第7話 神が生きてる時代に生きたいなあ

「ソウスケくん……どう、かな…………?」

「すごくいいと思います」

「ほんとに? じゃあじゃあ、ちょっと待ってすぐ着替えるから」

「はい……」

「……」

「…………」

「どう? さっきのとどっちが似合ってる? さっきのよりちょっとかわいい系だけどどうかな? わたしまだこういうの着てだいじょうぶ? 似合ってる? ちょっと子供っぽい?」


 すごく似合ってます。

 僕がそう言うと「じゃあじゃあじゃあ」と言って、また試着室のカーテンを閉めた。しばらくすると、中からは急いで着替えをする音が聞こえた。これは少し長くなるかもしれないと僕は思った。


 大通りに面した衣料品店は、開店したばかりで僕たちのほかに客はいなかった。首から社員証をかけ、清潔な服を着た店員が眠そうに店内をうろついていた。朝食のあとにこの店を見つけたハルカは、上機嫌に店を回り、服を見て、何枚もの服を試着室に持ち込んだ。ハルカは案外服装には無頓着なのではないかと思っていた僕の予想は外れた。


「どう? 流行りのオーバーサイズってやつなんだけど。さすがにぶかぶかすぎ? これくらいが可愛いのかな。ね、どう思う?」


 喜々として試着を続けるハルカは、なんだかどこにでもいる女子高生という感じがした。カフェで大食いしたり、スマホを投げたりしない、普通の女の子。僕の年齢がもう少し高ければ、早朝に服を買いにくるおかしなカップルだと店員には思われていたかもしれない。


「ねー、ちゃんと見てる? さっきから似合ってるしか言ってなくない?」


 カーテンの隙間から顔を出し、頬を膨らませるハルカ。

 そんな彼女を見て、僕たちの関係は一体なんだろうと考える。友だちでも恋人でもない、昨日知り合ったばかりの女子高生。何の関係もなく死んでいくはずだった僕を、意味の分からない理由で付き合わせている変わった女の子。


「似合ってるものに、僕は似合ってるって言っただけです」


 実際、ハルカはどの服を着てもかわいかった。

 ほかの褒め言葉はいくつも思いついたが、それを言うとからかわれそうで言わなかった。


「んふふ、ならよかった!」


 結局ハルカは、空色のワンピースを買った。

 すぐに着替えるのかと思ったが、彼女は制服のままだった。


「着るのは夜だけでいいからね」


 僕たちは紙袋を手に下げて、店から出た。

 ちなみに僕は黒のパンツと白のTシャツを買った。僕も彼女にならって制服のままだった。


「紙袋で持ってるの大変だから、こんどはリュックが欲しいね」


 しばらく大通りを歩くと、スポーツ用品店があり、そこで僕たちはリュックを一つ買った。

 服をリュックに入れ、僕が背負うと「逃避行みたいだね」とハルカは言った。


「かけおちした恋人が、結婚を反対する親に追いかけられるの」


 そう言って、なぜか嬉しそうにハルカは笑った。

 

 * * *

 

 川沿いの道に戻って、僕たちはまた海を目指した。

 昼食は大通りのコンビニで買っておいたものを食べ、日が沈むまで同じ道を歩き続けた。そのあいだ僕たちは、とりとめのない会話をした。なにが好きか、なにが嫌いか、幼少期にやっていた遊びはなにか、今まで好きな人はいたか、勉強はできたか、いつもどういう姿勢で寝るのか、もし過去にもどれるならどの時代に戻るか——。


「わたしは神が生きてる時代に生きたいなあ」

「神が生きてる時代って…………ハルカさん、そういうの信じてるんですか?」

「ううん。わたしが言ってるのは、神が科学に殺される前ってこと。本当に神様が信じられてたころを生きてみたいの」


 その会話になにか意味があるわけではなかった。歩くあいだの暇つぶしに過ぎなかった。でも意味のない会話から、僕と彼女の共通点や相違点が分かった。


 たとえば僕たちは、ふだんの寝相が同じだった。二人とも仰向けで腕組みをして寝る。

 たとえば僕たちは、好きなものと嫌いなものの数が違った。僕が好きなものより嫌いなものが多いのに対して、彼女は嫌いなものが極端に少なかった。


「嫌いな人とかいないの?」


 不思議に思ってきくと、彼女は首を傾けて空を見た。


「うーん。まあ、嫌な人はいるけどね。嫌いとまでは思わないかな。なんかね、そこまで興味もてないんだよ」


 彼女は、音楽や本や建築が好きだと言った。

 人の手によって生み出されたものに好感を持つらしい。


「人を生かそうっていう思いが感じとれていいの」


 それは僕にはよく分からない感覚だった。

 ハルカの考えは、僕とは違う。当たり前だけど、そう思った。

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