知りたくなかったらべつに読まなくてもいいよ

伝えたいことはもう全部書いたから。

もしきみが、

「自分のせいで死んだ」

なんて思うんだったら

続きを読んでほしい。


私が死ぬのは、

別に世界が嫌になったとか、そういうことじゃないの。

人も別に嫌いじゃない。

他にも

町の景色とか、

音楽とか、

物語とか、

人が作るものも嫌いじゃない。

むしろ好きなんだ。


自分が嫌いになった、わけでもないと思う。

ただ、生きるのに適していなかっただけ。

そう——ただそれだけなんだ。


人間は多様性があるから生き延びてきたってよくいうよね。

そこまで詳しいわけじゃないけど、

たぶん他の動物もそうなんだと思う。


個体によって性格や特徴が違うから、どの環境でも生き残ることができる。

たとえば、私の家には薄黄色の蜘蛛が生きのびてる。

目を凝らせば、たまに見えるんだ。

それは私の家のフローリングが木目調だから。

薄黄色の蜘蛛は見えづらくて、私に殺されにくい。

その結果、生きのびて、生命を繋げているのがその蜘蛛なんだ。


ただそれだけのこと。

というだけ。

私が死ぬのはそういう理由なんだよ。

誰のせいってわけでも、私のせいってわけでもないんだ。

きっとね。

これは偶然なんだ。


でも

きみは、頑張って生きるんだよ。

頑張って、希望をもって、生きてよ。

それでも、もし、四年後くらいに、まだ死にたかったら、そのときは死んでいい。

頑張って駄目だったら、それは仕方ないことなんだから。

きみのせいじゃない。

だから、それまではがんばって。


ソウスケくん、

ずっと好きだよ、

もし天国があったら、ずっときみを覚えてるから

じゃあね、

さよなら


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